第三話
潜入二日目
Cクラスの人数は昨日よりも減っていた。しかし、それと同時に新しく生徒が入ったらしく増えてもいた。昼休みになって機能と同様にボロボロ状態になっているタームを見て、バリは聞いた。
「今日もつかれているな。何をやったんだ?」
「あー……えー……」
と、タームは話もするのもきつそうだ。
「代わりに教えようか?一時間目はマラソン、二時間目は床運動、三時間目は柔道だ」
と、一緒に歩いてきたファグルが言った。
「ああ、柔道ならやったことがあるだけマシだろう?」
「きついよ……それでも……」
もう息も切れ切れというところだろうか。
「そっちはどうなんだ?Aクラスは」
「昼休みでも教科書を手放さないのがほとんどだな。この二日間で最低でも三人は教科書ばかり見ていて、階段から落ちている」
「お前……じゃない、バリは余裕なんだな」
と、ファグルは他人事のように話しているバリに驚いたようだった。
「余裕ではないけど、次の授業、初めてやるところなんだ。予習してもわからないんだ」
と、バリは肩をすくめてみせた。
「なるほど」
「水―……」
下でタームが言った。
「あーわかった、水だな。今日の四限も水泳か?」
と、バリはファグルに聞いた。ファグルの頭には次の授業内容が入っているようだ。
「いや、水球だ」
「……。水は少な目の方がいいな」
「そうだな」
一人一人に配られる弁当はクラスごとにメニューが違うようで、バリはAクラスから弁当を持ってタームのところへ向かった。クラスから出て行くものは少ない。みんな、教科書を片手に食べている。途中でBクラスも覗いてみたが、会話もなく、静かな中でひたすら、もくもくと食べていた。
「うー……お腹すいたよりも疲れた……」
と、今日もタームが第一声に言った。
「やっぱり、そうくるか」
「あれ?バリは弁当食べないの?」
と、少ししか口にしないで弁当を閉まってしまったバリに言った。
「あーなんか、口に合わなくてねぇ」
「お前もか?」
ファグルがやってきた。近くに座って弁当を食べ始めた。
「オレも今じゃ慣れたけど、来たときはまずかった。でも、これでも食べていかないと痩せていくぞ」
「それに、しても、自分で魚でも釣って食べたほうが旨い気がする。いくら機械任せの調理でも、もうちょっとどうにかならないもんかな」
「魚を釣るのか?」
「釣るよ。ついでに食う」
「味もわかんない……つかれすぎて。はぁ……」
と、今日はフォークに変えてもらったタームはやっとの思いで口に運んでいた。
「それも凄い話だな。そういや、ファグルは誰かと一緒に食べているって言ってなかったか?」
「それが……」
ファグルはためらいながら言った。
「一人は昨日の夜のうちに上に行っちまって、一人はやめて田舎に帰った。二人はクラスが変わったんだ」
「Bクラスにか?」
「ああ。会いに行きづらくてな」
と、ファグルは渋い顔をした。
「そうか。そういや、Aクラスからも五人くらいいなくなったな。どっち行きなのかねぇ」
「AクラスはBにいくわけじゃないもんな。上に行くか、やめているかだ」
もくもくと食べていたタームが感心したように言った。
「……よくそんなに会話ができるね」
「慣れだ」
と、ファグルはあっさりと言い切った。
「俺は体力的には疲れてないし。頭はかなりパンクしそうだけどな」
と、バリは頭を振った。
「……そっか」
「四限は水球って言っていたな。五限は?」
「バレーボール」
「……そっちも大変だな。でも人数が……」
「いや、審判までやるんだ」
「バリは今日、なにをやってきたの?」
タームが聞いた。
「んー、数学の5と、地方語第一過去と、この地方の歴史だ。次が植物の4で、ラストが鳥類についてだ」
「……それ、役に立つの?」
タームが怪訝な顔をして聞いた。
「さぁ?俺も聞きたいよ」
