其の五
一八六四年(元治元年)七月一日・八木邸。
「監視すると言われて、嫌な顔するどころか大笑い。俺の予想の遙か斜め上を突き抜けていたよ。尾形隊は。だが悔しいほどよい隊士が揃っていた。」
「げほ、げほ」
俺の褒め言葉に、尾形は飲んでいた茶で噎せた。
その様子に林は笑った。
「左之先生は、もう興味津々つうかんじて、わい達を凝視していたもんな。」
「そりゃあそうだろう。あの当時は、お前たちのことは【隊長をぶん殴って、尾形に預けられた問題児達】としか思っていなかった。だが、予想より強くて真面目なのは、稽古を見て一目で理解できた。」
一八六三年(文久三年)五月二日 正午・壬生寺。
四人それぞれの動きを見ながら、俺・原田左之助は尾形と浅野の話を聞いていた。
四人の武器はそれぞれ異なっている。
俺は方天戟を使う男と剣を使う男に注目した。
方天戟とは、北宋時代に作られた武器で、槍のような刃の両側左右対称に「月牙」と呼ばれる三日月状の刃が付いている。
槍から発展した武器だ。
この武器は、「斬る」「突く」「叩く」「払う」といった複数の戦う方法をもつ。
俺の専門は「槍」。 一応、種田流槍術の免許皆伝を持っている。その俺から見ても。
(いや、強い・・・おそらく俺や谷さんと互角。)
もしかしたら、俺も負けるかもしれない。
背筋に冷たい汗が流れた。
もう一人の男に目をやる。刀は・・・
(おそらく、北辰一刀流・・・だが・・・)
同じ試衛館で剣を学んだ山南敬助や藤堂平助と互角の展開ができるだろう。
他の二人もかなり強い。
(相当、稽古しているな。この連中・・・)
それにしてもと、俺は隣にいる男に目をやった。
尾形俊太郎。
肥後熊本藩脱藩浪人。
経歴不詳。
だが、この連中を見出し、育て上げた能力は、かなり高い。
尾形と浅野は、何やら打ち合わせをしていた。
市中巡察の経路について話し合いをしているようだ。
ちらりと浅野が持っている地図を見たところ、いろいろと情報が書き込まれていた。
巡察という仕事に対しても、この二人は色々と考え、工夫しているようだ。
(土方さんにいろいろ進言せにゃならんことが多そうだなあ。)
確かに、異端な連中だが、下手な隊士よりは使えるかもしれん。
考えて動いている。
「市中で河上彦斎が目撃されています。」
聞こえた声に、俺は割り込んだ。
「河上源斎?」
俺の言葉に、浅野が説明を加えた。
「【人斬り彦斎】の通り名の方が原田先生にはおわかりになるかと。」
身の丈5尺(現代でいうとおおよそ150センチ)。
小柄で色白。
一見すると女性を思わせるが片手抜刀の達人。
壬生浪士組の前身、浪士組を作った清川八郎などと交流を持った過激派の尊王攘夷論者。
「何処からそんな情報を?」
「浪士が押し込んだ先で殺された遺体を奉行所に頼んで確認させて貰った。逆袈裟で一撃。ありゃ、彦斎の手だ」
ふぉん
何かが俺にめがけて飛んできた。
反射的に俺はそれを受け取る。
帳面だった。
中をパラパラめくると、事細かな情報が書き込まれている。
帳面を投げつけた犯人は、浅野だった。
「彦斎の手によりものか尾形さんに遺体を確認して、特定してもらいました。その後、林さんに似顔絵を作成して貰い、うちの隊士で手分けして探索をした結果です。 幹部皆様から無能扱いされているだけではなく、原田先生の監視がつくような尾形隊ですが、こー見えて巡察の他に、情報収集にも当たってますから。はいこれ、捜査資料。読んで頭に叩きこんでおいてくださいね。宿題ですよ。」
「アンタは俺の先生か!!」
「私達を監視するんでしょ。監視するからにはしっかり監視してもらわないと。私は使えるものは使い倒しますからね。」
浅野はニヤリと性質の悪い笑みを浮かべた。
この笑い、どこかで見たことがある。
いや、いっつも見ている。
土方さんだ。もしかしたら、土方さんより、性質が悪い奴かも。
土方さんにこき使われ、浅野にもこき使われる。下僕体質だっけ?俺?
