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食わず嫌いの暴食魔人  作者: exa(疋田あたる)


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5/12

三、色気よりも

 太陽が中天に差し掛かろうというのに外郭沿いの通りは影が落ち、冷えた空気に満ちていた。


「ここは一年中、こぉんな薄闇に包まれてるの。だから後ろ暗い連中とか、ろくでもない連中のたまり場になっててねえ」


 いつの記憶を語っているのか。御簾のなかで脇息にもたれたラストは、うっとりと膝にもたれるイーダのくせっ毛をいじりながら、夢見るような視線を宙に向けている。


「アタシ、そういう美しくないのって好きじゃないのよねえ。だから、建国王に言って仕切らせてもらってるわけ。人に害を成さない限りアタシの好きにしていい、って約束なの。なかなかきれいな街並みでしょ?」


 駕籠から漏れ聞こえる声を聞くともなく耳に入れながら、グラトニーは街並みを眺めていた。

 ラストの言う通り、外郭沿いに建つ建物はどれも鮮やかな朱色に塗られて薄闇のなかでも陰鬱さを感じさせない。そして昼間にも関わらず、一定の間隔で灯された提灯の明かりがゆらめいていっそ幻想的な光景を作り出している。

 陽が落ちればなお美しく照らしだされるであろう、完成された夜の街がそこにはあった。

 闇の溜まる場所さえ計算して作り上げられた街では、なるほど不埒な考えを抱えた者の居場所は少ないだろう。

 己には無い能力だ、と感心しながらグラトニーの口は別の話題を紡ぐ。


「アルフは、長く生きたのか?」


 人の王の名。暴食の魔人を気にかけた、稀有な青年のこと。

 問いにまじったほんの少しのためらいに気づかない振りをしつつ、ラストは肩をすくめた。


「働き過ぎね。街がすこし落ち着くのを見届けたみたいにある日倒れて、あっけなかったわ」

「……そうか。アンタは変わったな。なんというか……力で人を喰い尽くさないんだな」

「まあね。長く生きてるといろいろあるのよ。って、やだもう、年寄り臭いこと言わせないで!」


 ことさら軽い調子で言うラストは本当に変わった。そう思いながら、グラトニーは友の命が儚い人のそれの中でも短かったことを噛み締めた。知ったところでどうなるものでもないとわかっていながら、そっと胸の奥にしまった。行き場のない喪失感を埋めるように、太い首輪に指を這わす。


「そうそう!」


 不意に、ラストが明るい声をあげて掌を合わせた。

 先導の狐面の子どもたちが脚を止め、駕籠を担いだ男たちも立ち止まる。朱色に金の装飾が施されたことさら豪奢な建物の前で駕籠が下ろされるなり、御簾が開くのを待たずに身を乗り出したラストはグラトニーを見上げてとっておきの笑顔を見せる。


「アナタ、豊満なのとささやかなのどっちが好きだったかしら!」

「はあ!? な、なんの話だ!」

「やあねえ、おっぱいに決まってるじゃない。ああ、お尻でもいいけれど」


 くすくす笑いながら駕籠から降りたラストは、うっとりした目ですり寄るイーダを見下ろして「ああ」と声をあげた。


「赤毛が好みね? そう言えば、建国王もきれいな赤い髪をしてたわねえ」

「なっ、あ……!?」


 叫ぶべき言葉を見つけられずに口をわななかせるグラトニーの前で、ラストの長い指がイーダの丸い肩をねっとりとなぞる。

 久しく見ない素直な反応が面白くて、さらなるからかいのための言葉を練り上げるラストの腕のなかで、不意にイーダが鼻をひくつかせた。

 ふらり、と身体を離した彼女をラストの艶やかな残り香が追いかける。けれどイーダは振り向かない。


「あら。この子、自分で魅了を振り切れるの?」


 かつてのように、対象の自我を塗りつぶすほど強い魅了をかけてはいないラストだが、それでも魔人の権能に抗える者はそう多くはない。


「いや、こいつの場合はたぶん……」


 口に手を添えて驚きの表情を作るラストの隣で、グラトニーは呆れた目でイーダの背を見送る。

 途端に、ぐきゅるるるるるるるる!

