3. ドレス
エスカレーターを降りると目の前に『エルヴ』の文字。
一目散に息を切らせて駆け込んできたあきを店員がぎょっとしたように見た。
「お、お客様…?」
「あ、ご、ごめんなさい。ちょっと急いでて…」
店に入ったとたん棚に隠れるようにして外を眺めるあきに店員がそっと声をかけた。
はっとわれにかえると、店内には店員と数名の客。
いずれも、『何、この人?』といわんばかりの目でちらちらと見てくる。
あきはかあっと頬が熱くなった。
「あの、コレお借りしていましたドレスなんですが」
紙袋ごと差し出すと店員はちらりと中を確認してあぁ、とうなずいた。
「先週のイベントホールで着用されていたものですね」
「ええ」
確認しますので少々お待ちください、と店内の中ほどにあるソファーをすすめられる。
どうやら貸し出したドレスの確認をするようだ。
しばらくして戻ってきた店員はにっこりと微笑んだ。
「確かにお預かりいたしました。エルスタッフの方でいらっしゃいますか?」
「はい」
エルスタッフとはあきの所属する派遣会社の名前だ。
「一応こちらへお名前とご連絡先をお願いします」
渡された小さな紙へ名前、携帯番号を記入した。
「あの…こちらはドレスのレンタルをされているのですか?」
急なあきの問いかけに店員は動ぜず微笑みを返した。
「今回のイベントはこちらのホテルが主宰されているものでして。今回のものはレンタルとしておりますが、実際はホテル側での買取となっております」
「ええっ!!」
ではアレはもう捨てられるの?
「そ、それじゃさっきのドレスは処分するんですか?」
「ええ、そう伺っております。なにぶん一度着用されたものを他の方へはお売りできませんし…」
なんという…無駄遣い。
ここのホテルは何を考えているんだろう。
「あの…じゃあ売ってもらえませんか」
「え?」
あきは思わず口にしていた。
考えていたわけじゃない。
でも、捨てられるぐらいなら自分で持っていたかったのだ。
あの日の思い出と一緒に。
「持っているぐらいいいよね…」
思わずあきはつぶやいた。