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『必ず戻る』って言って消えた相棒へ。——三年待った女英雄より  作者: はやんえでぃ


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第18話 買い出し

「今日、買い出し行かない?」


「何を買うんですか」


「剣の手入れ用品。あと油。あんたは?」


「薬品の補充がいくつか」


「じゃあ一緒に回ろう」


「……別々に行ったほうが効率的では」


「効率の話してない。一緒に行こうって言ってるの」


「……はい」


 レオンが素直に従うようになった。前はもうちょっと抵抗してた気がする。



 最初にレオンの薬品屋に行った。


 小さな店だった。棚にびっしり瓶が並んでいる。何が何だか分からない。


 レオンは棚の前で真剣な顔をしている。瓶を取って、蓋を開けて、匂いを確かめて、戻して、別の瓶を取る。


「……何してるの」


「品質の確認です」


「匂いで分かるの」


「分かります」


「すごいね」


「慣れです」


 セレナは店の隅の椅子に座った。退屈だ。でも帰りたくない。レオンが真剣に瓶を選んでるのを見てるのが好きだ。


「……セレナ、退屈ですか」


「退屈じゃない」


「顔に書いてありますが」


「書いてない。あんたの買い物見てるの好きだから」


「……そうですか」


 レオンが少しだけ目を逸らした。この人が目を逸らすのは珍しい。



 次にセレナの武器屋に行った。


 レオンが場違いな顔をしている。どう見ても武器に縁のない細身の男が武器屋にいるのは確かにおかしい。


「何を買うんですか」


「砥石と油。あとグリップの革」


「……グリップ」


「剣の握るとこ。革が減ってきてるから巻き直すの」


「自分でやるんですか」


「当たり前でしょ。自分の剣だもん」


 セレナは砥石を手に取って、指で表面を確かめた。


 レオンが黙って見ている。


「……何」


「いえ。セレナが砥石を選ぶ顔は、僕が薬品を選ぶ顔と同じだなと」


「……褒めてる?」


「事実を言っています」


「あんたの褒め言葉はいつも分かりにくい」



 帰り道。並んで歩く。半歩前と半歩後ろ。


 買い物袋を下げて歩いてる。普通の光景だ。ただの二人組。


「団長!」


 声が飛んできた。横の通りから騎士団の兵が駆け寄ってくる。


 ——瞬間、セレナの空気が変わった。背筋が伸びる。目が鋭くなる。


「お疲れ様です。グラオヴァント制圧、おめでとうございます!」


「ありがとう。君も元気そうで何より」


 声が違う。さっきまでの声と全然違う。低くて、落ち着いてて、頼もしい。英雄の声。団長の声。


「次の戦線も期待しています!」


「ああ。任せて」


 兵が敬礼して去っていった。


 数秒の沈黙。


 セレナの背筋が、ゆっくりと緩んだ。目の鋭さが消えていく。肩の力が抜ける。


 時間がかかった。前より短くなった気はするけど、まだすぐには戻れない。


「……ねえ」


「はい」


「私、今変な顔してた?」


「変ではないです。ただ、切り替わりました」


「……分かるんだ」


「分かります」


「どっちが本物?」


「家にいるときですよ」


「……そういうとこだよ。褒め言葉が分かりにくいって言ってるの」


「褒めたつもりですが」


「……え、今の褒めてたの」


「はい」


「……ふうん」


 歩く。買い物袋が揺れる。レオンが半歩後ろにいる。


 さっきの兵は「次の戦線も」と言った。


 次の戦線。また前に立つ。また戦う。レオンが後ろにいて。


 ——レオンが、後ろにいて。


 ふと。


 ほんの一瞬だけ。


 考えてしまった。


 もしレオンが死んだら。


 戦場にいる人間は、死ぬ可能性がある。レオンは後方だけど、後方だって安全じゃない。前線が崩れたら、後方も巻き込まれる。


 「いなくなる」と「死ぬ」は違う。


 いなくなったら探せる。待てる。三年間待った。待つことはできる。


 でも死んだら、終わりだ。


 探せない。待てない。永遠に。


 自分は遺書を書いた側だ。死ぬつもりだった側だ。だから分かる。人が死ぬということのリアルが、普通の人より近い。


 レオンが死んだ世界。


 あの声が聞こえない世界。「怪我はありませんか」が聞けない世界。隣に誰もいない世界。


 三年間の比じゃない。三年間は「戻ってくるかもしれない」があった。死んだら、それすらない。


 足が、一瞬だけ止まった。


「……セレナ?」


「なんでもない」


「足が止まりましたが」


「石につまずいた」


「道は平らですが」


「……うるさい」


 歩く。歩く。考えるな。考えるな。


 隣にいる。今いる。ここにいる。


 それでいい。今はそれでいい。先のことは考えない。


「……ねえ」


「はい」


「死なないでよ」


 軽く言った。振り返らずに。


「……急にどうしました」


「別に。なんとなく」


「なんとなくで言う言葉ではないと思いますが」


「いいの。なんとなく。あんたは死なないでよ。それだけ」


 レオンが少し間を置いた。


「……善処します」


「善処じゃなくて約束して」


「戦場にいる以上、確約はできません」


「……あんた、ほんとにそういうとこだよ」


「正確に答えたつもりですが」


「正確じゃなくていいから、嘘でいいから、死なないって言って」


「……」


「レオン」


「……死にません」


「嘘でもいい。ありがと」


「嘘じゃありません。努力します」


「……さっき善処って言ってたのに」


「善処から努力に上がりました」


「……なにそれ」


 笑ってしまった。泣きそうだったのに。


 この人はいつもそうだ。ぎりぎりのところで、こういう言い方をする。慰めでもなく、嘘でもなく、レオンなりの精一杯の言葉で。


 帰り道。夕焼け。買い物袋。半歩後ろの足音。


 幸せだ。


 怖いけど、幸せだ。


 こういう日が、ずっと——


 ——一瞬、胸が冷えた。


 前にも同じことを思った。ヴェルデンの後の七日間で。「ずっとこうだったらいいのに」って。あのときは七日で終わった。


 今回は違う。永続だから。


 ……永続だから。大丈夫。


 言い聞かせないといけない時点で、まだ全部は治ってない。


 でも、半歩後ろに足音がある。


 それだけで、今日は歩ける。

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