ファグルは弁当を全部食べ、タームは食事よりも水分補給の方が重要らしい。結局バリはそのあとも弁当を食べようとはしなかった。
五限がすみ、やっぱり各自部屋に戻るときにCクラスが一番後ろを歩いていた。Aクラスの生徒達はまばらだ。走って部屋に戻る生徒もいれば、教科書から目を離さずにゆっくり移動していく生徒もいる。バリはタームを待ちながら、Bクラスの生徒の異動を見ていた。たしかに、勉強にも運動にも追われていないのに、笑顔もなく、まるで仮面をつけているような無表情をして歩いていった。変だなぁ……ぼんやりとバリは考えていた。
夕食後、バリは廊下の部屋の入口のところに書いてあるクラスと名前と弁当の残量を見ていた。
「……なにやってんだ?」
「ファグル。なんで、いつも君に会うんだ?他の連中は目さえ合わないってーのに」
「んー……オレでも、その軍隊希望で入った仲間以外、話した記憶がないなぁ……。で、なにやっているんだ?」
「いや、ちょっとな。ファグルは?」
「散歩」
「散歩?ターム見ているとかなりきついだろうに、散歩か?」
「まぁな。日課だ」
「俺のクラスは勉強、タームやファグルのクラスは運動、なのに、なんでなんでもないBクラスはあんなに無表情なんだ?ずっとか?」
「……よく、そんなに監察している余裕があるな。オレも確かに無気力だって思うよ。それでさ、Bは見極めのクラスって言う割にはBクラスからCクラスに来た奴を見たことがないんだ」
「そう……なのか?」
「ああ。ほら、長くいると自然に顔を覚えている奴っているだろう。オレのクラスから移動してからずっとBクラスにいるんだ」
「平均的ってことか?」
「平均的な奴をおいておく意味があると思うか?」
「……それもそうだな」
「しかし、バリ、お前、宿題はいいのか?」
「まだ、終わったわけじゃないけどたまには休みも必要だろう。ファグルにだって散歩する余裕があるじゃないか」
「ま、オレは散歩から帰るところだけどな。じゃあな」
「ああ。また明日」
バリは部屋へと戻った。
一方学校では……。今日も紫のスーツの担任。スーツケースなんてもう古いものになっているが、先生のところにはあって、たぶん、紫色以外のスーツが入っていないとまで生徒の間で言われている。
「あー、今日も二人、休みかー」
先生が出席を取り終わっていなくなると、ミコが聞いてきた。
「ねぇ、サラ。バリはさ、シェオ地方のどこにいるの?」
「さぁ?どこ?しらないよ。なんで?」
「……聞いてみただけ」
と、ミコは付け加えた。
「会いに行くの?」
と、ワカラが話しに加わった。
「会いに行くの?」
ワカナも言う。
「行かないけど……」
と、ミコは口ごもった。
「さみしいんだ」
「さみしい?」
「べ、別に」
「顔が赤いー」
「だから、二人してからかわないでよ」
ミコは顔を真っ赤にして言った。肌が白いせいか赤くなるとかなり目立つ。
「へたすりゃー、魚見学ついでに船に乗っているかもよ。一週間もすれば帰って来るでしょうから待ってれば。あ、ミコ、一人でシェオまでいったらダメよ。治安が悪いからね」
と、サラはまるでお母さんのように言った。それを聞きつけてルカが言った。
「あら、まるで、ミコをシェオから遠ざけているみたいね」
「本当に治安がよくないんだってば」
「どうかしら、ミコ。私と一緒にサラを見張っていたらバリと逢引でもするかもよ」
「いじわる、ルカー。残念でした。今日は見ていても無駄よ。タームのお父さんに会いに行くんだから」
「あら、タームとも関係が?」
「あんたの頭って考えが貧相ね」
「なんですって!」
「一限めー始めるぞー」
一時間目の先生が入ってきた。そして、サラは本当にロフィと帰る誘いを断り、スナン病院へと向かった。
スナン病院
