そして・・・
第二章 序章
クレム地方はシェーマン地方よりもエファーリア地方よりもサザル地方よりも南にある地方だ。
クレム地方に住んでいた、まだ顔立ちが幼い少女はある日、天使の姿を古くなった聖書の中にみつけた。狭い家の中、ある本といえば、無料で配布されるこれだけだった。少女は母親に聞いた。
「天使っているの?」
母親は化粧をしていた手を休めず、言った。
「いないよ。だって天使はみんなが幸せになる仕事をしているはずなのに、私は不幸だからね。あんたみたいな荷物がいてさ。くだらないこと言ってないで、さっさと寝な」
そして母親は派手な格好をして、着飾り、夜の町へと出て行った。
扉が閉まれば、外よりも暗い部屋の中で少女は思った。どうして母親がロボットじゃないんだろうと。そうだったら寝ている間に壊してしまえるのにと……。
サラ・スカイグラーノ
ジリリリリリリリ……。
サザル地方の学校付近のある住宅の一室、突然にけたましい音を立てる目覚まし時計を止めて彼女は起き出した。
まだ、目が覚めていないのか、フラフラした足取りでシャワーにそのまま行き、やっと浴び終わった頃には少し、すっきりした顔をしていた。シャワーといっても水を浴びるわけではなく、サザル地方では殺菌効果のあるとされる強風だった。
無言で朝食を作り、新聞を見ながら食べるところは、あまり高校生らしくない。やっと結べる長さの髪を結って、最後にピットリウムで出来た制服に着替えた。
「行ってきます」
誰もいない部屋に言う。これがサラの毎日の始まりだった。サラはこのマンションの一室にすんでいて、親はなく、その遺産で暮らしている……ということになっていた。
歩いて十分の学校。基本的に生徒は人間だけで成り立っている。先生の中にはロボットもいた。
ファルト地方が緑の多い地方なら、サザル地方はほとんど高層ビルだらけの地方と言えるかもしれない。
ゆっくりと歩いていると、後ろから声がかかった。
「サラー、おはよう」
後ろから軽やかに、声をかけてきたのは、ミコ・キーノファーム。学校ではかなり人気のある可愛らしいお譲さんだが、それでも女子たちから嫌われないのは、本当におっとりした感じの子だからだろう。
さらりと長い髪と、白い肌がよけいに人気に拍車をかけているのかもしれない。
話しながら歩くだけで着く距離だ。
教室に入るとサラは声をかけた。
「おはよう、双子さん」
「もう、双子さんはやめてよ」
と、もう誰が言ったのかが、わかっているように笑いながらワカラ・リズベリーが言った。
「一度に挨拶が出来て便利なんだもん」
サラはカバンを置きながらいった。
「それにしてもセンスがないわ」
と、ワカナ・リズベリーも言った。こっちが妹だ。髪の長さに違いはあるものの、良く似た顔をしている。
「おはよー」
と、声をかけてきたのは、ロフィ・シュレーム。
「あら、おはよう……なにそれ?」
と、ロフィの顔を見るなり、サラは怪訝な顔をした。
「なにが?」
「その髪型」
「ああ、格好いいだろう?」
と、ロフィは自慢げに言った。くるりと回ってみせるところをみると、本人は結構気に入っているようだ。
「似合わない」
サラはきっぱりと言った。
「ひでぇ。たまにはほめろよ。あ、そうだ、昨日家にいたか?」
「何時ごろ?」
「十二時くらい」
「風呂でしょう、何か用だったの?」
「用がなきゃ電話しちゃいけないのか」
「いけない」
「ダメよ、十二時過ぎてからお風呂はいるなんて、下の人がうるさく思うわよ」
と、ミコが言った。ミコは大型マンションの三階貸しきって、上からミコのところ、親、祖父たちが住んでいる。
「うちの下、空き家だし」
と、サラは肩をすくめた。
「そうなの?」
「うん。この間出て行った」
「サラのところってよく人が代わるよね」
と、ワカラが言った。
「そう?」
「そうだよ。最近、隣も変わったって言ってなかった?」
と、ワカナも言った。つまらないことをしっかり覚えているものだ。
「そうだっけ?」
サラはとぼけた。
「ほらー席につけー」
担任の先生がやってきた。紫色が好みなのか、毎日、紫の違う形のスーツを着てくる。紫色のピットリウムはないわけではないが、毎日似た形というのが気に入らないようだ。ついにあだ名までムラサキにされてしまった。年をとって白髪になったら髪も紫に染めるかもしれないと生徒の間では言われているが、いまのところはそんなこともなさそうだ。
