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『必ず戻る』って言って消えた相棒へ。——三年待った女英雄より  作者: はやんえでぃ


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第15話 ただいま

 王都に帰ってきた。


 グラオヴァント戦線、制圧完了。第五騎士団、損耗軽微。全員帰還。


「久しぶりの王都ですね」


「うん。……ねえ」


「はい」


「うちに来てよ。荷物置く場所ないでしょ」


「宿舎が割り当てられると思いますが」


「遠い。うちのほうが近い。部屋余ってるし」


「……いいんですか」


「何回同じこと聞くの。いいって言ってるでしょ。団長命令」


「……では、従います」


「素直でよろしい」



 家の前に着いた。


 鍵を出す。——あ。


「ちょっと待って。先に入る。あんたは外で待ってて」


「……なぜですか」


「いいから。一分で戻る」


 鍵を開けて、中に飛び込んだ。


 机。机の上。封筒。


 あった。「レオン・グラハムへ」。遺書。置きっぱなしだった。


 掴んで、引き出しに突っ込んだ。奥のほうに。見えないように。


 ……セーフ。


 息を整えて、玄関に戻る。


「どうぞ」


「……何かあったんですか」


「何もない」


「顔が赤いですが」


「走ったから。気にしないで」


 レオンが家に入った。見回してる。白銀の髪が窓からの光を受けてる。この家にレオンがいる。それだけで空気が変わる。


「……広いですね」


「二人で住む前提で借りたからね」


 言ってから、しまったと思った。


「……二人?」


「あんたと住む予定だったの。三年前から。あんたが配置換えになったから、ずっと一人だったけど」


「……知りませんでした」


「言ってないから。……ほら、こっち。案内する」


 部屋は三つある。セレナの寝室と、空き部屋と、居間。


「あんたの部屋、ここ。使ってなかったから何もないけど」


「十分です」


「ベッドと机はある。足りないものは明日買えばいい」


「はい」


 レオンが部屋に荷物を置く。器具を丁寧に並べ始めてる。この人は本当にどこでもこれをやる。


「……ねえ」


「はい」


「もういいよ。片づけは後にして。ご飯食べよう」


「……そうですね」



 台所に立った。


「何がいい?」


「何でも」


「何でもが一番困るんだけど」


「では、セレナが食べたいものを」


「……スープ。前線のやつより美味しいの作る」


「楽しみにしています」


 鍋を出す。野菜を切る。


 ——あれ。何やってるんだろう私。


 三日前まで、この台所に立つ気力もなかった。食事を作る意味がなかった。一人で食べるものなんて、作る理由がなかった。


 今、スープを作ってる。レオンに食べさせるために。


 なんだこれ。普通の生活じゃん。


「セレナ」


「なに」


「手伝いましょうか」


「いい。座ってて」


「でも」


「座ってて。あんたはいつも誰かの世話ばっかりでしょ。たまには座ってて」


「……分かりました」


 レオンが椅子に座った。テーブルの前。あの机。遺書を書いた机。


 同じ椅子に、今レオンが座ってる。


 あの夜、一人で白い紙を見つめてた場所。ペンを持って震えてた場所。涙で文字が滲んだ場所。


 今、そこにレオンがいる。


 泣きそうになった。嬉しくて。振り返らないようにした。スープをかき混ぜてるふりをした。


「……セレナ」


「なに」


「泣いてますか」


「泣いてない。玉ねぎ」


「玉ねぎは入れてませんが」


「……うるさい」



 スープができた。


 向かい合って座る。前線の食堂じゃない。自分の家の、自分のテーブルで。


 セレナがスープを一口飲んだ。


「……うん。美味しい」


「そうですか」


「前線のスープの百倍美味しい」


「前線のスープが薄すぎただけでは」


「そうかも。でも美味しい」


 レオンもスープを飲んだ。少し間があった。


「……美味しいです」


「でしょ」


「はい。とても」


 レオンの「とても」は珍しい。この人が味の感想を言うこと自体が珍しい。


 嬉しい。普通に嬉しい。


 なんだろうこれ。ただ一緒にスープ飲んでるだけなのに。


