其の四
一八六三年(文久三年)五月二日 正午・壬生寺。
尾形隊隊士全員が原田先生の言葉にきょとんとした表情を浮かべると、やがて笑いだした。
無理もない。
「はははは。土方先生も面白いなあ。」
「ここ最近の巡察結果から考えると、副長、俺らを疑ってくるだろうと思っていたけど、やっぱりなあ。」
「でも、わざわざ乗り込んでくるとは。好きだわ。原田先生」
「尾形組長の一人勝ちですやん。後で春画収集の中でも、イイモン選んでもってきますやさかい、選んでください」
上から、神田、木村、新藤、石岡の言葉である。
昨日、わいから原田先生が監視につくことを告げたが・・・笑い飛ばすとは肝が座っていやがる。
育て方間違えた?わい?
「え?春画?俺もみたい」
春画という単語に即座に反応する原田先生。
男なら反応するやろうな。
それを見た尾形隊隊士達は、更に笑った。
尾形さんの隣にいた浅野は、盛大に溜息をついたが、やがて持っていた帳面で原田先生の頭をぶん殴った。
「いてぇ!何しやがる。」
「馬鹿だ馬鹿だと思っていましたが、本当の馬鹿ですか。貴方は。副長の密命をばらす馬鹿がいますか。?お茶目で腹切った時、考えるということも忘れましたか」
浅野よ。
説教内容はごもっともや。
流石、お母さん(オカン)やな。
一八六四年(元治元年)七月一日・八木邸。
俺達三人はあの当時のことを振り返りながら、茶を啜った。
「あの当時から浅野はオカン属性やったなあ・・・まあ、現在進行形でもオカンやけど。」
何気なく庭を見ると、新撰組一番隊伍長・浅野薫が、新撰組一番隊隊長である沖田総司の首根っこを掴んで、道場に向かっていった。
隊士の指導がド下手な沖田に業を煮やしたのだろう。
「昔から、浅野は面倒見が良い男だからなあ。俺の伍長やっていた当初からあんな感じだし。」
「・・・俺はボカスカぶん殴られたぞ。」
「刀投げつける副長よりはマシやと思うで。それに、手が出ようが脚が出ようが、脳細胞筋肉男其の一が判るように説明しておるやろ。アイツは」
ーーー確かに。なんやかんやとあの当時から浅野は面倒見が良い男だった。
その言葉に俺は頷くことしか出来なかった。
一八六三年(文久三年)五月二日 正午・壬生寺。
原田先生を叱り飛ばしたのが浅野薫。
備前出身であり、忍術・備前流の使い手。
ただし、大阪にある適塾で緒方洪庵から蘭学を学んだ医者でもある。
同じ伍長同士ということで、何度が試合したことがあるが、命がいくつあっても足りないほど容赦がない戦闘をする男だ。
何より、凄まじく頭がきれる。
敵の先の先まで読むことができる頭脳は、土方先生と互角とわいは見ている。
その浅野に原田先生が叱られていた。
まあ、叱りたくなるのも無理ないが・・・考えてはいけない。
相手はバカだとはいえ、仮にも副長助勤様だ。
「だいたい貴方は・・・」
すうと尾形さんが動いた。
「違うな。浅野」
尾形さんが、笑いながら二人の仲裁に入った。
「馬鹿だが、馬鹿なりに考えた作戦だよ。下手に監視するよりも、相手の懐に入ってしまった方がいい。そう考えたんだろ」
「いい加減、馬鹿連呼しないでくれ。」
全員が原田を見る。
ニヤリと楽しげに笑う原田先生の姿があった。
静かだが隊士全員から殺気漲る。
無理もない。
尾形隊隊士全員、壬生浪士組の中で異端であることは認識している。
異端を容認する尾形はんのような人がいれば、当然、排斥しようとする人もいるだろう。
原田左之助は後者なのかもしれない。
コイツ達が警戒するのも判るが。
ーーーまずい。
わいは皆の殺気を削ぐような口調で告げた。
「まあ、ええやないの」
のほほんとしたわいの言葉に、全員がわいを見た。
「副長が疑おうが、原田先生が監視しようが、やるべきことは何も変わらん。市中巡察して危ない奴ら、見つけたら片っ端から斬って。で、危ない仲間がいたら助ける。それだけや。」
わいの言葉に尾形さんは静かに頷いた。