 盛大に鳴いたのはイーダの腹の虫。


「食い気、だな」


 イーダは駕籠からおりてふらふらと歩き出していた。そのまま匂いの元へ吸い寄せられて行ってしまいそうな少女の首根っこをつかみ、グラトニーはため息をひとつ。


「食欲に負けるなんて、色欲の魔人としてなんだか複雑な気分だわぁ」


 頬に手を当ててしなを作ったラストではあったけれど、すぐに気持ちを切り替えたらしい。底の厚いぽっくりで器用に歩を進め、開け放たれた朱色の建物の戸口の前でくるりと振り返る。


「さあさ、いらっしゃい。アタシの城、朱楽館へ」

 まるで巨大な化け物の口のようにぽっかりと開いた暗い室内へと掌を向け、歓楽街の主人は客人を誘う。はだけた肩口は艶めかしく、淡く浮かべた微笑は蠱惑的に。

 薄皮一枚に隠した色香をにじませるその姿に、グラトニーは呆れを隠さずイーダの首を掴む手を離した。


「意地になったところでもう無駄だ」


 その言葉を体現するように、放たれたイーダが真っ直ぐに向かうのは人の色欲をくすぐる館の入り口、ではなく。その隣にひっそりと隠れている裏口へ続く木戸。


「この向こうから魅惑の香りがします! 行きましょう、グラトニーさんっ」


 きりっとした顔でグラトニーを振り返るイーダの表情に、淫靡な気配は微塵もない。


「こいつの食い意地には敵わない」


 主人のがっくりと肩を落とす姿が珍しいものだったのだろう。慌てた様子で駆け寄ろうとした狐面の子らを手のひらで押しとどめ、ラストは飾らない笑顔をひとつ。意識してまとった色気を振り払ったラストは、気取らない仕草で館の入り口をくぐる。


「そこは厨房よ。出来上がったものを食べたいなら、表からお客として入りなさい」

「はい、よろこんでー!」


 途端に、イーダはラストのそばへ駆け寄った。

 きらきらした瞳で見上げてくる少女の真っ直ぐな視線は、歓楽街の主人にはいっそ新鮮だったのだろう。あっけに取られた様子を晒したのは一瞬、犬猫を可愛がるように少女の頭を撫でまわす。


「あなたかわいいわねえ、うちの自慢のお料理、好きなだけ食べさせてあげるわよぉ」

「わーい! ご主人、太っ腹です!」

「ラストで良いわよ」

「ではでは、わたしはイーダで!」

「イーダちゃんね。女の子はかわいいわあ」

「ラストさんはとっても美人さんです」

「あらあ、正直な子はもっとかわいいわあ」


 ふたりはきゃっきゃと笑いながら連れ立って室内へ消えていき、狐面の子どもたちや行列の人員たちが後に続く。薄暗い店の表にはグラトニーと駕籠の担ぎ手たちだけが残された。 


「お連れさまもおあがりください」

「……はあ」


 屈強な男たちに促されて、グラトニーはのたのたと館のなかへ足を踏み入れる。

 歓楽街一の美男美女が揃っているといわれる現世の楽園、朱楽館へあれほど嫌そうに入って行ったのは、後にも先にも彼だけだったと担ぎ手たちは語った。


 主人自らが提灯を片手に先に立ち、二人を連れて行ったのは館の奥深く。

 入り組んだ廊下を幾度も曲がり、磨き抜かれた階段を登り、降り、そしてまた登り。暗い廊下の途中途中にゆらゆら揺れる行燈の灯りに照らされながら、イーダは通り過ぎてきた暗がりを振り返った。


「なんだかすごく、ふしぎな造りの建物ですね」


 通った道はすでに闇のなか。窓もなく昼か夜かもわからない建物の中では、自分が高い階にいるのか低い階にいるのか、それすらわからない。


「ふふふ、幻想のなかに迷い込んだようでしょう? ここはひとときの楽しい夢を売る場所だもの。お部屋にたどり着くまでの道のりがもうすでに、夢へと続いているのよ」


 客人の素直な反応に、館の主人は気を良くしたらしい。「所々に暗がりがあるのは、夢の通い路で顔見知りに会わなくて済むように、よ」とラストは幻想だけではない実用性についても口にした。