サラはルカがちゃんとつけてくることを予想していた。が、他にもいることに気がついた。ロフィだ。あれで、隠れながら尾行しているつもりなんだろうかと疑ってしまうほどに怪しげだった。サラは正面からロフィに向かっていった。隠れるところはない。
「ロフィ」
「やあ、サラ、偶然だ」
と、ロフィはかなりぎこちなく笑っていった。
「本当ね。どこにいくの?」
と、サラも微笑んで言った。女の笑顔は怖い。
「え……えっと、えー、あ、リベラデパート」
「そう。そこから行くと近道よ」
「あ、そうなの?そ、それじゃあ」
「ええ。また明日」
サラはすたすたと歩き出したが、再びロフィがつけてくるのが目に入り、サラはデパートに入ってその階の全体が女性用下着売り場になっている階のど真ん中を通って、裏口から病院に向かった。
病院の近くではルカの車が先回りしていた。ルカは気がついていないかもしれないがルカの車は古すぎて、逆に目立っていた。気にすることなく、サラは受付で聞いた。
「えっと、コザルド・サジタさんを探しているのですが?」
言われた階を進むと、一室に名前があった。
「あった」
部屋に入ってみると、たくさんの人が一斉にこっちを振り向いた。そのせいか、一番手前にいたコザルドさんには気がつきにくかった。
「サラ」
「あ、そこにいたのね。タームに入院したと聞いてね。お見舞いよ」
と、サラは近くにあった椅子に座って土産に持ってきた花を置いた。
「どっかの誰かさんが引退してくれれば、入院せずにすんだのかもしれないんだけどなぁ」
と、コザルドはサラを見つめた。
「あら、自分の健康管理の悪さを人のせいにしちゃ、いけないと思うの」
「う。確かに」
コザルドは素直に認めた。
「それに、コザルドさんに早くよくなってもらいたいから何も起こらず、静かな日々でしょう?」
「まだ、二日間じゃないか」
と、コザルドは渋い顔をした。
「いいえ。よっぽどのことがない限り、今回はしばらく動かないわよ。コザルドさんが現場復帰するまではね」
「……お前さん、何か企んでないか?」
と、コザルドはサラの顔をしげしげと見つめながら言った。
「何を?」
「……なんというかな。……勘かな……あまりいい感じがしない」
と、コザルドは渋い顔をした。
「本当に?」
「ん?いや、ただの老人の勘だよ。うん」
「老人って年でもないでしょう。ま、亀よりも効き目のある勘だからね。そのうち、また来るから早くよくなってね。あ、そうそう、下にある酒没収」
と、サラは立って手を差し出した。
「う。ばれたか……」
しぶしぶ、コザルドはサラに酒ビンを渡した。
「だって、先っぽが見えてるんだもん」
「ありゃりゃ。あーあ。楽しみにしていたのに」
「ダーメ。治ったらもっといいのを送るわ。……これ、このお酒、どうしたの?」
「ん?いや、なんか見舞い品の中にまぎれとった」
「そう、まぁいいわ。じゃねん」
サラは慌てて走らないようにしつつも、自然に早足になって、病院からつけてくるロフィもルカもほっといて、ピエーラのもとへ急いだ。
科学研究所
「すみませんが、私はサラ・スカイグラーノと申します。ピエーラ・リンド氏はいますか?」
二人いた受付の一人は驚いたような顔をしたが、サラには見慣れている顔だった。急に受付で最高名誉研究長の名前が出てくれば驚くというものだ。
「お、お待ちください。あの、お約束は?」
「今から電話でしてもいいですよ」
「ちょっと、お待ちください」
受付嬢は慌てて受話器を上げた。
「……はい。では、どうぞ。場所は……」
「知っています。では」
サラはエレベーターへと急いだ。ピエーラのいる部屋はきれいなんて言葉からはほど遠いほど、わけのわからない機械だらけで埋め尽くされていた。
「どうしたんだい、急に。って君が仕事以外でここに来ることはないな」
白衣を着た、老人は笑いながら言った。