しかし、紫色の趣味には関係なく、専門は古語だった……。
「今日は転入生を紹介する」
よく見ると、先生の横にはがたいのいい男の子が立っていた。
「ターム・ロイズ君だ。君の席は……バリ・クレント!起きろ!」
突然、先生が怒鳴った。さすがにその声の大きさで目が覚めたのか、もそもそと緑色の髪の塊が動いた。起きたバリは目をしばしばさせて言った。
「そんな大声で怒鳴らなくても……誰?」
「転入生だ。お前の隣だ」
「わかりましたー。おやすみー」
バリはまだ寝てしまった。どうしてこれで、学年上位に入るのか、ムラサキはいつも頭を悩ませていた。
「後で構内案内してやれ。サラ・スカイグラーノ、頼んだぞ」
「わかりました」
と、サラは答えた。
そう、人数の多くない教室だ。
サラは転入生から目を離さないでいた。転入生の彼もまた、サラの方を見つめていた。
昼休み、バリは起きだしたと思ったら、耳を音楽用視聴機で耳をふさいだ。バリとロフィは幼馴染だが、あまりべたべたするような関係にはなかった。クラスでもこの二人の中がいいなんて知っている人のほうが少なかったに違いない。
転入生がサラのほうへやってきた。ぺこんと頭を下げていった。
「校内を案内してもらってもいいですか?」
「いいわよ」
サラはあっちこっち校内を案内して、ひと段落着いたところで聞いた。
「ところでコザルド警部は元気?」
と、サラはにっこりと笑った。
「コザルド警部?誰のことですか?」
「ふーん。とぼけるのもいいけど。コザルドさんも落ちたものね。高校に部下を送り込むなんて。素人以下だわ。もうすぐ引退?それとも頭でも打ったのかしら?花でも贈っとくわね」
と、サラは早口でまくしたてた。
「親父は別におかしくない!」
「親父?え、警部の息子?あー……そう……」
タームはしまったと言うような顔をした。顔も性格も正直らしい。
「本当に?部下なんだと思ったのに。あら、驚いた」
「……」
「だんまり?それでもいいけど。ハイ、案内は終わりよ」
「あの」
と、タームは教室に戻ろうとするサラの後姿に声をかけた。
「何?」
「どうして、僕がコザルドの所から来たと思ったんですか?」
「入ってきたときから思っていたわ。コザルドさんと同じ目よ。同じ職業の人だと思ったんだけど、まさか、息子だとは。苗字も違うしね。私の事は聞いてる?」
「ハイ。舞姫関係者だと」
「……それだけ?」
「それだけですよ」
「そう、コザルドさん、元気?最近、会わないんだけど」
「はい、まぁ、元気の塊ですから」
「この間、階段でこけていたでしょう?心配してたの。年も考えて欲しいのよね」
「本人に伝えておきます」
二人で笑っていたのを聞いていた人物はそっとドアから離れた。
コザルド参上
タームは家に帰ると、めずらしく、休みで家にいた父親に声をかけた。
「親父、ただいまー」
「おお、どうだった、初日は?」
コザルド警部はもう白髪が少々目立つくらいの年齢の人で、テレビや電子新聞で勝手に名前が付けられた泥棒の『時の舞姫』を捕まえるだけに設置された本部にいた。もちろん、人は少ない部署だ。
「ばれたよ。目元が親父にそっくりだってさ。それから、年を考えて動けって」
「まさか、息子だと認めたのか?」
「他にどうしろと?」
と、タームは肩をすくめた。
「他に何も言ってなかったか?」
「いや、別に何も」
「そうか……」
コザルドは深いため息をついて視線を電子新聞に戻した。その様子にタームも首をかしげた。
ルカ・ジューデェル
「なんで、警部の息子と知り合いなのかしら?」
一人でブツブツ言っているのは、ルカ・ジューデェル。かなりいいとところのお譲さんだ。なぜか、サラのことを中学時代からずっと、ライバル視していた。
サラが自分の好きな人を取っただとかの理由ならまだかわいいほうだろう。サラとルカは違う中学校だったが、自分の学校までサラの噂が届いていることが気にいらなかった。人気者は自分だけでいいという考えだ。それだけで目の敵にしていた。
廊下でサラとタームの話を聞いていたのもルカだ。
「せっかくロフィと別れさせる話でもつかめるかと思ったのに……」
帰りの車の中でぶつぶつと言うお嬢さんを運転手は心配そうに見つめていた。
仕事の始まり
その夜。