「そしてここが、夢のなか」


 ふと立ち止まり、引き戸を開けたラストが戸口の隣に立って、イーダとグラトニーに中へ入るよう促す。


「おじゃまします!」


 ぴょこんとお辞儀をひとつ、イーダはためらいもなく薄暗い部屋へと入って行った。

 一段と闇の濃い室内にグラトニーは警戒心をくすぐられるけれど、ここまで来てしまえば悩んだところで馬鹿らしい。軽いため息をひとつこぼしながらのそのそと足を進め、立ち止まった。


「行き止まり?」

「いいえ、違うわよ」


 言って、ラストが手を伸ばす。壁かと思われたものは紙張りの引き戸で、軽い音を立ててあっけなく開かれた。

 途端、様々な色の淡い光が三人の足元にこぼれてくる。


「わああ! きれいですねー!」


 はしゃいだイーダが真っ先に駆け寄った部屋の壁には、色とりどりの結晶がはめ込まれていた。合間に揺れる行燈のほのかな明かりが、結晶の色を壁に床に天井に煌めかせて幻想的な光景を生み出している。


「これは……全部、魔核か」

「そうよ。アタシの魅力と財力、持てるすべてをかけて集めた世界中の魔核がそろった、アタシの私室。ここに入れるのはアタシの身内だけ。どんな上得意さまがどれだけお金を積んだって、通してあげないんだから」


 思わぬ身内扱いを受けて静かに目を見開いたグラトニーの隣でラストは「イーダちゃんはかわいいから特別よ」とささやいた。


「色欲の魔人の部屋へようこそ」


 いたずらっぽく笑うその笑顔を見上げて目を瞬かせ、イーダは感心したようにうなずく。


「なるほど、色欲さんでしたか! 道理でとってもすてきです」

「驚かないのね」


 意外そうに小首をかしげる仕草さえ人の心を惹きつける、そんな色欲の魔人を前にしてイーダは「うーん」と思案顔。


「暴食さんが居るのだから、同じ伝説の七魔人さんが居るのは不思議じゃないです」

「怖くは無いの? そんなに無防備にしていたら、気づいた時にはアタシに魅了されてるかもよ」


 からかうように流し目を送るラストを見つめ返して、イーダがにっこり笑った。


「怖くなんてありません。だってもうわたし、ラストさんのこと好きになってますから!」

「あら」


 目を丸くしたラストは楽しげに笑い、まぶしいものを見るような視線をイーダに向ける。


「アナタ、真っ直ぐでとってもステキね。みんなアナタのような人間ばかりなら良かったのに」


 どんな過去に思いを馳せているのか遠い目をしたラストだったが、不意に愛おし気に魔核の一つを指でなぞった。


「グラトニーは暴食、アタシは色欲。人の欲望を糧にするよう竜の魔核を埋めて造られた魔人。なのに、その欲を満たしたくないのだとしたら、だけど生き延びていきたいのなら、どうしたら良いと思う?」


 なぞった指で触れたのはイーダの鼻の頭。

 ちょこんと触れた指の先まで美しい魔人を見つめ、彼女は首をかしげる。


「ええと、魔核の力を補充する、です?」

「そうよ」


 にっこりと笑ったラストは、グラトニーの顔へと視線を移す。


「アタシだって好きでもない相手と交わるのはごめんだもの、アンタの『無暗と食べたくない』気持ち、わからなくはないわ」

「ふうん。昔のあんたは好き放題、欲に身を任せていたようだったがな」

「あらやだ。若さゆえの過ちってやつよぅ。それにひとは変わるものなの。でもねアンタ自身が食べることと、暴食の権能で食べることは同じじゃないでしょ? それを一番わかっているのはアンタのはずだわ」


