六、暑いときには冷たいものを
暴走しながらも見事な連携を見せたイーダと青年がグラトニーを引きずってたどり着いたのは、町の裏通りだった。
観光客や酒を飲む人々でにぎわっていた表通りとは違い、町の人々の居住区である裏通りは静かなものだ。昼をいくらか過ぎたこの時間は、朝早くから漁に出ていた船乗りたちがひと眠りする時間でもあるため、人通りもほとんどない。
青年がふたりを案内したのは、そんな入り組んだ家々の合間に建つこぢんまりとした店。表に並ぶ屋台を大きくしただけのような簡素な建物には扉がない。戸口の上部にまとめられた布が扉の代わりをするのだろう。
グラトニーとイーダを店外の椅子に座らせると、青年は開きっぱなしの戸口に頭を突っ込んだ。
「おじさーん! 砕冷菓三つお願いしますー!」
「おい、俺は食わない……」
さっさと三人分を注文してしまう青年にグラトニーが腰を浮かせる。けれど彼の袖をそっと引っ張り止めたのは、イーダだ。
「もう注文しちゃってます。それに、グラトニーさんが食べないならわたしにお任せを!」
眉をきりりと引き締めながらよだれを垂らさんばかりの顔で親指を立てるイーダに、グラトニーは感謝していいのか呆れるべきなのか、すこし迷ってため息をつきつつ椅子に座り直した。
店から戻ってきた青年もふたりの向かいに腰を下ろす。数あるポケットをさぐり、何かの紐の切れ端を見つけた彼は背中のあたりで散切りになった髪を手早くまとめて結い上げると、ふたりに顔を向けた。
「では、改めて。僕はシキ。シキ・チョーク。こう見えて魔具学者なんだ。魔具を作るため、色んな研究をしてるよ」
にこりと笑った青年シキはなるほど、落ち着いていれば賢そうに見えなくもない。人好きのする笑顔で「どうぞ」と促されて続いたのはイーダだ。
「イーダ・キーマスです。好きなものはおいしいもの。好きなことは食べること。この世のすべてを味わってみたい、夢にあふれた乙女です!」
きらきらの輝く笑顔で言うイーダは、夢にあふれたというよりよだれをあふれさせそうだ。乙女とは自分で公言するものだったろうかと内心で首をひねるグラトニーをよそに、シキはうれしそうに手を合わせた。
「飽くなき探求心ってわけだね! すごくすてきだ!」
「えへへへぇ。照れますねえ」
食欲を誉められたイーダが照れ照れと身をくねらせる。
「お兄さんは?」
「あ?」
にこにこと見守っていたシキに話を振られて、グラトニーは目線だけで彼を見た。
半目でにらむようなグラトニーの視線に対して、シキは好奇心に満ちた瞳を向けている。権能の発現を見ているというのに、それに対する恐怖や嫌悪などみじんも感じられない澄んだ目だ。
いっそ子どもにも似た純粋さで見つめられたグラトニーは、慣れない熱視線から逃れるように目を伏せた。
グラトニーのやせ細った外観と諦めきった表情の陰鬱さに無関心を加えれば、ほとんどの者にとって話しかけるのをためらう対象となる。だというのに。
「お名前、グラトニーさんだよね! イーダさんが呼んでた。それってあの歴史に名の残る暴食の魔人からとってるの? それともお名前が先で後からその力に目覚めたのかな。そういうことってあるよね。名は体を表すっていうもの。あ、そうそう! さっき炎を食べた能力、あれってなんだったの!? その首にはめてる魔具になにか秘密があるとか!」
「…………近い。離れろ」
ぐいぐいと顔を寄せるシキからのけぞって離れながらグラトニーがつぶやく。けれど彼の敵は目の前だけでなく隣にもいた。
「ほらほら、グラトニーさん! そんな態度、だめですよ~。シキさん、この方は何を隠そう百年前、帝国の歴史に名を刻んだ暴食の魔人その人なのですっ」
「おまえ……」
さらっと正体を告げるイーダに、グラトニーはがっくりと肩を落とした。
王都を出る際、面倒ごとを避けるために魔人であることは極力口外しないようラストに言われたことを、少女はさっそく忘れているらしい。
「何ですかグラトニーさん。ラストさんは誰彼構わず言わないように、と言ってただけです。つまり、善良な相手なら問題ないです! だってシキさんは甘味をおごってくれるんですよ、悪い人なわけがないのですっ」
否。イーダは言いつけを忘れてはいなかった。覚えていて、そのうえで食欲に負けただけである。そちらのほうが質が悪いのではないか、とグラトニーは思うけれど口にするのも面倒でため息をひとつだけこぼす。