「ごめんなさいね、忙しいところ、これなの」
さっき、コザルドのところから持ってきた酒のビンを持ち上げて見せた。
「毒入り?」
「たぶんね。下に何か見えるのよ。差出人も不明だし。怪しいのよ」
「わかった、大量にあるから一時間もあればわかると思うよ」
「待つわ。それで、やることが変わってくるから」
「よし、すぐにやるよ」
と、その男は瓶を開けて、なにやらやり始めた。サラはそこにあった椅子を引っ張り出し、スクリーンに向かって話し始めた。
その一時間、車の中にいたルカはロフィに気がついて、声をかけた。
「サラを待っているの?せっかくだから、一緒に車の中で待てば?」
ルカはドアを開けた。
「ルカ」
車に乗ったロフィはルカに聞いた。
「なんで、ルカはサラのことを待っているのさ?」
「待っているというより、つけているの。なんか気に入らないのよ、あの子」
「なんで、嫌いなのに、つけているんだ?」
「決まっているでしょ。弱みを見つけて膝まずかせるのよ」
と、ルカはにんまりと笑った。
「……怖いな」
「最近、なんか隠しているし、タームと知り合いみたいだし。バリとこそこそ逢引はしてるし」
「逢引?」
ロフィはあんぐりと口をあげた。
「だって、サラはオレのだぞ」
言っていることも意味不明だ。
「あらだって、あの二人、ほぼ毎日、魚監察小屋で会っているわよ?」
と、ルカはあっさりと言った。
「え……毎日?」
「毎日じゃないけど、一番長いときでも三日あいたことがないわね。そして、必ず弁当を二つ渡していくの」
「ああ、それはパンくずだろう?魚用の」
ロフィはちょっとほっとしたように言った。
「パンくず?ああ、片方わね。もう一つは小型パソコンなのよ」
「パソコン?」
「そうよ。二人には何か秘密があるのよ」
「まさか……そんな……」
と、ロフィはあまりに急なことに信じられないようだった。
「もう一つ気になることがあるのよね」
「まだ、何かあるのか?」
「あの可愛いパン屋で会ったあの日、サラはバリとだけじゃなくてタームとも会っていたのよ。三人でいたの。そのあと、二人が学校に来なくなった。……なんでかしら?」
「バリはシェオに言っているって……」
「それはサラの言い分でしょ。行くってバリから聞いているの?」
「いや……」
ロフィは自信がないようにつぶやいた。
「ほーら。タームだって、お父さんの入院は本当だけど、見舞いに来てないのよ」
「調べたのか?」
「当たり前でしょ」
ルカは当然という顔をした。
「あの、パン屋は閉まっているし」
「そうなのか?」
「急に休ませていただきますって張り紙だけ」
「へぇ」
「変なパン屋なの」
「変?どこが?」
「パン屋のおばさんが誰なのか、よくわからないのよ」
「わからないって……」
「あ、出てきた。行って」
と、運転手に向かって言った。
ルカは話をしながらもずっと外を見ていたせいか、研究施設から出てくるサラを目ざとく発見した。サラは何か、携帯で話しながら急いで歩いていた。しかし、話声はルカのほうまで聞こえてこなかった。そっと車は後を追いながら動き続けた。
「変ねぇ」
ルカが首をかしげた。
「なにが?」
「病院からから出てきたときに持っていたお酒のビンがないわ」
「行く時じゃなくて?」
「いいえ。行くときは花を持っていた。出てきたときはビンを持っていたの。私のパパの好きなお酒だから覚えているの。それに……どこに電話しているのかしら?」
「……そうよ、ミスター。コザルド警部を動かして。おかしいわよ。たったの二日で毒入り酒のプレゼントなんて。今度は爆弾か、殺人ロボットかもしれないわ。ええ。よろしく」
車がサラの前に止まった。窓からルカが顔を出して言った。
「今度はどこに行くのかしら?」
「ルカ。まだいたの?暇人ね。帰るのよ」
と、サラはあきれたように言った。
