其の九
一八六四年(元治元年)七月一日・八木邸。
「私と組んだ木村君ですが、彼の推理力・戦闘能力は素晴らしかった。アレを見る限り、尾形くんがしっかり指導してくれたと思いました。」
「今は俺とともに十番隊伍長として、色々働いているが・・・あの当時、副長助勤連中の中では評価が低かった。何せ副長助勤をぶん殴った男だし。」
俺と山南さんの言葉に、尾形は苦笑した。
「ぶん殴ったって言っても、話を聞く限りでは向こう側が悪い。奴の鎖大鎌は使える。で、俺が預かった」
「自分達が平凡だと自覚しているからこそ、なんでしょうねぇ。もっとも、面倒くさがりな所は、尾形くん譲りだと思いますよ。」
山南さんは軽く頷くと語りだした。
一八六三年(文久三年)五月二日 夜。
三輪屋。
私と木村君は、此方に向かっていました。時折、木村君は立ち止まり、地図に何かを書き込んでいました。
「何を見ているんですか?」
「何って、過激派浪士側の逃走経路の確認…って、うわお。山南副長いるの、忘れていた。」
「忘れないでくださいよ」
私の顔を見て、驚く木村くんの様子が面白くて、思わず笑ってしまいました。
それにしても。
(平隊士と侮っていましたが…素晴らしい。)
隊士の動きを見ると、尾形君の真面目な性格と指導力の高さが伺えます。
「君達は普段、何をやっているんですか?土方くんから聞く限り、君たちは滅多に稽古場に姿を出さないそうですね。」
「色々やってますよ。町人に変装して情報収集したり。深夜、壬生寺の暗闇で乱取り稽古したり。浅野さんと一緒に奉行所に資料を借りて読み漁ったり検死を手伝ったり。後は真面目に隊務をこなしたり。何より、道場剣術だけでは俺達のような平凡な人間は生き残れない。」
私たちは、店の人に庭に案内されました。
私が庭の様子を見ている間、木村くんは何やら店の人と話し合いをしていました。
「とりあえず、店の人間の安全は確保しました。…なにかありました?」
「いいえ。後は待つだけですね。木村君は、この店への襲撃はあると考えていますか?」
「・・・これまでの情報収集から俺たちは情報流出の犯人は二組いると考えています。一組目久留米藩・真木和泉の命令で間者として入隊した連中、もう一組は新見局長。」
「・・・」
「真木の視点で考えたとき、間者から入手した情報を元に三輪屋、川北屋、五十鈴屋を襲撃させ、新見局長から得た情報を元に会津のお偉いさんと局長・副長の暗殺を図る。混乱は必定。」
「・・・」
「真木は長州と繋がっています。まだ末端の下部組織とはいえ、壬生浪士組を潰しておいたほうが得策と考えたんでしょうねえ。」
的確な【読み】に私は内心、舌を巻いてしまいました。この連中、やはり只者ではない。その人物達を束ねる尾形君の手腕も。
チリーン。
間の抜けた音が響いた。鈴の音?
「細い絹糸と鈴でつくった仕掛けがこーも役に立つとは…林さんが聞いたら喜ぶだろうなあ。山南先生、暗闇の戦闘は?」
通り道に鈴を通した絹糸を張り巡らせていたとは。考えたものだ。
「問題ありません。」
私の背中を守るように、木村君は鎖大鎌を構えた。
「木村君」
「はーい。」
私達の周りを浪士が囲んだ。木村君の口調は巫山戯ているようだが、背後から感じていた。
激しい気迫と鋭い殺気を。
「この仕事、一段落ついたら、原田君の手伝い頼めませんかね。」
「嫌ですよ。めんどい」
フォン。
鎖大鎌の鎖分銅が唸りあげて、浪士に襲いかかっていく。
血飛沫が上がる。
恐らくだが、分銅に頭を砕かれたのだろう。木村君のキレのある動きに、私も知らず知らずに口元に笑みを浮かべていた。
刀を持った浪士が私に襲いかかってきた。少し動きが遅れた私の為に、木村君が鎌で相手の浪士の首を切り落とした。
血飛沫とともに、首が地面に転がる。
私は木村君に襲いかかってきた浪士の喉元を刃で突き殺した。
気づいたのだろう。此処にいる二人がただの浪人ではないことに。
「壬生の狼を舐めるなよ。」
木村君の低い声が闇に響いた。
暗い闇の中、鎖分銅が唸りを上げて浪士たちに襲いかかる。
分銅の動きに合わせ、木村君が大鎌を操る。大地が血に染まる。椿の花が落ちるかのように、首が転がった。
音も立てず木村君は流れるように動く。相当訓練したものしか出来ない動きだ。
それが淡々と繰り返された。
瞬く間に、私がほとんど手を出さずとも、庭には浪士たちが倒れ伏していた。
「押し込んだのは13人。死者3名はやり過ぎたか・・・」
鎌を下ろした木村君は盛大にため息をついた。
やがて、立ち上がると生きている人間を縄で縛り上げていく。
「捕縛が原則だからなあ・・・尾形さん(オトン)と浅野さん(オカン)に怒られるなあ。うちの隊、全員やり過ぎるところがあるから、間違いなく怒られる」
「オトンとオカンって…」
「尾形隊長と浅野さん…また、副長を忘れていた。」
「またですか…忘れないでくださいよ。木村くんは真面目ですねえ。確かにウチは捕縛が原則です。ですが、剣を抜いた時点でやることは所詮、殺し合いです。いくら土方くんでも、その辺りは理解してますよ。」
五十鈴屋、川北屋方面から閃光が上がった。
ナルホド、便利だ。
懐にあった爆弾を,私は地面に叩きつけた。
当たりが閃光に包まれる。
「君たちの配置、今のままという訳には行かなくなりそうですね。」
「これまで通りで十分です。俺たち派閥とか大嫌いですから」
私の言葉に木村君は苦虫を噛み潰した表情のまま、答えた。