とはいえ、グラトニーは危機感など抱いていなかった。百年前の伝説に語られる魔人が目の前にいる人物だと言われて信じる人間などそうそういない。それこそ封印の場に現れ、巨大な魔物を喰らう姿を見でもしなければ信じないだろう。そう思っていた彼であったが。
「すごい……あの、伝説の暴食の魔人? 帝国の技術の粋を集めて造られたあの魔人が、いまここに……!」
一発で信じた青年がここにいた。
両手を組み合わせグラトニーに熱い視線をおくっていたかと思うと、シキは素早い動作で椅子を抱えグラトニーの真横に座り直した。
その手には、いつの間にかメモ帳とペンが握られている。ペンはもちろん魔核を用いたインク補充不要のものだ。
「あの! 魔人ということは百歳以上ってことだよね? でも見た目は僕らとそう変わらないってことは、魔人が不老不死っていうのはほんとなの!?」
「え、いや、権能を行使するのに最適な年齢を保つから不老ではあるが、核が壊れれば消滅するから不死ではない、はずだ」
魔核が壊れた魔人をグラトニーは見たことがない。ただ、自身を作った帝国の研究者からそう聞いているだけだ。そんな伝聞の話にシキは食いついた。
「そう、核! 魔人の核といえば竜の核とされてるけど、それって人工物? 絶大な力を持つ結晶をそう呼んでるだけなのかな。それとも百年前は竜ってそのへんにいたの? 今はもう絶滅しちゃってるって話だけど、あれっておとぎ話じゃないの?」
「竜核は、ある。竜は当時も希少だったし、帝国に狩られなかった最後の一匹は大陸の西にある岬からこの地を捨てたと聞くが」
「はあああー! 竜は実在したんだね! すごい、すごい上方だぞ。その胸に竜核が!? 不老の力もさっき炎を食べた『暴食』の力の秘密もその核にあるんだね!?」
膝と膝がぴったりくっつく距離で矢継ぎ早に質問を繰り出され、グラトニーはしどろもどろと返事する。いつもであればだんまりを決め込むところだが、シキのあまりの勢いに押されて流されているらしい。
質問しながらもシキはペンをものすごい勢いで走らせている。書きつけたそばから新たな疑問が生まれて、次はあれを聞きたいこれも聞きたいと彼の知識欲はふくらむばかり。
まだまだ聞き足りないと思うシキは、ふとペンを握る手を止めて切ない吐息を漏らした。
「見たいなあ。どんな力がこもってるんだろう。核の周りには帝国の失われた技術が刻まれてるのかな、魔核をどうやって人の身に定着させたのか……」
欲にまみれた彼の目がうっとりと向けられたのは、グラトニーの胸だ。竜核について聞かれたときにグラトニーの手がなでていたあたりを愛おし気に、切なげに見つめている。
「あ、ダメですよ! 質問とか表面から触るくらいは良いですけど、核のお触りまで許してないですからね。グラトニーさんはわたしと食い倒れするって、先約があるんですから!」
きっぱりと断るイーダに遮られつつも、シキは名残おしげに竜核のあるあたりに視線を固定したままだ。
「……別に、開きたいなら」
肉を開いて見ればいい。帝国の連中も何度もやっていたことだ。
グラトニーがそう言いかけたとき。
「はいよ、お待ちどうさん!」
威勢のいい声とともに現れたのは、クラーケン焼きの屋台の親父だった。
「お? あんたら、学者先生と会えたんだな!」
グラトニーとイーダの顔を覚えていたらしい。にかっと笑った親父に対してグラトニーはそっと口をつぐみ、イーダは親父の手にある器に釘付けだ。
「ほああぁぁぁ、な、なんですか! そのきらめく魅惑の氷の山は……!」
「お、そうそう。こいつは学者先生の魔具で作ったうちの秘蔵の一品、菴摩羅の砕冷果さ。さっさと食べねえと溶けちまうぜ」
言って、親父が三つの器をテーブルの上に置いた。
なんの変哲もない木椀に盛られたのは、黄色がかった果物のペースト。ベーストの内部にはちいさな氷の粒が含まれているらしく、陽光を浴びてきらきらと輝く様はなんとも涼しげだ。
器に接している面がはやくも溶けはじめていると察知したイーダは、差し出されたスプーンを受け取るが速いか両手を合わせる。
「いただきますっ」
言い終えるのと、すくった冷菓を口に含むのは同時。
口を閉じた途端にかっと目を見開いたイーダの顔が、とろりと溶ける。
