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食わず嫌いの暴食魔人  作者: exa(疋田あたる)


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9/9

七、火山の島へ

 港から島まで。距離はそう遠くないとはいえ、間には海原が横たわっている。

 覗き込めば、青緑に透き通った水の中を小魚が数匹泳いでいく。波間に体を揺られる水鳥の姿もある。暖かく穏やかな海はエラや翼のある者にとっては過ごし良い環境なのだろう。

 けれど人の身では見える距離にあるとはいえ、島まで渡るのは容易ではない。


「グラトニーさん、海の水全部飲めたりする?」


 無邪気なシキの質問にイーダが「海水はね、どこの海でもしょっぱいんです! 多少塩辛さに差がある気はしますが、そのまま飲んでも美味しくないですよ!」と胸を張る。彼女は当然のように海水も試飲しているらしい。


「……試したことがないからわからん。が、権能で喰ったものは戻せないぞ」

「えー、それじゃあ海が干上がって港町のみんなが困っちゃうなあ。まあでも、海なんてずっと繋がってるからね。このあたりの水を飲んだところで海底が見えたりしないもんね。やるなら先に島とこの港の周りの海を区切らなきゃだけど、そんなの無理だしな」


 さして残念そうでもなく言って、シキはすぐそばに立てかけてあった二本の櫂を手に取った。


「やっぱり舟を漕いでいくのが一番、現実的だよね!」

「漕ぐのか……」


 差し出された櫂にげんなりしたグラトニーが視線を向けた先に浮かぶのは、見るからに年季の入った舟。いや、床材だけを組み合わせて波に浮かせたその形状はいかだと呼ぶべきだろう。中央には巨大な麻袋が重しよろしく乗っている。万一、燃えたとしても港町の住人の暮らしに問題がないようにシキが自作した船らしい。


「がんばってくださいグラトニーさん、わたし後ろから浮揚板で押すので!」


 ふんす、とやる気を見せているイーダは浮揚板を抱えてこぶしを握っている。ここまで二人の移動手段として活躍してきた浮揚板だが、やわらかい波の上では安定感が低下するため搭乗人員は一名だけ。

 よって、イーダは細身の学者シキと痩せぎすの魔人グラトニーという、動力としては頼りないことこのうえない漕ぎ手を支える重要な役割を任されていた。


「あんたらだけで行かせるの、不安だなあ」

「やっぱり古い船に乗って行かんか? それか、わしも漕ぎ手に加わったほうが……」


 見送りにやってきた串焼き屋の店主と港の老人が不安げに見守る中、グラトニーとシキはふらつきよろめきながらどうにかいかだに腰を下ろす。


「だめだめ。いつ火山が噴火するかわからないんだから、同情で命を危険にさらしちゃいけないよ。船だって、これ以上大きいと僕らでは漕げないだろうしね。最悪、転覆してもいかだに捕まって浮いて待ってるから、助けに来てね」

「ですです! ふたりが危ないときはわたしが助けを求めに戻ってくるので、よろしくです!」


 眉をきりりと吊り上げたイーダの宣言に、陸に残された店主と老人は不安げにしながらもうなずいた。


「いつでも船を出せるよう用意しておくからの」


 老人が言って、視線を向けたのは港に停泊した一艘の船。あたりの家が丸々一軒乗せられそうなほどに大きな船体に巨大なマストを張り、いざという時には動力として魔石を利用することで無風でも走れるという、港で一、二を争う立派な船だ。


「万一、噴火したときには言われた通り、学者先生の用意してくれた魔具を起動させるからよ。あんたらは自分の命だけ考えて全力で逃げな」


 力強く言い切った店主の手には、グラトニーとイーダが王から餞別として受け取った魔核がある。港沿いに数カ所設置されたシキ特製の魔具にはめれば、強力な風を生み出し噴火で発生する粉塵や噴煙、熱風を海へと押し返し町を守ってくれる代物だ。

 シキは小屋を燃やすだけでなく、きちんと町のための魔具も作っていたらしい。


「それじゃ、行ってきます!」

「帰ってきたら冷菓、楽しみにしてますからねー!」


 シキに続いて言ったイーダが、浮揚板に乗って魔核を発動させた。

 ふぉん、とかすかな音とともに浮き上がった板が陸を離れてゆるゆると進み、波の上に浮く。浮揚板がかすかな波紋を広げながらいかだに接触し、その力のままいかだを押しはじめればシキとグラトニーの櫂が波をかく。

