リース・ベルフォードの永く短い生涯
私は、千年の時を生きている。
千年という時間は、非常に長く、そして私にとってはまだ短い時間だった。
大地を覆う森が、砂漠になった。
幾千年を約束した大帝国は、瓦礫の海となり世界に忘れられた。
世界は目まぐるしく動き続けるが、私の寿命の終わりだけはまだ遥か先にあった。
そのはずだった。
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『彼ら』が私を追い始めた。
ある時は、往来の中で、
ある時は、息も続かぬ山の上で、
ある時は、身を焦がす灼熱の底で、
私を執拗に襲い続けた。
ここ数百年は、彼らを見ない時期はなかったと思う。
私は、その全てを『処理』し、これまで永らえてきた。
私は旅の途中、ある街へ辿り着いた。
街に入った瞬間、いつもの『気配』と、若干の自身の魔力の弱まりに気付いたが、それは些末な事だった。
いつも通り、現れれば『処理』をし、現れなければこちらからは何もしない。
私は宿を取った。
街の中心から外れた、民家を改装したような宿だった。
店主と二、三言葉を交わし、宿代を払った。
「ねーちゃん、その耳なんだ!?」
人間の男の子。多分店主の子どもだろう。
エルフを見るのは初めてなようで、いたく興味を引かれたようだ。
「エルフ、見た事ない?」
正直、普段人と会話をしないこともあって、私は口下手だ。
最低限で済ませるか、会話をしない選択もよく取る。
でも、この時は、何故かそうではなかった。
「君、名前は?」
本当に何故か未だに分からない。
その理由はきっと、もう分からないのだろう。
「俺の名前は---ーだぜ!ねーちゃんは、何ていう名前なんだ?」
私にはもう、悠久は存在しないのだから。
「私の名前はリース、『リース・ベルフォード』よ」
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彼の質問は多く、しかし非常に心地の良い時間だった。
ここしばらくは、私の事など気にする者は『彼ら』くらいだったからだろう。
「千年って、ほんとすげぇよな…俺も、千年生きられたらそんなすげぇ旅が出来るのかな」
「君なら、きっと数十年で十分だよ。君の好奇心があれば、きっとそれだけで私を越えられる」
「ホント?ホントに?」
「ああ、私が保証するよ」
「へへっ…じゃあいっぱい生きて、色んなとこ行かないとだな!
じゃあさ___」
「---ー、長いぞ。
そろそろ、お客様はお疲れだよ」
質問攻めが終わらないのを見て、店主が少年を止めに入った。
「ちぇっ、もっと色々聞きたかったなぁ」
残念がりながらも、少年は質問を止める。
聞き分けがいいのも、良い親の下で育っている証拠だろう。
「---ー」
私は、少年の名を呼んだ。
「また今度、そうだな…じゃあ、十年後。その時までにもっと世界の事、知っておくといい。
次に来た時は、大きくなった君と今度はしっかり『語る』としよう」
私は叶わない約束を、少年とした。
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朝になり、私は街を出た。
少年は見送りには来なかった。
それでもいい。
十年後、大きく育った彼と語り合う約束をしたから。
私は少しだけ街を振り返り、すぐに往く道に顔を向け、
「ねーちゃん」
少年を、見つけた。
隣には、見覚えのある姿。
紋章付きの白い法衣。
『彼ら』だ。
『射殺せ』
男は話す間も無く消し飛んだ。
『彼ら』が視界に入ったら、即こうすると決めている。
「---ー、無事かい?」
少年の近くに魔力反応がない事を確認し、私は少年の元へ寄った。
「ねーちゃん、俺…ごめん…」
迂闊だった。
『彼ら』が関係者を人質に取る事など、昔から知っていたのに。
私は少年に近付き、
「すまない。怖い思いをさせたね。今すぐ街に__」
手を取った。
次の瞬間、私の視界から光が消えた。
『光あれ』
私の身体は、状況に反射するように魔法を出した。
それが、駄目だった。
光が周囲を照らした。
取り囲む『彼ら』を、
横たわり動くことのない少年だったものを、
地面や壁中に描かれた、魔法陣を。
カチ、と音がした。
私の魔法を、私の魔力を吸い取り魔法陣が発光し始める。
世界から魂を剥がされる感覚
多分、それが最も適した言葉だろう。
形容し難い感覚を覚える私が最後に聞いたのは、
『リーンの環の元へ、次なる魂が健やかであらんことを』
『彼ら』の、祈りにも聞こえる声だった。
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しばらくして、光が消えた。
私は、いつの間にか地に伏していた。
息を吸おうとして、吸えない事に気付く。
空気が、ほとんどない。
肺が軋んで痛みが走った。
「__っ『隔絶せよ』!」
私は肺に残った空気を吐き出し、薄い光の膜を作り出した。
かつて行った息も続かぬ山や、灼熱の底でも私に害を寄せ付けなかった光の盾。
その盾が、この地では私とっては害そのものになった。
膜を作り出した途端、急激に魔力が失われていくのを感じた。
術から魔力が拡散し、維持だけでも莫大な魔力を消費する。
しかし、魔法を止めることはできなかった。
更に最悪は続く。
暗闇に目が慣れた頃、私は『異形』に取り囲まれている事に気付いた。
輪郭の歪んだ、骨と影の混ざり物。
千年生きて初めて見た生き物だった。
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私は戦った。
身体の感覚はとうに無い。
流れ出る魔力の量が、私の命の残り時間を告げていた。
最期の敵は、私の前にゆっくりと現れた。
もう、倒す事も逃げる事も出来ない。
ここで終わるのだと、直感した。
「…『射殺せ』」
光の矢が敵の肩を掠めた。
わずかに、跡がついただけだった。
私は倒れこみ、そのまま意識を失った。
「うっ…」
目を覚ますと、敵はいなかった。
生かされたのか、とも一瞬考えた。
だがすぐに私は理解した。
身体が、光になって崩れていた。
魔力が、粒子となって闇に消えてゆく。
手を下す価値すら、なかったのだ。
「…ここまでか」
崩れていく身体とは逆に、私は落ち着いていた。
「---ーには、悪い事をしたな…」
千年の時を生きた。
その間に様々な経験をした。
それでも、思い出したのは一番最後に出会った夢に溢れる少年の姿だった。
「…詫びにはならないが…そうだな、向こうで私の千年を、君の気が済むまで話そうか」
もうほとんど、身体は崩れて残っていなかった。
「そして、許してもらえるなら…」
頬に温かいものが伝った。
「また、君の笑顔を、私に見せてほしいな」
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光が消えた後、そこには小さな骨のようなものが残されていた。
探しても、見つけられない程の小さな骨。
それは、確かに悠久を生きた彼女自身であった。
そして今も尚、彼女は悠久を生き続けている。
光と共に拍動する骨が、確かにそれを証明していた。
そして、彼女は待っている。
『光の世界』へと連れ出してくれる、誰かを。
遠い、遠い世界で、
一人の少年と話しながら。




