見た目に騙される
いわゆるネオンがきらびやかに夜を彩る繁華街。
多くの酔客が行き交う夜の街のメイン通りから路地に入った、狭くて暗い物陰で、入れ墨の入った屈強な、大柄な男が痩せた男を取り囲んでいた。
痩せた男のネクタイを握っているスキンヘッドの男は、傷だらけの額を痩せた男の顔にゴリゴリとこすりつけている。
「なぁ、持ってんだろ。さっさと出しな」
アルコールとタバコで灼かれた喉から出る声は、しわがれているというよりも『割れた声』とでもいうべきだろうか。
実に聞き取りづらい話し方だが、凄んでいる、脅しをかけられているということだけはハッキリとわかる。
痩せた男は背も低く、恐らくは身長も170センチあるかないか、と言う程度。見るからにヒョロヒョロとして頼りなく、弱者男性の見本のような様相だ。
一方、痩せた男を取り囲んでいるガラの悪い、明らかにカタギではない大柄な男たちは、格闘技で言えば明らかにヘビー級である。
「痛い目みたくねぇだろ? な? 俺らもよ、面倒臭ぇことはしたくねぇんだよ」
「勘弁してください、そんな、お金なんて持ってません」
「あ? 持ってねぇワケねぇだろ? な? ほらさっさと出しな。今出しゃカネだけで勘弁してやっからよ?」
「あっ……あぁ、あの、勘弁してもらえませんか、本当に持ってないんですよ……」
「だから騙されねぇって。ほら財布だしな? な? それか刺されたい?」
「い、嫌だなぁ……怖いなぁ、やめてくださいよ。じゃないと――」
「……あ?」
痩せた男は、相変わらず怯えたような、震える声を絞り出しながら表情を歪める。
まるで笑いのようにも見える表情だった。
「じゃないと、泣いちゃうかもしれませんよぉ?」
この日、物陰に集った3人のチンピラにとって不幸だったのは、この表情が恐怖で引き起こされたものだと思い込んだこと。
そして、刃物を見せてしまったこと。
最後に、彼らの最大の不幸は、痩せた男の『笑顔』にも見えるこの表情は、凶暴な狒々が残虐さをむき出しにする際に見せる、極めて危険なものであると気づかなかったことだ。
スキンヘッドの男は、股間の急所に鈍痛を感じた次の瞬間、意識を失った。
長髪の男は、手に持っていたはずのドスがないことに気付くと、身体の真ん中に沿って股間、みぞおち、喉、そして眉間に順に硬いものが当たる感触を味わい動けなくなる。
最後の一人は、一瞬で仲間2人が倒れ込んだのを見て、即座に逃げるべきだった。
だが彼には、逃げるなどという選択肢は無かった。
絶対的強者として人生を歩んできたその経験が、彼から逃走という、非常に困難にして重要な戦術を奪ってしまった。
「ま、待て! まてお前何なんだよ!? おい!」
「だからやめてくださいって言ったじゃないですかぁ」
歯茎までむき出しにして、不自然なほどに口角を上げた顔。
最後の一人、夜なのにサングラスを掛けた男は、テレビで見たことがあった。
チンパンジーの笑顔だ。
それも、チンパンジーのボスが、群れのナンバー2やナンバー3に挑まれた時に見せる、威嚇と敵意をむき出しにした、戦闘モードの顔である。
「ま、待て、やめ――」
「やめてくださいって言いましたよね? 僕、何度も何度も」
言葉の途中で、サングラスの男は痩せた男の姿を見失う。
突然両足を強く払われ、仰向けに倒れ込むと後頭部をアスファルトに叩きつけてしまった。
一瞬で意識が朦朧としたところ、彼はサングラス越しに革靴のかかとが自分の顔面に向かっているシーンを目の当たりにして、気を失った。
路地裏が静まり返ってしばらくしてから、痩せた男はジャケットの内ポケットからスマートフォンを取り出した。