 レオンがパンをちぎる。小さく、均等に。昔からこの食べ方。


「まだそうやって食べるんだ」


「癖なので」


「知ってる」


 セレナは大きくちぎった。レオンの倍くらいの大きさで。


「食べ方、相変わらず大雑把ですね」


「うるさい」


 同じやりとり。前線の食堂でもした。何度目だろう。でも飽きない。


 この人の前だと、英雄じゃなくなる。団長じゃなくなる。全戦無敗の女でもなくなる。


 ただの、スープを作ってパンをちぎる、普通の人になれる。


 三年間、この時間がなかった。


 嬉しい。ただ嬉しい。


 食べ終わって、皿を片づけて、居間に行った。


 三人がけのソファがある。セレナはそこにごろんと横になった。


「行儀が悪いですよ」


「自分の家だからいいの」


 レオンはソファの端に座った。セレナの足の先がレオンの隣にある。


 レオンが資料を取り出して読み始めた。セレナはごろんとしたまま、その横顔を見てる。


 真剣な目。でも眉間の皺はない。穏やかだ。


 ——いる。ここにいる。同じ家にいる。同じソファにいる。


 セレナの口元が勝手に緩んだ。だらしない笑顔になってるのは自覚してる。


 やめようと思って、やめられない。だってレオンがいるんだもん。手を伸ばせば届く距離に。


 ソファに横になったまま、ちらっと見る。いる。もう一回見る。いる。三回目。まだいる。


「……セレナ」


「なに」


「さっきから何回も見てますが」


「見てない」


「見てます。横になったまま、ずっとこっち見てます」


「……確認してるだけ」


「何をですか」


「いるかどうかを」


 レオンが少し間を置いた。


「……います」


「分かってる」


「なら、なぜ確認するんですか」


「……癖」


「三年で身についた癖ですか」


「……うん」


 レオンは何も言わなかった。ただ、少しだけ目を伏せた。


 それから資料に戻った。


 セレナはソファに横になったまま、またレオンを見た。四回目。いる。


 だらしない笑顔が止まらない。


 明日もこの人がいる。明後日も。来月も。来年も。期限なし。空欄。


 なんて幸せなんだろう。ただ一緒にいるだけ。同じ家で。同じソファで。同じ時間を過ごすだけ。


 それだけで、三年分の全部が報われる気がした。


「……ねえ」


「はい」


「今日、いい日だね」


「そうですね」


「明日も、いい日だよ」


「……はい」


「明後日も」


「はい」


「ずっと」


「……はい。ずっと」


 セレナは笑った。ソファに横になったまま。だらしなく。幸せそうに。



 風呂を済ませて、居間に戻った。


 髪を下ろしてた。ポニーテールを解いて、ロングのまま。濡れた髪が背中に張り付いてる。乾かすのが面倒で、そのまま出てきた。


 レオンが資料を読んでいた。セレナが入ってきて、顔を上げて——


 止まった。


 一瞬だけ。ほんの一瞬だけ、レオンの目が止まった。碧い目がセレナの髪を見てる。


「……なに」


「いえ。……髪を下ろしているの、久しぶりに見たので」


「いつもポニーテールだからね。家ではたまに下ろすよ」


「……そうですか」


「似合わない?」


「……いいえ」


 それだけ。でもレオンの「いいえ」の前に、間があった。ほんの少しだけ。


 この人が言葉に詰まるのは珍しい。すごく珍しい。


「……ねえ」


「はい」


「今の、動揺した?」


「していません」


「嘘。間があった」


「……気のせいです」


「気のせいじゃないよ。あんた、私の髪見て固まってたでしょ」


「固まってません」


「固まってた」


「……資料を読んでいたので、切り替えに時間がかかっただけです」


「ふうん。資料ね」


「資料です」


「……まあいいけど」


 嬉しい。すごく嬉しい。レオンがあんな顔するの、初めて見た。


 髪を下ろしただけで。たったそれだけで。


 ——もっと下ろしてようかな。家にいるときは。


 そんなこと思ってる自分に気づいて、少し恥ずかしくなった。別にそういうのじゃない。たぶん。



 英雄の顔じゃない。団長の顔でもない。全戦無敗の女でもない。


 ただの、普通の女の子だった。

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