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『必ず戻る』って言って消えた相棒へ。——三年待った女英雄より  作者: はやんえでぃ


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第21話 桁が違う

 ルクセン戦線、初日。


 今回は最初から二人だ。出発前に作戦を組んだ。前線の配置、後方の位置、強化のタイミング。全部打ち合わせた。


 レオンが地図を広げて説明してくれた。長い指が地図の上を滑る。碧い目が情報を整理してる。声が低くて静かで、全部聞き取れる。


 ——ああ、この時間が好きだ。二人で作戦を組む時間。あの人が後ろにいると分かってる状態で前に立てる幸せ。


「行ってくる」


「はい。後ろは任せてください」


 あの低い声で言われると、怖くなくなる。不思議。何も変わってないのに、この人が「任せてください」って言うだけで、世界が変わる。


「……うん」



 前線に立つ。剣を握る。空気が冷たい。


 ——怖くない。後ろにレオンがいる。


 敵が来た。数はそこそこ。グラオヴァントほどじゃない。踏み込む。斬る。戻る。軽い。


 ——そして、強化が来た。


 後方から光が伸びてくる。白くて鋭い光。最初に光が触れたのは、左翼の兵たち。動きが変わる。少し速くなる。少し強くなる。次に右翼。中央の兵たちにも広がっていく。


 一人ずつ、強化が繋がっていく。前線全体が少しずつ底上げされていく。


 ——そして、光がセレナに触れた。


 瞬間。


 ——は。


 何これ。


 身体の奥から、力が爆発した。さっきまでと全然違う。左翼や右翼の兵に入った強化とは、桁が違う。腕が熱い。足が速い。視界が別物になった。剣が羽みたいに軽い。


 しかも——セレナだけじゃなかった。


 前線全体の空気が、一瞬で変わった。さっきまで「少し速く、少し強く」だった兵たちが、急に別人になってる。


 治癒魔法も変わった。後方の光の色が濃くなってる。力強い、深い光。負傷者が立ち上がるまでの速度が明らかに上がってる。


 ——え、なんで?


 私に強化が繋がった瞬間から、全部が変わった。


 考えてる暇はない。敵がいる。踏み込んだ。


 速い。自分でも信じられないくらい速い。正面の敵二人を、一振りで斬り倒した。


「だ、団長——!?」


 隣の兵が驚いてる。気にしない。前を見る。


「左翼、敵を押し返してます! なんか急にみんな動きが——」


「右翼も押してます! 強化がさっきと全然違う!」


 全部変わってる。私に強化が繋がった瞬間から、全部。


 敵の前衛を斬り崩した。三人。四人。五人。止まらない。止まる気がしない。あの人が後ろにいて、あの人の魔法が私に流れ込んでくる。それだけで無敵になれる。


「全隊、押し込め!」


 叫ぶ。声がよく通る。前線全体が一斉に動く。全員が強化されてる。全員が速い。全員が強い。


 負傷者が出た。後方に下がる。——十五秒で戻ってきた。


 十五秒。ヴェルデンで四十秒。グラオヴァントで三十秒。今回、十五秒。


 ありえない。回を追うごとに速くなってる。全部、あの人の力。


 敵が怯み始めた。逃げ始めてる。指揮系統が崩壊してる。


 セレナは前線の最前列で剣を振り続けてる。速い。強い。一人で五人分やってる。しかも疲れない。背中が熱い。レオンの魔法が、ずっと繋がってる。


 ——これが、二人の戦場だ。


 敵が退いた。潰走。


 追撃はしない。セレナがそう判断した瞬間、後方からレオンの声が重なった。「追撃不要」。あの低い声。一言も打ち合わせてない。でも当たり前のように、同じ結論に立ってる。


 ——この人となら、言葉がいらない。それがどれだけ心地いいか。


 セレナは剣を持ち上げた。


「——ルクセン戦線、制圧!」


 歓声が爆発した。初日で。たった初日で。中規模の戦線を、初日で制圧した。



 後方治療天蓋。


 セレナが入ると、カイルが興奮した顔で話していた。


「いやほんとにやばかったですよ今日! 治癒の精度が途中から明らかに跳ね上がったんです。最初は普通だったのに、途中から急に——」


 レオンは黙って器具を片づけている。白銀の髪が少しだけ乱れてる。珍しい。いつも完璧な人が、少しだけ乱れてる。


 ——かっこいいな。戦場が終わったあとの、少しだけ崩れたレオン。普段が完璧すぎるから、このわずかな乱れがたまらない。


「レオンさん、何かしたんですか」


「何もしていません。いつも通りです」


「いつも通りであれは絶対おかしいですよ。三年間一緒に他の戦場回りましたけど、こんな無双見たことない。桁が違います」


 レオンの手が止まった。碧い目が少し揺れた。


「……他の戦場では、なかった?」


「ないです。断言します」


 レオンが黙った。眉がわずかに寄ってる。碧い目が何かを追ってる。この人が答えを持ってないときの顔だ。


 セレナは天蓋に入った。


「お疲れ」


「お疲れ様です」


 レオンがこっちを向いた。碧い目がまっすぐ見てくる。戦闘のあとなのに、この人の目は変わらない。静かで、深くて、全部見通すような碧。


「今日、すごかったね」


「……そうらしいですね」


「らしいって。自覚ないの?」


「……正直、自分でも驚いています」


 レオンが「驚いている」と認めるのは珍しい。この人が自分の感情を口にすること自体が珍しい。白銀の髪を指で触りながら考えてる。ちょっとかわいい。


「ふうん。まあ、あんたはいつもすごいけど」


「……いえ。今日は何かが違いました」


「何が?」


「それが、分からないんです」


 レオンが本当に困っている。碧い目が私を見てる。答えを探してる顔。でも答えが見つからない顔。


 ——なんだろう。この人が困ってる顔、好きだ。完璧じゃないレオンが見れる。私の前でだけ見せる、隙のある顔。


「まあ、勝ったんだからいいじゃん。初日で終わったし」


「……そうですね」


「帰ったらスープ作るよ。今日は特別に具を多くする」


「……楽しみにしています」


 セレナは天蓋を出た。


 いい日だ。最高の日だ。レオンがいると、こうなる。


 何が違ったかなんて考えもしなかった。レオンはすごい。それだけ。昔からそう。



 その夜。


 レオンは後方治療天蓋の中で、ノートを開いていた。


 今日の戦闘の記録。治癒魔法の精度。強化魔法の展開範囲。消費魔力。回復速度。


 数字が合わない。


 三年間の記録と比較している。どの戦場でも、ここまでの数字は出ていない。技術は同じだ。体調も悪くない。


 カイルが言っていた。「最初は普通だったのに、途中から急に跳ね上がった」。


 途中から。


 何が変わった?


 ……答えは、まだ出ない。


 ノートを閉じた。


 天蓋の外は静かだ。前線の夜。遠くでセレナの部隊の天幕の灯りが見える。


 ……何が違うんだろう。


 その疑問を抱えたまま、目を閉じた。

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