 つんつん、と整えられた爪の先がぼろ布の合間から覗くグラトニーの胸をつついた。痩せて骨の形が浮いた胸の奥、同族の気配を察した竜核がかすかに熱を持つ。

 それでも答えないグラトニーに、ラストは困ったように言葉を続ける。


「かつては欲に溺れたアタシだから言うけど、欲に身を任せるなんてろくな結果にならないことは認めるは。だからって、アンタは耐えすぎよ。そのままじゃ核の力が枯渇して崩れるだけ。何にも染まっていない竜核を埋めかえれば、魔人の権能を捨てて生きられるかもしれないけれど、今日まで探して見つかっていないの。あと探していないのは竜の岬くらいなものよ。だからせめて、しばらくここに居て竜核に力を補充なさい」


 伏し目がちなグラトニーと視線を合わせたラストが、言い聞かせるように告げた。有無を言わせないその声音に、けれどグラトニーは抗うように首輪に指をかけてゆるく首を横に振る。


「俺はさっさと崩れて消えてしまいたいんだ」

「だめよ」


 ぴしゃりと言った声に一番驚いた様子を見せたのはラストだった。自身の発した感情を恥じるように声を潜めた色欲の魔人は、うってかわって弱弱しくこぼす。


「お願い。あなたはアタシたち魔人のなかで一番最後に生み出されたの。なのに、一番にこの世を去るなんて……」


 美しくあることが存在意義だ、とばかりに胸を張って生きるラストを見てきた者がこの場にいたならば、すがるような声で懇願する彼の姿に驚いただろう。そうと知らずとも、ラストにはひどく似合わない懇願を前に我を通せるグラトニーではなかった。


「……わかった。あんたの耳に入る範囲でくたばらないようにする。それでいいだろ」


 不本意だという感情を隠しもせず、けれどグラトニーは部屋のなかに置かれた平たいクッションにどっかりと腰を下ろす。その身にじわじわと補充される魔核の力を感じながら、彼は不貞腐れたように頬杖をついた。

 その姿に頬を緩めたラストの横顔に、イーダはにっこり笑って自身も空いた席に腰を下ろす。


「あのあの、魔核って人体に良い影響はないんです? ここにいたらわたしもグラトニーさんみたいにお腹が丈夫になったりだとか!」


 わくわくを全身で表しながら問うイーダに、ラストはしんみりした空気も忘れて首をかしげた。


「聞いたことがないわねえ。魔人なら、核が満たされる以外にもお肌や髪が潤ったり良いことづくめだけれど」

「そうですかぁ。わたしもグラトニーさんみたいに鋼鉄蠍の尾が食べられるかと思ったのに」


 残念そうに口を尖らせたイーダに、ラストはぱちんとウインクをひとつ。


「毒尾はさすがに無いけれど、蠍の尾なら食べさせてあげられるわ。他にも当たれば一匹で三十人の息の根を止めるフクラ魚のお刺身に、食べたら三日間は極楽にいる心地が味わえるキノコもあるわよ。もちろん、毒の処理はばっちりよ」

「ラストさん……!」


 感動したように目を潤ませるイーダの隣で、グラトニーは半目になって呆れを隠さない。


「そうまでして食べたいか」

「あら、人の欲は無尽蔵だってよく知っているでしょう。他者を傷つけない欲なら、アタシはむしろ追及すべきだと思うわよ」


 言ってラストが壁に手をやり、何かを引っ張った。暗い色の壁と同化して人の目には見えづらいが、壁と同色の紐が垂れ下がっているのがグラトニーには見える。ラストの手の動きに合わせて、どこか遠くで鈴の音が鳴ったのもかすかに聞こえていた。

 ほどなくして壁の小窓を開き、湯気を立てる料理の乗った皿が現れた。厨房からラストの部屋まで料理を運ぶためだけのカラクリが仕込まれているらしい。


「さあさ、遠慮なく食べてちょうだい」

「では遠慮なく! いっただっきまーす!」


 満面の笑みで頬張るイーダの前に、ラストは次々と届く皿を並べていく。


「ふふ、良い食べっぷりねえ。こういう可愛げがあればアンタももうすこし生きやすくなるわよぉ」

「望んでない」

「ほら、そういうところよ」


 釘を刺しながらも、ラストの表情はやわらかい。妙にやさしい視線を向けられたグラトニーは落ち着かない様子で座り直すと頬杖をついたまま目を閉じ、腹に意識を集中させた。

 じわりと身体を蝕む蠍の毒の残渣がわずかに感じられて、グラトニーは舌打ちを堪える。

 長年の絶食で核が弱り切ったところへ、強烈な毒を喰らったのがさすがに効いていた。無尽蔵に喰える暴食の魔人とはいえ素体は人間のそれであり、万能なわけでもない。死なないとはいえ苦痛は味わう羽目になるのだ。味などわかりもしないというのに。

