01
こういった話を今するのもなんだが、飽きないなぁと花狩は思う。
『シュガー』
何の名前かと聞かれれば、これは桜庭花狩の「前世」の名だ。先にいっておくが、この少女と花狩は特別厨二病……というわけではない、前世の概念は、当たり前に存在する。世界が此処に至るまで何人人間が死んできたと思ってる、死にっぱなしで魂おっ放しているほうが明らかに効率悪いだろう。
話を戻すが、前世。ライトノベルやRPGでは最早ありふれた話だ。魂の循環はどこの世界でも変わらない、人が死ねば何かしら別の者に転生する。説明するまでもない自然の摂理であり法則だ。最近は凡人が勇者に転生してなんやかんや、といった話まで出ているらしいが、この世界のカミサマはいたって何かしでかす訳ではなかった。
こんなことになっているのは、どうせ全て自分の所為なのだ。
分かっているからこそ思うよ。よく飽きないな、と。
「はぁっ!」
白髪、青眼の少女は最初の立ち位置から移動し、そこから一角獣のように突進をしかけてくる。突くも斬るも自由自在な太刀とはいえ、中々強引な戦い方だろう。いや、それにカッターナイフで対抗している花狩も中々に強引過ぎるのだが。
それにカッターナイフで太刀を受け止めきれるなど考えるほうがオカシイ、ようは当たらなければいいのだ。当たらなければ。当たったら? 何、どうにでもなるさ。それに相手は太刀だ、それを少女が振り回しているのだから、必然と隙は生まれる。その隙に食い込んで回避し続ければいい。
「話を聞けよ!俺はシュガーじゃなくて花狩!シュガー関係ない!!俺なんもしてない!!」
「うるさい……っ!黙って殺されやがれください!!」
「誰が承諾するかんなもん!」
物騒なダンスをはじめているわけだが、流石に夏の炎天下。どんな補正がついていようがスタミナは全力で削れていく、そろそろ少女も花狩も限界だろう。花狩はまだ平然な顔をしているが、少女は疲労が目に見えて分かるほどだ。もうじきケリがつく……そう思ったときだった。
突然、真っ暗闇に閉ざされた。
「は?」
唐突にも程があるだろうが、何かを被せられたわけでも、目を潰されたわけでもない。
只、唐突に夜になったのだ。
相変わらずこの頭は理解が早い、だが現実的に考えればありえない現象だ。時間が飛ぶなんてないだろう、しかも何もフラグがない状態でだ。ありえない。異常。大体一般人たちはどうしているのだろう、混乱でも起こしてしまっているんじゃないのだろうか、それとも──。
「な、何? いきなりなんだっていうの……!」
もしかしたらと期待していたが、この少女は全く状況を理解できていないらしい。そのお陰で太刀の舞はとまってくれたはいいのだが。現状を考えるとあまりよろしくない。ビルについている外階段に飛び乗って、屋上近くまで移動する。少女は当然なにかいいながらついてくるが、流石に戦闘を続ける気はないらしい。
「うわぁ」
「何よ、これ……」
屋上近くまで移動し、空の彼方を観察するまでもなかった。
空が、異様な星で埋め尽くされていたのだ。
芸術作品としてならば評価は高くつくであろう宝石の空、だが現実の物となってしまえば、その異質さに吐き気すら覚えてしまう。とにかく、そんな異常な空がこの街を覆い隠していた。
そして本能で感じるに、これは。
「……隔離された、か」
調べてみるまで分からないが、多分この街からは出ることが出来ない。そう感じてしまった。
一般人たちの様子はまだ予測つかないが、パニックから響く騒音が聞こえてこないことからおそらくは無事だろうと思いたい。あとは、サークルのメンバーと同胞たちが巻き込まれているかどうかだ。このパターンから察するに、巻き込まれていたらまずは美術教室に集まっているはずだ。
というか、巻き込まれていて欲しい。
こんな少女と一緒にいるのはごめんだ。
花狩はさっさと自分の通う学校へ戻るため、外階段を降りてさっさとその場を去ろうとする。
「ちょっと! 話を聞きなさい!」
少女が叫ぶ。
「知らないな」
だが花狩はスルーする。
「や、やめてよ。置いていかないでよ……」
少女は今にも泣きそうだ。
「……。」
花狩はそこで歩みを止め、少女のほうを振り返ることなく反応することにする。
泣きそうな声をした少女を置いていけるほど、花狩は非情ではなかった。まったくもって女子は卑怯だ。いいや、男子の本能が女に弱すぎるのだろうか。どちらにしろ反吐がでる話だが、こうなってしまった以上、連れて行くしかない。
「後ろから刺すなよ」
「え……?」
「刺したら置いていくからな」
「わ、わかった……!」
少女がなぜ襲撃してきたのか、そもそも何者なのか。今問うべき時ではない。とにかく今は、現状を知らなければいけない。そう花狩は自分に言い聞かせる、言い聞かせて、言い聞かせて、そうやって思い込んで、恐怖を押さえつけてしまえばいい。今までもそうやってきたじゃあないか。
「まったく、どうしてこんなことに……」
ため息をつきながら空をみれば、やはり異常に輝かしい夜空が出迎える。こうキラキラ輝かれてしまっては街灯もあってないようなものだ、夜目になれていなくても大体の物が見えてしまう。まるで絵本の中にでも迷い込んだ気分だ。いや、建造物は見慣れたものと何一つ変わっていないのだから、すこし違うか。
だが、こんな空は気分が悪い。というか、真夜中らしい。若干蒸し暑い。
ひとまず、現状に名を冠するとしたらこうとしかいいようがない。
「……輪廻災厄か」
花狩が去年から足を踏み入れた世界にとって、これ以上最悪なことはない。