 が、いかだは前進せずゆっくりと回転をはじめた。


「ちょっと、兄さん! もっとはやく漕いで!」

「漕いでいる! そっちが加減しろ!」


 シキに言われてグラトニーが怒鳴り返す。左右の櫂のタイミングが合わないために、いかだはゆるやかに回っていく。浮揚板に乗ったイーダが推進力となりつつも、ぐうるりと大きな円を描いて港へ逆戻り。


「あわわわわ、けんかしないで漕いでください! まわ、回っちゃいますよ〜」


 イーダが慌てて制御しようとするもむなしく、いかだは別れを告げたばかりの老人と親父の目の前に舞い戻った。


「……やはりわしが乗って漕いだほうが良いのでは」

「……あるいは腕に覚えのある連中に頼んで小型の舟を出してもらって、いかだを引っ張って行くべきか」

「いいえ、行けます! 行きますよ、グラトニーさん、シキさんっ。ほら、合図するから合わせて合わせて! いっちにー、いっちにー!」


 陸から届いたつぶやきにイーダが首を振り、頼りない男たちを叱りとばす。

 少女の合図があることで、バラバラだった櫂の動きが少しずつましになってきた。

 右に左に蛇行しながらもいかだは段々と港を離れていく。ぎこちない動きながらも前進だ。見送る老人と親父は不安な道行きを静かに見守っていた。


 ***


 海には潮の流れがある。星の位置、陽の高さ、その日の天候でころころと変わる潮の流れを教えてくれたのは、見送りに来ていた老人だった。


「はあ、ほんとにばっちり良い流れです。ぐんぐん小島に向かってますよ」


 老人に言われた通りの方向へ必死に漕ぎ進めること数分、いかだは陸を離れる流れに乗っていた。漕ぎ手はすでに櫂を手放しているというのに、風を感じられるほどの速度でいかだは進んで行く。イーダの浮揚板も今はただ浮くための出力しか必要としておらず、余裕の出て来た彼女は波間を覗き込んできらめく海の幸によだれをあふれさせていた。

 一方、いかだの上では倒れ込んだ人影がふたつ。


「このっ大海原へ、漕ぎ出そうなどとっ。陸で満足していればいいものを。ひとは、相変わらず、愚かだ、なっ」


 息も絶え絶えにグラトニーが罵る。


「停滞こそ、罪だからっ。海の、向こうを目指すのは、ひととしてあるべき欲、だよっ。舟の動力になる魔具が、もっと安価で作られるべきではあるけれど!」


 仰向けに倒れたシキは荒い息を押して吠える。

 陸からここまでほんの数分。けれど百年引きこもっていた魔人と、日ごろから魔具研究ばかりに精を出す学者の体力を根こそぎ奪うには、数分のいかだ漕ぎでじゅうぶんだった。

 体力の尽きたふたりを乗せたいかだは、海中の獲物に目を輝かせるイーダを引きつれて小島に吸い寄せられるように進んで行く。


「うう、焦げる……」


 小さかった島が大きく見え始めたころ、倒れていたグラトニーがうめきながら身を起こした。


「確かに、すっごく熱いです。海の幸たちも見当たらなくなっちゃったし、火山って普段からこんなに熱いものです?」


 海面から顔をあげたイーダは額の汗をふきながら首を傾げる。

 その疑問の声に、よろめきながらも起き上がったのはシキだ。


「いいや、地温や水温の上昇は確認されるけど大気があからさまに熱を帯びるまではいかないよ。噴火すれば別だけどね。これは確実に、熱源となる魔物がいるよ。それもかなり強力な炎の魔核を持つ魔物が……!」