「じゃ、送るわ」
「結構よ」
「ロフィもいるのよ」
「ロフィ?」
「……よぉ」
と、ロフィも窓から顔を出した。ため息をついてサラは開けられたドアから車に乗り込んだ。
「いい車でしょう?」
「そうね」
と、サラは素っ気なく言った。しかし、外見は古いが中は新しくなっていた。
「サラの家まで」
「ハイ」
運転手はサラの家を知っているようで、道に関しては何も言わずに車を走らせた。
「なぁ、サラ、あそこで何をしていたんだ?」
「ロフィ、デパートはどうしたの?」
「えっと……」
口で女性に勝つのはかなり難しい。
「さっき、出てきたところって科学研究所よね。国家公認の」
と、ルカが言った。
「そうなのか?」
「詳しいのね」
「ええ。パパが勤めているもの」
「パパって、お父さん?科学者なのか?」
ロフィは必死で女性同士のにらみあいを回避しようと努力している。
「そんなわけないでしょ。所長をしているのよ。えらいんだから」
ルカはサラから目を離さすに、自慢げに言った。
「おかしいわね」
と、サラも負けずにルカから目を離さずに言った。
「なにが?」
「どうして、お父さんは所長になるくらい、えらいのに、ルカは科学ができないわけ?」
「なんですって!私は科学4の単位とったわよ」
「私は6、とったわよ」
サラはさらりと言った。
「6……くやしぃー」
「いやいやいや、単位の話はともかく、あそこで何をやっていたんだよ」
「うるさい男性としつこいのは嫌われるわよ。あ、ついた。じゃ、ルカ送ってくれてありがとう。ついでにロフィも送っていってよね。じゃねん」
サラは車から降りると振り向くことなく、マンションへと入っていった。
「くやしー。4だって大変だったのにぃー」
「おい、何やっていたか聞きそびれちまったじゃないか」
「うるさいわね。こうなったら研究所に戻って直接調べてやるわ!」
ルカは声高らかに宣言した。
ルカの車から降りたサラはマンションを通って反対側から抜け出て、マスターのもとへと歩いていった。どうやら、ルカはついてこないようだ。店には今日もお客さんがぽつぽつとしかいない。
「マスター、ミスターいる?」
「いないよ」
と、マスターは自分用にコーヒーを入れながら言った。
「いない?なんで?」
「新品の部品を見に行くってさ」
「へぇ……どこの部分?」
「目らしいよ。最近、壁の向こう側の温度がわかるセンサーが搭載された機能のものが出たとかで」
「温度センサーねぇ……。あの女の子は?」
サラは思い出したように、店の中を見回した。
「ついていったよ。ミスターから離れないんだ」
「へぇ。子供に意外と人気があるのかしら?いないならいいわ、また来るから。あ、そうそう、これとこれは覚えておいて欲しいの」
サラは写真を持ち出した。写真といってももう平面ではない。立体的にでてくる写真だ。
「誰だい?」
「クラスメイトよ。こっちがロフィ、こっちがルカ。なぁーんか、最近、私の事を見張っているのよね。気をつけてはいるんだけど。もし、ここにきても知りませんで」
「わかった」
マスターは写真をジロジロと見つめた。
「じゃねん」
「気をつけて」
サラは今度こそ、家に帰った。
「来てない?」
「ええ。いらしてません」
と、いつのまにか一人になった受付嬢は答えた。もう一人は休憩中のようだ。
「なにを言っているのよ!入ったのを見たのよ?」
「ですが、そのような方は記憶にございませんが」
「どうかしたか?」
「あ、所長」
と、受付嬢はお辞儀をした。
「パパ」
「なにをやってるんだ、ルカ」
所長は受付で自分の娘に会うとは思わなかったのだろう、目を丸くしていた。
「どうしたも、こうしたもないのよ。ここに私のクラスメイトが来たのよ。何しに来たのか、聞きたいのよ。でも、そんな人、来ていませんって」
