約束
僕の部屋は、やけに閑散としている。開け放った窓は、カーテンを靡かせている。
視線を部屋の隅へ向ければ、そこに在るのは大小様々な段ボール。僕はその無機質な段ボールを呆然と眺めていた。四月の風は、まだ冷たすぎた。僕は右手で窓を閉めた。
僕は一つの小さな段ボールから、一つの写真立てを取り出した。そこに写る一人の女性を、僕は見つめていた。
僕の引っ越しが決まったのは、十一月も後半の頃だった。大学受験。現代の多くの高校生が通る道を、僕も通っていた。しかし、僕の通った道は一般的に言われる入試とは違う。僕の通った道は、推薦という名の受験だった。
「推薦でも、受かったんだから良いじゃん!」
幼馴染の佳代は、どこか素直に喜ぶことの出来ない僕に言った。どこまでも楽観主義的に物事を考える佳代は、時に僕の気分を軽くしてくれる。
「まあ、そうだけど…」
それでも、今回ばかりは何を言われても諸手を挙げて喜べなかった。
「良いじゃん。これで立派な都会人だよ。あたしみたいな田舎娘とは違うんだー。 それに、可愛い娘もいっぱいいるよ」
「そんなこと言うなよ!」
僕は咄嗟に叫んでいた。僕自身驚いた。けれど、僕以上に佳代は驚いていた。驚いた顔のまま、僕のことを注視していた。
「……ごめん……」
「え、いやー……。ちょっと、ビックリしちゃった……」
そう言って笑った佳代だったが、その笑顔もどこか引き攣っていた。
「頼むから……」
僕は口の中で呟いた。
「え……? 何?」
佳代は身を乗り出して、僕の口元に耳を近づけた。
「頼むから……、そんなこと言うなよ……」
僕は消え入りそうな声でそう呟いた。僕はこれを言うのがやっとだった。これ以上言葉を続けることは出来そうになかった。感情が胸の奥から溢れだしそうになるのを、堪えることに必死だった。
「そっか……。ごめんね……。何かあたしも……、変な感じだね」
笑みを浮かべようとした佳代だったけれど、その笑顔もぎこちないものにしかなっていなかった。
「何か、こんなこと言ってないと、耐えられそうになかったから……」
顔を伏せ、佳代は呟いた。両手はスカートの裾を握っている。その手に力が入っているのが見の隅に映った。そんな佳代を見ても、僕は何も言えなかった。何か言葉を発したら、その途端に自分が壊れてしまいそうで、そんな気がして、何も言えなかった。
「ねえ、一つ約束」
佳代は声音を優しく言った。その言葉に、僕は顔を上げた。僕の目の前には、真剣で、それでいてどこか優しい眼差しの佳代がいた。
「あたし以外の女の子のことを、好きにならないこと」
そう言って、佳代は立ち上がり、僕に背を向けた。僕も反射的に椅子から立ち上がっていた。
「佳代……、俺……」
僕は必死で言葉を言おうとしたが、その僕を佳代の人差し指が止めた。
「言わなくてもいいことは、言わない」
そう言って笑う佳代の顔が、僕にはとても眩しく見えた。
僕は写真立てを机の上に置いた。椅子に座ればいつでも見ることの出来る位置。その位置に、彼女はいた。
不意にベッドに放り出していた携帯が鳴った。メール。差出人は……、僕の大切な人。