「原田先生は、資料を読むとか、勉強とか嫌いだもんなあ。」
「褒めるなよ。本能で生きてきたからな。」
「褒めていないよ。たわけ」
尾形も、俺のボケに容赦なく突っ込んできた。
だが、次の瞬間、尾形の表情が変わった。
何かに気づいたのか顔が真っ青になっている。
「・・・浅野」
「はい。」
「確か、局長と副長二人、会津御家老と極秘会合だったよな?」
「ええ。護衛は武田隊、巡察は谷隊・・・ちぃ」
浅野のも何かに、気がついたのか、目が細く鋭くなった。
だが、すぐに土方さんそっくりな凶悪な笑みを浮かべた。
「皆さん、今日は特別な宴会がありますから、きっちり準備して下さいね。」
特別な宴会?どういうことだ?
尾形直属の隊士たちには【宴会】の意味が通じたらしい。
空気が変わり殺気が漲る。
俺は考える。
【情報流出】
【河上彦斎】
【活発化する浪士】
【会津御家老と局長・副長の会合】
【武田隊、谷隊ときいて苛立った浅野】
バラバラな情報から、ある一つの仮説が思い浮かんだ。
ーーーもしかして、浪士は【会津】と【壬生浪士組の局長・副長】を狙っている?
俺は尾形と浅野に目をやる。
尾形も浅野も俺の視線に気づき、説明を加えてくれた。
「浪士の犯行の間隔がだんだん短くなっている。おそらく、今日、何らかの動きがある。可能性は二点。浅野が指摘したとおり、 五十鈴屋、三輪屋、川北屋のいずれか、もしくは全てに押し込む可能性。もう一つ。会津御家老と局長・副長の暗殺を企てている可能性だ。」
「最悪の可能性は二つの可能性が、同時に起こることです。隊の情報流出している犯人がいる以上、最悪の可能性が一番高い。そして、まだ内偵中ですが、その情報流出の犯人は組の中でも上の地位にいます。私達では手が出しづらい」
尾形の説明に浅野が補足した。
「最悪の可能性であった場合、谷隊、武田隊では残念だが役不足だ」
尾形の言葉には俺も同意できた。
「谷隊」とは、副長助勤である谷三十郎と彼の配下の平隊士を、「武田隊」とは、副長助勤である武田観柳斎と彼配下の平隊士を指す。
「谷さんとこも武田さんとこの奴らも、いい奴らなんだが・・・彦斎相手だと最悪全滅だ。」
尾形の言葉はかなり、婉曲していると思う。
「最悪全滅」ではなく「良くて全滅」だろう。
はっきり言って、あの二隊は、基本的に実戦には向いていない。
「とりあえず、可能な限り手を打たなきゃならんな。」
林が、隊士たちの稽古を終わらせ、何らかの指示を与えだした。
隊士達四人はそれに頷き、寺の外へと向かっていった。
林はそれを見送り、俺達のところに戻ってきた。
「さてと。私と林さんは、宴の支度をしなければなりませんから、ここで失礼しますよ。」
林は苦笑を浮かべながら、浅野の言葉に頷き、隊士たちの後に続いた。
壬生寺には俺と尾形の二人が残った。
「俺にできることは?」
俺の問いかけに、尾形の目元に穏やかな皺ができる。
笑い皺だろう。
「監視するんだろ?俺たちを?」
「まあな。だが、土方さんからは「監視しろ」と言われただけで、「協力するな」とは一言も言われていないからな。俺。」
その言葉に初めて尾形が笑った。