 だから喰うのは嫌いなんだ、と胸の奥でぼやいたとき。


「うっ……」


 かすかなうめき声を拾って、グラトニーは目を開けた。見えたのは、口を押さえて顔を青ざめさせたイーダの姿。その隣ではラストが「どうしたの!?」と心配そうに少女の顔を覗き込んでいる。

 毒に当たったかと慌てて腰を浮かせ、彼女の手元にある皿を覗き込んだグラトニーは鼻をひくつかせながら首を傾げた。


「毒、は無さそうだな?」

「ええ、有毒なものはまだ出していないわ。遅くなっても良いから処理は丁寧に、って言ってあるもの。だからイーダちゃんが食べたのはどれも王都で一般的なお料理ばかりなのに」


 ではなぜ少女は料理を前に顔色を悪くしているのか。原因に思い当たらず戸惑うふたりの魔人の前で、イーダはゆっくりと時間をかけて口のなかのものを咀嚼し、ようよう飲み込んだ。額に汗を浮かべながら息をついた彼女が再びうめく。


「うぅぅ、もうお腹いっぱいですぅ……」


 涙目で告げられて、グラトニーとラストはそろってがっくりと膝をついた。


「そんなことか」

「そんなこととはなんですかー!」


 安堵の言葉をもらしたグラトニーに、イーダは丸くなった腹をさすりながら憤慨する。


「世の中にはたっくさんおいしいものがあるんですよ。だというのに人の時間は有限、そしてわたしのお腹も有限! 目の前にまだ食べたことのないおいしいものがあるのに、食べられないこの苦しみ! わたしに無尽蔵の胃袋があったなら、行く先々の街で思う存分に食い倒れができるのに!」


 少女の切なる願いに、魔人たちは半目になってこっそり視線を交わす。

 

 ――すでにじゅうぶん食べているのでは?

 ――結構な種類の王都料理を食べてると思うけれど。


 視線だけで会話したふたりは、イーダの前に並んだ空っぽの皿を目で数えていた。両手の指では到底、足りない枚数がきれいに食べられて、積み重ねられている。

 さすがに王都の料理を網羅、とまではいかないだろうが「王都に来たならぜひこれを」と勧められるだろう料理の上位十種は、すでにイーダの腹に収まっていた。その細い身体のどこに、と不思議に思うくらいには食べて、それでもまだ彼女には足りないらしい。


「イーダちゃん、今すぐ王都を発つわけじゃないんでしょう? だったら好きなだけここに居て、食べたいだけ食べればいいのよ。何ならウチの子になれば一生、好きに食べさせてあげるわよぉ」

「一生、好きに……くうぅ、なんて魅力的なお誘いですっ。さすがは人の欲を糧にする魔人さんです!」

「欲は欲でもアタシは色欲の魔人だし、アナタのそれはただの食欲なんだけどね……」


 疲れたようにため息を吐いたラストは、不意に表情を改めて視線を宙に向けた。

 呆れてものを言う気にもなれずにいたグラトニーもまた、その隣で何かを探るように視線を巡らせる。


「ちょうど良かったわ、食後のお出かけの時間ね」

「なにが……」


 ラストの言葉の意味をグラトニーがたずねようとしたとき、部屋の外で声があがった。


「ご主人さま、使いの者が戻ってまいりました。すぐにお会いいただけるとのことで、先方より御乗り物を出していただいています」


 軽やかな声を受けて、ラストがすらりと立ち上がる。


「行きましょう」

「どこへ」


 内容のつかめない状況にグラトニーが怪訝な顔で訊ねれば、颯爽と歩き出したラストは肩越しに振り返ってきれいに笑う。


「王城よ。王に会わせてあげるわ」

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