「うーん……きれいな月ね。出かけるにはもってこいだと思わない?」
サラは伸びをして言った。
「そうかね?どっちでもいいや。今日もミスターからの依頼の仕事内容は?」
バリはなにやら、袋からガサガサと取り出しながら聞いた。
「いつもの薬の横取り。レムのところから武器、貰ってきてくれた?」
「もちろん、これにつまっている。あと、これ、黒メガネ」
と、バリは黒いメガネを差し出した。メガネというよりか、水泳時に身につけるものに似ているかもしれない。
「なくてもいいのに」
と、言いつつ、サラは受け取った。
「温度センサー付きだって」
「あれま。人に新品を試させようって魂胆か。まぁ、いいわ。行ってきます」
「気をつけて」
ところで、二人はどこにいたのかといえば、高層ビルの屋上にいた。最近では地下の密輸は流行らない。高すぎてどこからも見えないビルの中で行なわれるのが一般的になっていた。
屋上から糸をつけてするすると、降りていき、特殊な硬い靴でガラスを蹴った。バリはその音を聞いてから紐を回収し、職員専門のエレベーターで降りていった。もちろん、カメラは壊され、一階で動かなくなるように細工してからバリは町の中へ消えていった。
サラは部屋に入ると同時に、武器の閃光爆弾を投げつけて周りを一気に明るくした。明るすぎて、普通のサングラスでも目をつぶってしまう威力だ。
「誰だ?」
誰かが怒鳴る。
「金は?」
「モノは?」
相手たちが大騒ぎをしている間に暗幕の引かれたドアの向こう側へとサラは走って行き、バリによってとっくに壊された社員専用のエレベーターで降りていった。これ以外は動いてない。下においてあるバイクで店へと向かった。
ミスターとマスター
「ミスターいる?」
と、サラは店に着くなりマスターに声をかけた。夜の店は酒を出すが、昼はただのコーヒー屋だ。薄暗い目立たない路地にある店で、いつも常連客が一人か二人いるか、いないかだった。
「ああ、いるよ。ちょいまち」
店のカウンター越しにいた老人は奥へと声をかけた。顔は怖いが丸めの全体がそれを和らげている。しばらくすると、お団子頭のほとんど布を身に着けていない女性が出てきた。
「どうぞ、奥にいるよ」
と、店のマスターは言った。
「ありがと」
と、サラは店の奥に入っていった。
「おお、サラ、どうだった?」
どさっと音を立てて、サラは鞄を置いた。
「ハイ、お金とモノ。ピエーラに渡して」
「わかっている。無害なものに分解してもらうさ」
「次は?」
「おい……休まなくていいのか?」
「どこも怪我してないし、変に休むと体がなまる」
と、サラは体を伸ばした。
「そうか。じゃ、さっきの入れ違いに出て行った女性のことだが」
「ああ、さっきのお団子頭の?女性っていうより少女って感じだけど?」
サラは後ろを振り返ったが見えなかった。
「うむ……十二だ」
「手を出したら犯罪ね。でもその前に風呂に入れたほうがいいと思うんだけど」
「ああ。この店の裏で寝ていたんだ。マスターが拾ってきたんだ。彼女のいた施設が……あまりにひどいらしくて逃げてきたらしい。それを解明してくれ」
「ひどいって?虐待?売買?」
と、サラは椅子に座った。
「両方といってもいいだろう。あと、洗脳もありそうだな」
「でも……賢いの?」
「賢いようだ。まだあの子が、安心しきれないようでな。あまり、詳しくは話してくれないんだ」
「そう」
法律上は賢い子供の企業による売買は制約されるようになっていたが、それでも、こっそりと続けられていた。
「どこの施設?」
「ちょっと、調べてみた結果、トップはロベリィー・アシュレット。サブは秘書のガレン・リズベリー」
サラは聞いたとたんに顔をこわばらせた。
「……そう。また、何かやりだしたのね。私がいたときと同じことかしら?」
「それはまだ、わからん。なんせマスターがあのお嬢さんを見つけてきたときは、もっとボロボロでやっと食事だけでもするようになったところだからな」
「こっちでも調べてみるわ。わからないところは潜入ね」
既にサラの頭の中ではテキパキとやることが決まっていった。
「入れるのは、優秀な人間だけだぞ」
「……一応、私も人間よ。でも、私じゃ試験にパスしないわね。やっぱり、ここではバリでしょう」
「やめてもいいんだぞ」
