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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

リース・ベルフォードの永く短い生涯

作者: malaysia403
掲載日:2026/02/17

私は、千年の時を生きている。


千年という時間は、非常に長く、そして私にとってはまだ短い時間だった。




大地を覆う森が、砂漠になった。


幾千年を約束した大帝国は、瓦礫の海となり世界に忘れられた。



世界は目まぐるしく動き続けるが、私の寿命の終わりだけはまだ遥か先にあった。






そのはずだった。



---



『彼ら』が私を追い始めた。



ある時は、往来の中で、


ある時は、息も続かぬ山の上で、


ある時は、身を焦がす灼熱の底で、



私を執拗に襲い続けた。



ここ数百年は、彼らを見ない時期はなかったと思う。


私は、その全てを『処理』し、これまで永らえてきた。






私は旅の途中、ある街へ辿り着いた。


街に入った瞬間、いつもの『気配』と、若干の自身の魔力の弱まりに気付いたが、それは些末な事だった。


いつも通り、現れれば『処理』をし、現れなければこちらからは何もしない。




私は宿を取った。


街の中心から外れた、民家を改装したような宿だった。


店主と二、三言葉を交わし、宿代を払った。





「ねーちゃん、その耳なんだ!?」


人間の男の子。多分店主の子どもだろう。

エルフを見るのは初めてなようで、いたく興味を引かれたようだ。



「エルフ、見た事ない?」



正直、普段人と会話をしないこともあって、私は口下手だ。

最低限で済ませるか、会話をしない選択もよく取る。



でも、この時は、何故かそうではなかった。




「君、名前は?」


本当に何故か未だに分からない。


その理由はきっと、もう分からないのだろう。




「俺の名前は---ーだぜ!ねーちゃんは、何ていう名前なんだ?」




私にはもう、悠久は存在しないのだから。



「私の名前はリース、『リース・ベルフォード』よ」


---


彼の質問は多く、しかし非常に心地の良い時間だった。


ここしばらくは、私の事など気にする者は『彼ら』くらいだったからだろう。




「千年って、ほんとすげぇよな…俺も、千年生きられたらそんなすげぇ旅が出来るのかな」


「君なら、きっと数十年で十分だよ。君の好奇心があれば、きっとそれだけで私を越えられる」


「ホント?ホントに?」


「ああ、私が保証するよ」




「へへっ…じゃあいっぱい生きて、色んなとこ行かないとだな!

じゃあさ___」



「---ー、長いぞ。

そろそろ、お客様はお疲れだよ」


質問攻めが終わらないのを見て、店主が少年を止めに入った。



「ちぇっ、もっと色々聞きたかったなぁ」


残念がりながらも、少年は質問を止める。

聞き分けがいいのも、良い親の下で育っている証拠だろう。



「---ー」

私は、少年の名を呼んだ。


「また今度、そうだな…じゃあ、十年後。その時までにもっと世界の事、知っておくといい。


次に来た時は、大きくなった君と今度はしっかり『語る』としよう」





私は叶わない約束を、少年とした。


---


朝になり、私は街を出た。


少年は見送りには来なかった。



それでもいい。

十年後、大きく育った彼と語り合う約束をしたから。



私は少しだけ街を振り返り、すぐに往く道に顔を向け、






「ねーちゃん」


少年を、見つけた。



隣には、見覚えのある姿。

紋章付きの白い法衣。

『彼ら』だ。



射殺せ(ルミナーク)


男は話す間も無く消し飛んだ。

『彼ら』が視界に入ったら、即こうすると決めている。


「---ー、無事かい?」


少年の近くに魔力反応がない事を確認し、私は少年の元へ寄った。



「ねーちゃん、俺…ごめん…」


迂闊だった。

『彼ら』が関係者を人質に取る事など、昔から知っていたのに。


私は少年に近付き、

「すまない。怖い思いをさせたね。今すぐ街に__」

手を取った。






次の瞬間、私の視界から光が消えた。


光あれ(ノクティリス)


私の身体は、状況に反射するように魔法を出した。



それが、駄目だった。




光が周囲を照らした。


取り囲む『彼ら』を、


横たわり動くことのない少年だったものを、


地面や壁中に描かれた、魔法陣を。




カチ、と音がした。


私の魔法を、私の魔力を吸い取り魔法陣が発光し始める。



世界から魂を剥がされる感覚


多分、それが最も適した言葉だろう。




形容し難い感覚を覚える私が最後に聞いたのは、


『リーンの環の元へ、次なる魂が健やかであらんことを』




『彼ら』の、祈りにも聞こえる声だった。


---


しばらくして、光が消えた。

私は、いつの間にか地に伏していた。



息を吸おうとして、吸えない事に気付く。

空気が、ほとんどない。

肺が軋んで痛みが走った。


「__っ『隔絶せよ(アストレイジス)』!」


私は肺に残った空気を吐き出し、薄い光の膜を作り出した。


かつて行った息も続かぬ山や、灼熱の底でも私に害を寄せ付けなかった光の盾。



その盾が、この地では私とっては害そのものになった。



膜を作り出した途端、急激に魔力が失われていくのを感じた。

術から魔力が拡散し、維持だけでも莫大な魔力を消費する。


しかし、魔法を止めることはできなかった。




更に最悪は続く。



暗闇に目が慣れた頃、私は『異形』に取り囲まれている事に気付いた。


輪郭の歪んだ、骨と影の混ざり物。


千年生きて初めて見た生き物だった。



---



私は戦った。


身体の感覚はとうに無い。


流れ出る魔力の量が、私の命の残り時間を告げていた。




最期の敵は、私の前にゆっくりと現れた。



もう、倒す事も逃げる事も出来ない。

ここで終わるのだと、直感した。



「…『射殺せ(ルミナーク)』」


光の矢が敵の肩を掠めた。

わずかに、跡がついただけだった。



私は倒れこみ、そのまま意識を失った。






「うっ…」


目を覚ますと、敵はいなかった。




生かされたのか、とも一瞬考えた。

だがすぐに私は理解した。




身体が、光になって崩れていた。

魔力が、粒子となって闇に消えてゆく。



手を下す価値すら、なかったのだ。



「…ここまでか」


崩れていく身体とは逆に、私は落ち着いていた。


「---ーには、悪い事をしたな…」



千年の時を生きた。

その間に様々な経験をした。



それでも、思い出したのは一番最後に出会った夢に溢れる少年の姿だった。



「…詫びにはならないが…そうだな、向こうで私の千年を、君の気が済むまで話そうか」



もうほとんど、身体は崩れて残っていなかった。



「そして、許してもらえるなら…」


頬に温かいものが伝った。





「また、君の笑顔を、私に見せてほしいな」



---



光が消えた後、そこには小さな骨のようなものが残されていた。




探しても、見つけられない程の小さな骨。



それは、確かに悠久を生きた彼女自身であった。


そして今も尚、彼女は悠久を生き続けている。



光と共に拍動する骨が、確かにそれを証明していた。





そして、彼女は待っている。


『光の世界』へと連れ出してくれる、誰かを。






遠い、遠い世界で、

一人の少年と話しながら。



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