第27話 割り込み
訓練の準備をしていた。
剣の手入れをして、鎧の留め具を確認して、髪をポニーテールに結び直す。いつもの朝。
「あの、団長」
知らない声だった。振り返る。
若い騎士が立っていた。第二騎士団の所属章。うちの部隊じゃない。背が高くて、肩幅が広くて、顔は——まあ、悪くない。真面目そうな顔。
「何?」
「少しだけ、お時間いただけますか」
「訓練前だけど。手短にね」
「はい。——あの」
騎士が深呼吸した。顔が赤い。
「僕は、団長に憧れてこの道に入りました」
「……ありがとう」
「ヴェルデン奪還のとき、遠くから見ていました。団長の剣は、誰よりも速くて、誰よりも美しかった」
「……大げさだよ」
「大げさじゃないです。僕は——僕は、強い女性が好きなんです。僕より強い騎士が好きなんです。だから——」
あ、これ告白だ。
「団長のことが、好きです」
まっすぐ言った。目を逸らさなかった。勇気はある。それは認める。
でも——ごめん。全然ピンと来ない。
「ありがとう。嬉しいよ。でも——」
「団長」
別の声が割り込んだ。低くて、静かで、よく通る声。
レオンだった。
いつの間にか、すぐ後ろに立っていた。白銀の髪。碧い目。白衣。いつもの穏やかな——いや、今日はちょっと違う。目が冷たい。ほんの少しだけ。
「訓練の時間です」
「……レオン、まだ十五分あるけど」
「準備に時間がかかります。今日は強化魔法の調整がありますので」
「それ、五分で終わるやつでしょ」
「……今日は念入りにやります」
「……ふうん」
騎士がレオンを見ている。レオンも騎士を見ている。碧い目が、静かに、まっすぐ、相手を見ている。
何も言ってない。威圧もしてない。でも空気が変わった。レオンが立っているだけで、空気の温度が下がった気がする。
「あ、あの……お話の途中で——」
「申し訳ありません。団長は訓練前の準備がありますので」
丁寧だった。声は穏やかだった。敬語も崩れてない。でも「どいてください」と言っているのと同じだった。
騎士が一歩引いた。レオンの空気に押されて。
「……す、すみません。また改めて——」
「お気持ちは団長に届いていると思います。——では」
レオンが軽く頭を下げた。完璧な礼節。完璧な対応。完璧に追い返した。
騎士が去っていく。背中が小さくなっていく。ちょっとかわいそう。
「……ねえ」
「はい」
「なんであんたが来るの」
「訓練の時間なので」
「まだ十五分あるって言ったでしょ」
「……早めに準備したほうがいいと判断しました」
「嘘でしょ」
「嘘ではありません」
「目が泳いでるけど」
「泳いでません」
泳いでる。この人の目が泳ぐの、初めて見た。
「……ねえ、もしかして」
「何ですか」
「邪魔しに来た?」
「邪魔などしていません。訓練の準備です」
「準備は五分で終わるって自分で言ってたよね。先週」
「……今週は状況が違います」
「何が違うの」
「……色々と」
「色々って何」
「……訓練の話をしていいですか」
「話逸らしてるでしょ」
「逸らしていません」
「逸らしてる」
「……」
レオンが黙った。碧い目がこっちを見ていない。わずかに逸れてる。耳が赤い。
——え。
耳、赤くない?
この人の耳が赤いの、見たことない。生まれて初めて見た。
心臓がうるさくなった。なんで。なんで私の心臓がうるさくなるの。
「……あんた、もしかして嫉妬した?」
「していません」
即答。速すぎる。明らかに速すぎる。
「……ふうん」
「……何ですか、その顔」
「別に。何でもない」
「何でもない顔ではないですが」
「いいの。——ねえ」
「はい」
「あの人、私のこと好きだって」
「……聞こえていました」
「聞こえてたんだ」
「……声が大きかったので」
「で、あんたはどう思った?」
「……何がですか」
「私が告白されたこと」
レオンが一瞬だけ間を置いた。碧い目がまっすぐこっちを見た。さっきの冷たさは消えてる。代わりに、何か別のものがある。名前がつかない何か。
「……セレナの判断に口を出す立場にはありません」
「そういうこと聞いてるんじゃないんだけど」
「……」
「まあいいや。断ったよ」
「……そうですか」
「興味ないし。戦うことしか考えてないから」
「……そうですか」
二回目の「そうですか」。一回目と声が違った。少しだけ。ほんの少しだけ柔らかくなった。
——ああ。安心してる。この人、安心してる。
なんでだろう。なんで私が告白を断ったことで、レオンが安心するんだろう。
分かんない。でも、なんか——嬉しい。すごく嬉しい。
「……ねえ」
「はい」
「訓練、行こうか」
「はい」
歩き出す。半歩前と半歩後ろ。
後ろから声がした。
「……セレナ」
「なに」
「あの騎士は、見る目はありました」
「……は?」
「セレナは強い。それは事実です」
「……何それ。褒めてるの?」
「事実を言っています」
「……」
心臓がうるさい。ずっとうるさい。
褒めてるの?って聞いたら「事実を言っています」って返す人。何なのこの人。好きとか嫌いとか関係なく、心臓が壊れるんだけど。
——別にそういうのじゃない。たぶん。
訓練場に着いた。
後方で、カイルがナタリーと話していた。
「見ました? さっきの」
「見た見た。レオンさん完全に割り込んでたよね」
「あれ嫉妬ですよね」
「嫉妬でしょ。あんな分かりやすい嫉妬ある?」
「本人は絶対自覚ないですけどね」
「ないだろうね。あの人、自分の感情に一番鈍いから」
ミラが横で聞いていた。何も言わなかった。ノートを胸に抱えて、少しだけ唇を噛んだ。
ユーリが黙って包帯を準備しながら、小さく溜息をついた。
——第五騎士団後方部隊。今日も平和だった。




