第24話 返ってくる
翌日も訓練。
レオンが「もう一度確認したいことがある」と言うから、昨日と同じ配置にした。
「何を確認するの?」
「強化の強度を段階的に変えます。何か感じたら教えてください」
「了解。——トーマ、今日も相手してよ」
「はい! 今日こそ一本取ります!」
「その意気だね」
マルクが横で鼻を鳴らした。
「一本取るどころか、昨日は三合で飛ばされてたろうが」
「今日は違います!」
「毎日言ってんな」
「マルク、いじめないでください」
リーゼが静かに言った。
「いじめてねえよ。事実だ」
「事実でも言い方ってものがあるでしょう」
訓練が始まった。
レオンが後方から強化を展開。まず他の兵たちに。——普通。いつも通り。
後方ではミラがレオンの横で数値を記録してる。昨日レオンに頼まれたノートを大事そうに抱えてる。
「ミラちゃん、ノート持つ手震えてるよ」
ナタリーが後ろから言った。
「震えてないです」
「レオンさんの隣で嬉しいんでしょ」
「記録に集中してるだけです!」
「はいはい」
カイルが横目で見て「今日も平和だな」と呟いた。ユーリは黙って包帯を準備してる。
レオンは——やっぱり気づいてない。ノートの数値を確認してる。
セレナとトーマの模擬戦が始まった。
トーマが踏み込む。速い。昨日より良くなってる。若いから伸びが早い。
セレナが受ける。軽く捌く。まだ通常の強化。
——ここで、レオンがセレナへの強化を意識的に強めた。
百。百二十。百五十。
「——っ」
セレナの動きが変わった。トーマの目が丸くなる。
「え、団長、速——」
三合で剣を弾いた。トーマが尻もちをついた。
「……今日も三合……」
「昨日より粘ったよ。半歩くらい」
「半歩……」
レオンが自分の魔力を観察してる。セレナに強く注いだ分、返ってきてる。百二十注いだら百四十。百五十注いだら百八十。
さらに強めた。二百。
「——は?」
セレナが声を上げた。
「レオン、何した?」
「強度を上げました」
「上げすぎ! 身体が勝手に動く!」
マルクが模擬戦を見ていた。腕を組んだまま、目を細めた。
「……おい。団長の動き、おかしくねえか」
リーゼが頷いた。
「おかしいです。昨日より明らかに上がってる。しかも段階的に。レオンさんが意図的にやってますね」
「なんのためにだ」
「さあ。でも——あの二人にしか分からないことがあるんでしょう」
リーゼの目が、少しだけ複雑な色をしていた。
レオンは数値を確認し続けてる。二百注いで、二百六十返ってきた。強く注げば注ぐほど増幅率が上がる。上限が見えない。
ミラが横で必死に数字を書いてる。
「レオンさん、この数値もう一度確認していいですか」
「はい。どうぞ」
「あの、この増幅率って、普通ありえない数字ですよね」
「……はい。ありえません」
「原因は分かってるんですか」
「……もう少しで」
ミラが真剣な顔をしてる。恋心だけじゃなくて、衛生兵としてもレオンの研究に興味がある。この子は伸びる。
カイルがこっそり言った。
「ミラ、真面目に手伝ってるときの方がいい顔してるよ」
「……余計なお世話です」
訓練が終わった。
結果は明らかだった。セレナへの強化効果は通常の五倍を超えていた。注げば注ぐほど返ってくる。加速度的に。
「ねえ、今日の訓練なんかおかしかったよ」
セレナが汗を拭きながら言った。
「強化の調整をしていたので」
「調整でこんなに変わるの?」
「……はい」
「すごいね。あんた本当にすごい」
「……いえ。すごいのは——」
「ん?」
「……何でもありません」
トーマが横で悔しそうにしてる。
「団長、明日もお願いします!」
「元気だね。いいよ」
「俺も混ぜろ。さすがにこのまま若いのに負けっぱなしは寝覚め悪い」
マルクが肩を回しながら言った。リーゼが「あなたも負けますよ」と言った。マルクが「うるせえ」と返した。
帰り道。訓練場から食堂に向かう途中。
補給路の横を通った。
セレナの足が止まった。
小さな子たちがいた。十歳くらいの少年と、もっと小さな少女。体に合わない大きな荷物を運んでいる。背中が曲がるくらいの重さ。
補給物資だ。前線に送る物資を、子どもが運んでいる。
少年の靴がすり減っている。少女の手が赤い。荷物の紐が肩に食い込んでいる。
でも二人とも黙って歩いている。文句も言わない。泣きもしない。これが当たり前だから。
——知ってる。この光景。
私たちもそうだった。孤児院を出て、志願兵になる前。何でもやった。何でもやらされた。体に合わない仕事を、子どもの身体でやった。
レオンも足を止めていた。同じものを見ている。
二人とも、何も言わなかった。
言葉にならなかった。
あの子たちに何かしてあげることもできない。これが、この世界の普通だから。私たちが英雄になっても、戦場を制圧しても、あの子たちの朝は変わらない。
残酷だね。変わらないんだね。
前にも思った。食堂の窓から外を見たとき。普通の人たちの普通の幸せを見たとき。
あのときは「残酷だとすら思わなかった」。
今は——思う。残酷だって。
思えるようになったのは、隣にこの人がいるからだ。余裕ができたから。余裕がないと、残酷さにすら気づけない。
「……ねえ」
「はい」
「食堂、行こうか」
「……はい」
歩き出した。半歩前と半歩後ろ。
少年少女の姿が、背中の後ろで小さくなっていく。
何も言えなかった。何もできなかった。
しばらく黙って歩いた。レオンが口を開いた。
「……僕たちは、あの子たちの頃には戻れません」
「……うん」
「でも、あの子たちの先に立つことはできます」
——ああ。
この人は。こういうことを、こういうタイミングで、あの低い声で言う。
慰めでもなく、綺麗事でもなく。事実として。静かに。
だから、この人の言葉は刺さる。
「……うん。そうだね」
でも、隣にいる人の足音が聞こえる。それだけで、今は歩ける。




