2. ホテルで
あきは、ホテルの前に来ていた。
あの日はとりあえず逃げ出すことしか考えてなかった。
1階に降りてみればバイトをしたホテルだったので正直ホッとした。
だって全然見も知らないところだったらどうやって帰ればいいのか…
イベントがあったホテルは街中の一等地に会って、外国からの賓客などもよく利用していると聞く。
確かに会場は立派だったわ。
それに部屋も落ち着いた感じだったし…
部屋の光景がよみがえって思わずあきは頬が熱くなった。
だって…
「いやいや、そうじゃないのよ!!」
ぶるぶると頭をふって頭の中に広がる光景を消す。
あれは一時の過ちなのだ!
ぐっとこぶしを握ってホテル前に立ち尽くしているあきを通り過ぎる人がちらちらと見た。
何をしているのよ、あたしったら…
あきはそそくさとホテルの中に駆け込んだ。
借りていたドレスはクリーニングに出した。
今日はそれを返しに来たのだ。
そっとロビーに入ってきょろりと周りを見回す。
万一にも会ってしまったらどうしよう。
見た限りでは影もなさそうでホッ一息ついて案内のカウンターへ向かった。
「いらっしゃいませ」
上品な笑顔で迎えられる。
「あの、先週こちらでありましたイベントに参加したものなんですが、ドレスをお借りしておりまして。
どちらへお返しすればよろしいでしょうか」
「失礼します。」
案内係の女性はあきから紙袋を受け取ると中のドレスのタグを確認した。
「お客様。こちらは2階にございます『エルヴ』のドレスでございますね。恐れ入りますがそちらへお持ちいただけますでしょうか」
「わかりました」
女性から再度紙袋を受け取ってあきは2階へつながるエスカレーターに向かった。
このホテルは1階、2階が商業店舗が入っていて、中央は吹き抜けになっている。
クリスマスのときなどには1階にツリーが飾られ、デートスポットとしても人気が高い。
入っている店舗は、ブランドのフォーマルなドレスや、アクセサリーが売られているようなところで、恐れ多くてあきは入ったことがない。
3階から上がホテル部分となっていて、最上階とその下の階にはイベントホールやレストランなどが入っている。
レストランはレベルが高く、それでいて雰囲気がいいとクリスマス時期などには予約が何年も先まではいっているという。
あきはエスカレーターに乗って天井からぶら下がるシャンデリアを見るともなく見ていた。
反対側のくだりの方に男性が数人乗ってきた。
ビジネス客だろうか、いずれもすっきりとスーツを着こなしている。
あれは、きっとオーダーのものよね。
あきは見るともなしに眺めた。前方に二人達、後ろに一人。前方のどちらかの秘書のような感じでたたずんでいる。
ビジネスの交渉とか…
あきに背をけるようにして離している男性は背が高く、薄いグレーのスーツを着ていた。
どくっ…
近づくにつれてあきの顔がこわばった。
あの人だ…
とっさに紙袋を持ち上げて顔を隠す。
斜め後ろからしか見えないけど、きっとそうだ。
早く早く。
いつもはなんとも思わないエスカレーターがとてつもなく遅く感じた。
すれ違う瞬間には心臓が破裂するかと思った。
相手は気づかなかったようだ。
あとわずかになったところであきはたまらず駆け上った。