「あまぁい! とろけるぅ! ひんやりしててするんと喉に落ちるのに、香りはしっかり鼻に抜けてってたまらなああぁぁい! 口のなかに入れた瞬間に感じられるこのひんやり感への喜びは、熱いなかで食べるからこそ感じられる幸福感! 気候さえも味わいのひとつに加えるとは、このイーダ。感動ですっ」
とろける、という言葉以上にとけた表情で「はわあ」と感嘆のため息をもらしたイーダは、休むことなく次のひとさじを口に運んでいる。
「はわぁ、おいし。つめた、おいしっ。溶けるのもったいないからはやく食べなくちゃって思うけど食べた分なくちゃっう悲しみが動じに襲ってくるぅ! ひいぃん、なのにおいしくって手が止まらないよぉ!」
グラトニーが自身の前に置かれた器をそっとイーダのほうへ押しやると、彼女は歓喜の表情で二つ目の器を囲い込んだ。
「んんー、ほんとおいしい! 氷結の魔具、おじさんに渡してやっぱ正解だったな!」
その向かいではシキもまた、親父の冷菓に舌つづみを打っている。冷たい菓子で頭も冷えたのか、グラトニーの胸をさばきたくてたまらないと言いたげなねっとりとした視線はなりを潜めていた。ふたりがかりで手放しの称賛を送られて、親父もまんざらではなさそうだ。
「へへ、喜んでもらえたならうれしいね。けどよお、食い物屋しか能のない俺なんかより、もっと有効活用できる人がいくらもいるんじゃねえか? それこそ、金持ち連中に売りつければあんたの研究費だって手に入るだろうに」
うれしそうにしながらも申し訳なさげに眉を下げる親父に、シキが笑う。
「お金は無いよりあったほうができることも増えるけどね。金持ちに囲われて好きな魔具の研究ができなくなるくらいなら、有効活用してくれるひとの手に渡ったほうが僕はうれしいんだ。おいしいものが食べられれば次の魔具の案だって湧いてくるし!」
ぱく、と冷菓を口にしたシキの笑顔に、親父は「そうか。じゃあ張り切って、他にも合う果物を探してみるぜ」と笑い返す。冷菓はまだまだ試作段階らしく、主な商売は表の串焼き屋なのだろう。「今に串焼きと冷菓のうまい店として名を響かせてやるぜ」と握りこぶしを見せて店へ戻って行った。
「ところで君たち、僕を探してたの? なんだろ、魔具のことで相談かな、いろいろ聞かせてもらったからわかることなら答えるよ」
器を空にしたシキに問われたグラトニーは視線をちらりとイーダに向けた。誰かが代わりに説明してくれるなら面倒がなくていいと思ってのことだったが、あいにく彼女は二杯目の冷菓をすくうのに忙しいようだ。。
ひと口ごとに「んふー!」「はわあ……」「ひょー!」と騒がしい彼女を食べ物から引き離す労力も、知識欲に満ちたシキを鎮める労力も持ち合わせていないグラトニーに残された選択肢はひとつだけ。
「はあ……」
諦めのため息をひとつ、グラトニーはシキの期待に満ちた瞳と向き合った。
「あんた、鳥型の燃える魔物のことを知ってるか」
「不死鳥だね!」
にこりと笑顔をひとつ。あっさり頷いたシキにグラトニーは続けて問う。
「それだ。こちらの方角で燃える鳥を見たという報告が上がっていてな。そのころから港町のそばの小島から煙が上がっていると。俺たちはこのふたつに関連があるのか、火山が噴火した場合の港への被害はあるのかを調べに来たんだ。やはりあの島に居着いたのは不死鳥なのか?」
「間違いないよ。僕もあの魔物を狙って港の小屋から観測してたからね」
「観測というわりには……燃やしていたが」
ぼそりとつぶやいたグラトニーに、シキは「あはは」と明るく笑い声をたてた。彼にとっては小屋の火災は笑いごとらしい。
「そう。もっと不死鳥に近づいて観測をしたくてね。火の中でも燃えずに居られる魔具を作ってるんだ。水棲魔物の魔核で防御壁を形成する魔具でね、数秒程度なら耐えられるようになったんだけど、調子に乗って火を大きくして実験していたら、魔核が割れて壊れてしまってさ」
うっかり全焼だよ、と照れながら頭をかいたシキは、ふと表情を改めてグラトニーの瞳をのぞきこんだ。
「ねえ、君はさっき燃えてる僕の毛先を喰ったよね。あれ、不死鳥の火でもやれる?」
一見落ち着いて見えるシキだが、グラトニーに向ける目には静かな期待が満ちている。ただ純粋に「喰える」か「否」かを知りたがるその目に、混沌とした欲にまみれた帝国の研究者たちとは異なる欲を見てとって、グラトニーは頷いた。
「喰える。何なら不死鳥も喰えるはずだ」