と、ルカは受付嬢のほうを見た。
「誰か来ていないのかい?」
と、所長は聞いた。
「はい、来ておりません」
「だったら、ルカ、お前の見間違いだよ」
「どうしてよ、娘よりも受付嬢を信じるの?」
「彼女はただの受付嬢じゃない。ロボットなんだ。忘れるはずがないんだよ」
「そんな……だって、目が」
ロボットは人と区別されるために人とは違う目の色をしていた。しかし、受付の彼女はそんな様子がない。
「色ガラスを使用しております。」
と、彼女は説明した。
「お客様の中にはロボットが受付をするということに不満を持つ型もいらっしゃいますので」
と、彼女はぺこんと頭を下げた。そして、思い出したように言った。
「もし、よろしかったら設置されているカメラ映像も見ますか?」
「カメラって?」
と、ロフィが聞いた。
「君は?」
所長は娘と一緒にいたのが気になったらしい。
「ルカのクラスメイトです。はじめして」
「はじめまして。ここで所長をしているトカ・ジューデェルだ」
「そんなことよりも、カメラって?」
と、ルカは聞いた。
「この研究所の入口には三台のカメラが仕掛けていてございます。普段、一般の方にはお見せできませんが所長のお嬢さんということで特別に」
「見るわ」
と、ルカは反射的に答えていた。
「では、こちらに。お願い」
受付嬢は休憩から戻ってきた事務の子に声をかけて案内した。
「どうぞ」
映された、映像にサラは映っていなかった。
「いないわ……」
「わかっただろう、ルカ。さぁ、家に帰りなさい。もうすぐ、パパも帰るから」
と、ついてきたトカも言った。
「わかったわ」
ルカはガッカリしたように歩き出した。そして、無言のまま運転手が待っていた車に乗った。同じように乗りかけたロフィは聞いた。
「あの」
「なんだろうか?」
「ロボットが嘘をつくことってないんですか?」
「機能としては備わっているけれど、つく必要のない嘘はつかないね。特に彼女は企業用のロボットだから、会社に損でもない限りはつかないよ」
「そうですか。どうも」
「行ってくれ」
「はい」
と、運転手はいい、車を走らせた。
すぐにルカが聞いた。
「ロフィはあの受付嬢が嘘をついていると思うの?」
「いや、受付嬢をやっているくらいだから、会社にとって不都合な人間を追い出す機能くらいはついているかと思ったんだけど……」
「だけど?」
「サラが来ただけの事を、隠す必要なんてあるか?」
「……。私は娘よりもロボットを信じたパパのほうに腹が立つわ」
「ルカ……」
「昔はこんなことなかったのに。……こうなったら!」
「なったら?」
「運転手、行き先変更よ」
と、運転手に声をかけた。
「どちらまででようか?」
「サラのマンションにお行って」
「はい」
「サラのマンション?」
ロフィは聞いた。
「何しに行くのさ?」
「覚えてる?サラのマンションの下の人が引っ越したって話」
と、ルカはにんまりと笑った。
「そうなのか?」
「三日くらい前のことよ。ミコやあの双子達と話をしているのを聞いたの」
「よく、聞いているねぇ」
「それを借りに行くわ」
「……は?」
ロフィにはルカが何を言っているのか、いまいち理解できなかったようだ。
「え、何を借りに行くのさ?」
「だから、部屋だってば」
と、半分怒ったようにルカは言った。
「なんのために?」
「あいさつにいくわよ」
「なんて?どこに?」
「サラのところに決まってるでしょ。下に来たものですってね」
ルカの目はどんなときよりも輝いていた。さっそくサラのマンションに戻ったルカは本当に五分くらいで下の階を借りてしまった。
「本当に?だって、五分かからなかったのに……」
と、ルカの持つ鍵を見つめてロフィが言った。ルカは得意げに言った。
「世の中、お金がものをいうの。ほら、サラのところへ挨拶に行きましょう」




