第23話 検証
王都に帰ってきた。ルクセン戦線、制圧完了。
次の戦線の通達はまだ来ていない。しばらくは王都で訓練と待機。
「今日の訓練、見に来る?」
「はい。確認したいこともありますし」
「まだ調べてるの?」
「もう少しだけ」
訓練場に向かう。並んで歩く。半歩前と半歩後ろ。
訓練場は広い。第五騎士団の兵たちが準備をしている。
「おはようございます、団長!」
トーマが駆け寄ってきた。第三小隊長。二十歳。新兵上がりで最速の出世。元気がいい。朝から声がでかい。
「おはよう、トーマ。元気だね」
「はい! ルクセンの勢いそのままです!」
「その勢いで訓練潰れないでよ」
「潰れません!」
潰れないといいけど。
「よお、団長。今日もやるのか」
マルクが腕を組んで立っている。第一小隊長。三十代半ば。第五騎士団の古株。この人は私が団長になる前からいる。口が悪いけど、腕は確か。
「やるよ。サボらないで」
「サボったことねえだろ」
「昨日の午後、昼寝してたって聞いたけど」
「休憩だ」
「二時間の?」
「……長めの休憩だ」
隣でリーゼが小さくため息をついた。第二小隊長。二十代後半。冷静で判断が速い。
「マルク、言い訳が下手すぎます」
「うるせえ」
「団長、今日の訓練内容は」
「模擬戦と連携確認。あと、レオンが後方から支援の調整をするって」
リーゼが少しだけ目を細めた。
「レオンさんの強化、最近さらに強くなってませんか。ルクセンのとき、明らかに以前と違いました」
——鋭い。この人はいつもそうだ。三年間、私に距離を詰めようとしてくれた唯一の人。私が心を開かなかっただけで。
「レオンが調整してるみたい。今日もいろいろ試すって」
「了解です」
後方治療天蓋。
レオンが衛生兵たちに指示を出している。
「今日の訓練では、強化の強度を段階的に変えます。各自、兵の状態を記録してください」
「はい!」
ミラが元気よく返事した。ミラ・ゼーフェルト。二十歳。衛生兵。レオンに憧れて衛生兵になった子。
レオンが器具の確認をしている。ミラがその横顔を見ている。銀髪が揺れてる。碧い目が器具に集中してる。
ミラの顔が赤い。
「ミラ、顔赤いよ」
カイルが横から言った。
「赤くないです」
「赤い。耳まで」
「日焼けです」
「朝から日焼けしないでしょ」
「……うるさいです、カイルさん」
ナタリーが後ろで笑ってる。ナタリー・フォルスト。二十代半ば。後衛のムードメーカー。
「ミラちゃん、分かりやすいね」
「ナタリーさんまで!」
「いいじゃん。青春だよ青春」
「青春じゃないです! 尊敬です!」
「尊敬で耳まで赤くなる?」
「なります!」
ユーリが黙って準備をしている。ユーリ・ヘルツ。三十代。ベテラン衛生兵。レオンが来る前は後方のまとめ役だった。口数が少ない。職人気質。全部聞こえてるけど何も言わない。
レオンは——全く気づいてない。器具を磨いてる。いつも通り。
「訓練始めるよ!」
セレナの声が訓練場に響く。
レオンが後方から強化を展開し始めた。まず他の兵たちに。
——普通だ。いつも通りの強化。
トーマが模擬戦に入った。動きがいい。元気だけじゃなくて、ルクセンで経験を積んだ分、判断が速くなってる。
マルクが相手をしてる。ベテランの余裕。トーマの攻撃を捌きながら「遅え」「もっと踏み込め」と指導してる。口が悪いけど面倒見がいい。
リーゼは別の兵と模擬戦。冷静に相手の動きを読んで、最小限の動きで制してる。この人は強い。私の次に強い。
「団長、僕とやりませんか!」
トーマが目をキラキラさせてる。
「いいよ。来な」
セレナが剣を構えた。
——そのとき、レオンがセレナに強化を繋げた。
瞬間。
——跳ね上がる。
身体の奥から力が湧く。いつもの感覚。でもレオンの意識はセレナじゃなくて、自分の魔力を観察してる。
セレナに繋がった瞬間、魔力が増えた。他の兵への強化も上がった。訓練場全体の質が変わった。
「え——団長、速くないですか!?」
トーマが目を丸くしてる。セレナの動きが一段上がった。
「ついてきなよ、トーマ」
「は、はい!」
三合で剣を弾いた。トーマが尻もちをついた。
「……つ、強い……」
「まだまだだね」
「もう一回お願いします!」
「元気だね。いいよ」
マルクが腕を組んで見てる。
「……団長、最近さらに強くなってねえか」
リーゼが頷いた。
「ルクセンの後から、明らかに違います」
「レオンの強化のせいか?」
「それだけじゃない気がします。団長自身の動きも変わってる」
レオンは後方で数値を記録してる。セレナに繋げる前と後の差。カイルに渡す。カイルがノートに書き込む。
「レオンさん、やっぱりセレナさんに繋げた瞬間からですよね」
「……はい」
「もう確定でいいんじゃないですか」
「……もう少しだけ」
「何を確認するんですか。もう十分データあるでしょ」
「……原因が分からない限り、確定とは言えません」
「理系だなあ」
ミラが横で聞いてる。
「あの、レオンさん。何を調べてるんですか?」
「……少し、魔法の検証をしています」
「私にも手伝えることありますか?」
「では、この数値の記録をお願いできますか」
「はい!」
ミラが嬉しそうにノートを受け取った。カイルが「分かりやすい」と小声で言った。ナタリーが後ろで笑ってる。ユーリが黙って包帯を巻いてる。
訓練が終わった。
「お疲れ!」
セレナが汗を拭きながらレオンのところに来た。
「今日もなんかみんな調子よかったね」
「……そうですね」
「あんたの強化、どんどん良くなってない?」
「……はい。少しずつ」
「さすが。——ねえ、帰りにあの食堂寄ろうよ」
「……はい」
「スープ、おかわりしていいよ」
「一杯で十分です」
「嘘。顔に書いてある」
「……書いてません」
並んで歩き出す。半歩前と半歩後ろ。
後ろでトーマが「今日も負けた! 明日こそ!」と叫んでる。マルクが「百年早え」と返してる。リーゼが静かに剣を磨いてる。
後方ではミラがレオンのノートを大事そうに持ってる。カイルが「返しなよ」と言ってる。ナタリーが笑ってる。ユーリが黙って片づけてる。
——第五騎士団。私の部隊。
三年間、一人で率いてきた。でも一人じゃなかった。こいつらがいた。
レオンがいなくても、こいつらはずっとここにいてくれた。
今さらだけど——ありがとう。
声には出さない。団長だから。
でも、今日の訓練は、少しだけ楽しかった。