 疲れた顔ながらも、彼の目はギラギラと輝いていた。まだ見ぬ未知の魔核に焦がれる彼の目に、空を焼く炎が映る。


「あ……」


 鳥の形の炎が小島にそびえる山の頂上で羽根を広げていた。おだやかな海をつんざく甲高い鳴き声が波の音を焦がし、翼から燃え広がる炎が潮風を焼く。


「いた……不死鳥だ」

「でかいな。この距離ではっきり見えるということは、そばに行けば胴体だけでこのいかだよりもでかいはず」


 見上げたシキとグラトニーはそこにいるであろう魔物のことをそれぞれ口にしながらも、恐れ慄く様子もなく熱気に身を任せている。

 ほどなくしていかだが島に着岸した。そのときになってようやく、彼らは後ろを振り向いた。


「ところで、イーダちゃんも行くの? 僕の魔具が炎を防げるのはせいぜい数秒だけ。ぜったい危ないよ?」


 いそいそとポケットに魔具を詰めながらシキが問う。いかだの中央を陣取る巨大な袋いっぱいに役立ちそうな魔具を持ち込んだ彼だが、とうてい持ち歩ける量ではないため島に持ち込むものを吟味しているらしい。


「調査なら俺ひとりでも十分だ」


 特に用意するものなど無いグラトニーは、はやくも陸に足をかけながら短く言った。感情の乗らない声はいっそ突き放すような響きさえまとっていたが、イーダは意にも介さず浮揚板でグラトニーの前へひとっ飛び。目を丸くした彼の手を取り、むしろ急かすように引っ張った。


「不死鳥をひとりじめしようなんて、いくらグラトニーさんでも許さないです! 珍味はふたりでわけっこですからね!」

「え、食べるの? 不死鳥を?」


 心底驚いたというシキのつぶやきに、イーダは慌ててつないでいないほうの手を横に振る。


「あ、あ。もちろん魔核はシキさんのです! 不死鳥の肉も欲しいのなら、ひとくちくらいなら……いや、でも部位ごとに味が違う可能性もあるし、うう、そこはちょっと要相談という形で……」

「いや、僕は食べないから」


 苦悩しながらも彼女なりに精いっぱいの譲歩を見せるイーダに、シキは真顔できっぱり断った。イーダはあまりの驚きに衝撃を受け固まる。


「いや、魔物のなかにはおいしいやつもいっぱいいるけどね」


 眉を下げて申し訳なさそうな顔をしながら、シキがいかだから陸へと上がる。揺れるいかだに「おっと」とよろめきながらもなんとか上陸を果たした彼は、立ち止まったイーダとグラトニーを追い越しながら山を振り仰いだ。


「人の力をはるかに超えた魔物を食べようなんて、普通は思わないものだよ」


 今は見えない不死鳥に向けられたその目に宿るのは畏怖。適わぬと恐れ、自らとは遠い存在であると願う敬いがにじんでいる。


「あは。だったらシキさんだって『ふつう』じゃないです」


 おかしいと言われたイーダは、怒ることもなく楽し気に笑ってシキを指さした。か

らかうように口角を持ち上げた彼女の指が示す先、魔具の詰まったポケットに触れるシキの手がある。


「シキさんだって、自分が作った魔具を試したいって思ってるんです。そして、不死鳥の魔核も欲しいなあ、って思ってるです?」


 疑問の形を取りながらも、にんまりと笑うイーダの顔は確信に満ちていた。きょとんと見つめ返したシキはやがて、こらえきれないとばかりに「あはっ」と笑う。


「まあね! そりゃそうでしょ。未知の魔物、強力な魔核。これでわくわくしないほうが普通じゃないよ!」

「うんうん。未知の食材に胸が躍るのは至極当然です。ね、グラトニーさん!」


 満面の笑みのふたりに同意を求められて、グラトニーはこっそりと後ずさる。


「いや、俺は別に喰いたくないし、魔核にも興味ないんだが」


 一緒にされたくない、と逃れようとするグラトニーの右手をイーダが。左手をシキがしっかりと握りしめる。


「そんな恥ずかしがって興味ないふりすることないのに!」

「そうですよ、誰だって初めては緊張するものですが。恐れるな、食べてみよ、です!」

「恥じてはいない。というか妙な格言を作るな!」


 グラトニーが掴まれた手をほどこうとするが、にまにま笑うふたりはねっとり絡みついて離れない。


「ええい、暑苦しい!」

「ねー。こんなすっごい熱量を操れる魔核、ムネアツだねえ」

「そんなすごい魔核を持つ超珍しい魔物の味、楽しみですぅ!」


 シキはにこにことご機嫌に、イーダは跳びあがりそうなほどうきうきと。弾んだ足取りのふたりは不機嫌全開のグラトニーを引きずって山を登っていった。

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