「まさか。彼も参加に反対はしないと思うわ。ほっといたら被害が大きくなるじゃない。バリもあの施設には詳しいと思うし。あと、タームも入れて」
「ターム。誰だ?」
「コザルド警部の息子よ。同じ学校なの」
「息子?……人間のか?」
「そうよ。今は離婚中だけど、あそこは人間夫婦でしょう?」
「やれやれ、コザルドの息子がお前と同じ学年になるとはなぁ……」
ミスターはしみじみと言った。
「そろそろ部品変える?性能のいい、アームができたって学校で聞いたわよ」
「考えてみよう」
「じゃ、明日にでも学校でバリに話してみるから、それまでにあの子をきれいにしておいてね」
と、サラは立ち上がった。
「わかった」
「じゃ」
サラは来たときと同じように颯爽とした足取りで出て行った。その後ろ姿を見ながらミスターはため息をついた。
奥から出てきたサラは、黙ってスープを飲んでいた少女の前に座ってゆっくり聞いた。
「お嬢さん、名前は?」
「……」
「年は?」
「……」
「ダメだよ、サラ。何も話してくれないよ」
と、マスターが言った。
「でも、人間よね?」
「サラ……人間のほうがまだ、思考回路は複雑だからね……」
「ふむ。明日の夜かなぁ、あなたのいた施設に潜入してくるけど、何か気をつけることある?」
施設という言葉を聞いた瞬間に体をびくっとさせた。
「……じゃ、マスターのところにいれば安心だからね」
サラが出ていこうとした時、少女は言った。
「まって」
サラが振り返るとしっかりと目を合わせて言った。
「まって!いっちゃだめ。へんなふうになる」
目を大きく見開いて、怯えるように言った。サラは少女の近くに寄り、側で聞いた。
「どうして?」
「あの、あそこの人、私のお母さん殺したの、嫌いだったの……でも……でも……」
少女はぼたぼたと泣きながら話した。
「わかった。あとはミスターに話して?気をつけるから」
「……うん」
少女は素直にうなずいた。
次の日……。今日もサラは学校に向かって歩いていった。
「聞いたー?」
「あー『時の舞姫』?」
「また、ゼラルド地方に寄付だってさ」
「ゼラルド地方ってそんなにお金がないの?」
「ばかねぇ……お金じゃなくて。あそこの酷い砂漠あるでしょ」
「うん」
「あれを森にしようって計画があるのよ。すごいわよー」
「何が?」
「その会社のすぐ下って二十五くらいの女性なんだって」
「へぇ……かしこいの?」
「と、いうより、変わり者らしいわよ……」
仕事の次の日は大抵、こんな会話があっちこっちで流れていた。それにしても最近のメディアというのはなんで、こんなに情報が早いんだろうとぼんやり、サラは考えていた。
「おはようー」
と、挨拶が返ってくる中、タームがやってきた。
「おはよう。昨日は大騒ぎみたいだったわね。『時の舞姫』で」
「まったくですね。おかげで、親父は入院しまして……」
「入院?けがでもしたの?」
と、サラは目を丸くして言った。
「いえ……そうではなくて……」
「おい、サラ」
ロフィが声をかけた。
「まって、どうしたの?」
「医者の話だと胃潰瘍だったそうです」
「サラ」
ロフィはイライラしたように言った。
「そう、命に別状はないのね、どこの病院?」
と、ほっとした顔でサラは聞いた。
「ユスナ病院です」
「おい、サラ!」
最後にはロフィが怒鳴っていた。するとサラのほうが怒鳴り返した。
「うるさい!一度、呼べばわかるのよ!今、タームと話しているでしょ。後にしてよ!」
むっとした顔をしてロフィは教室から出て行った。
「いいんですが、彼」
「いいの。それで、復帰はいつ?」
「少なくとも十日間は大人しくしていろと二週間の入院です」
「二週間?けっこうあるわね」
「そうですねぇ……。せめて、十日間、舞姫が動かないといいんですけどねぇ」
と、タームはサラを見つめていった。サラは慌てて話をそらした。
「さぁ……それは……。でも気になることがあるのよねぇ?」
「なんです?」
「どうして、コザルド警部は『時の舞姫』はさておき、他の事件でも犯人逮捕を次々としているのに、管理職にならないわけ?エリートじゃなくたって、もう一位くらい階級上がったっていいのに」
「逮捕といっても、舞姫の後です発覚した事件が多いですし……それに本人の希望なんです」
「現役が?」
「ええ。舞姫を自分が捕まえるんだって」
「……そう……。変わっているわね」