「えー至急至急、警視庁特別警邏課の小松です。警ら中に『偶然暴力を振るってきた3人組』の身柄を確保しています。回収願います」
『ご苦労さん小松。どうだ、あと2件くらい行けるか?』
「勘弁してくださいよぉ。ボクだって怖い思いがしたくないんですよぉ?」
小松と呼ばれた小柄な男は、心の底から嫌そうな表情を浮かべて、地面に倒れ込むチンピラに視線を向けた。
「怖いじゃないですか、こんなチンピラヤクザに絡まれるのなんて」
『ただなぁ、そういう奴らに絡まれやすくて、その上で無傷でいられるのなんてお前くらいだろ』
「あぁもう、ちゃんと特別手当出してくださいよぉ? 1件当たり1万円、ちゃんと出してくださいよぉ?」
『分かった分かった。ちゃんと出すから。じゃ次は4丁目の路地だな。言ってこい』
若く見られる小松巡査は、実は45歳のベテランである。
警察官として活動を始めたのは、わずか5年前のこと。それ以前の彼は、国外に身を置いていた。
『元傭兵だろ? そんなチンピラ程度怖くないんじゃないか?』
「やめてくださいよぉ、傭兵だって怖いものは怖いんです。それにねぇ」
小松はひとり、実に弱々しそうに背中を丸め、完璧に『陰キャ弱者男性』に擬態して繁華街を歩き始めた。
彼は義務教育を終えた15歳から実に20年以上、海外を転々としていた。
日本人ならばほとんど就く事がないであろう職業、傭兵として世界を渡り歩いてきた。
彼が得意としたのは、『相手に侮らせてから不意をつく』という戦術だ。
弱々しそうな、いかにも自信がなさそうな風貌に生まれついた小松は、中米で『モノ・ヴェネノソ』と呼ばれるようになった。スペイン語で『毒の猿』という意味だ。
モノ、つまり猿の異名は、彼が攻撃の直前に見せる独特の笑顔が由来だ。
日本政府の者がコロンビアで小松を捜索していたときには、『もし猿が笑ったら、何を捨ててでも逃げろ』と、全身入れ墨まみれの強面のギャングが震え上がっていた。
「怖いって感じられない人は、長生き出来ませんよぉ?」
目立たない小柄で弱そうなアジア人、という特徴しか出回らなかったことで、小松は多くの麻薬組織、武装勢力から舐められ続けた。
結果、彼が壊滅させた組織は10や20ではきかない。現状で『最強の日本人』のひとりだ。
『ま、それもそうだな。じゃあ今日はあと2件だ。「毒猿」の仕事、今日もきっちり頼むぞ』
「わかりましたよぉ、お国に雇われてる以上は働きますけどねぇ? ちゃんと出すもの出してくださいよぉ? 傭兵家業は信頼が命なんですからねぇ?」
『心配するな、同じ騙すにしても、警察だって相手は選ぶ。お前さんを騙すほど、俺も恐れ知らずじゃないよ』
「……頼みましたよぉ?」
ぷつ、スマホの通話を切ってから、『あぁやだやだ、怖い怖い』と呟きながら、小松は猫背で歩き出した。
数十メートルも歩かないうちに、派手なガラのシャツを着た大柄な男がわざとらしく小松にぶつかってきた。
自分よりも弱そうな相手は、ただの金づるかサンドバッグとしか観ることが出来ない。そんな半グレの大柄な男は、ことさらに大きな声でわめき始める。
おいおいどこに目ぇつけてんだオッサン。
ちょっと来いや、話しようぜ。
そう言いながら小松の肩に手を回す。
な、何するんですか、止めてくださいよ。
小松はそう言いながら、怯えたような、表情を歪めるような笑顔を浮かべた。
今日のショートショートは、現代日本を舞台にしたバイオレンスものです。
この作品とは全く違う、ほのぼの系の異世界ラブコメ、「光のまほう」も公開していますので、こちらもよろしければお楽しみください(`・(エ)・´)b




