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食わず嫌いの暴食魔人  作者: exa(疋田あたる)


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色欲の魔人 ラストの古い記憶

 帝国は大陸のほぼ中央に位置する国だった。グラトニーが魔人として生まれたときには、まだ国はさほど大きくはなく、大陸に点在する国々と大差のない規模であった。

 その帝国が瞬く間に周囲の国々を飲み込んだのは、帝国が有する魔人たちの力があったため。そしてその魔人のひとりであり帝国の長たる傲慢の魔人プライドは、周辺国を呑み込むだけで満足するはずがなかった。


「大陸のすべてが俺様の物であるべきだ」


 プライドのなかでそれは当然のこと。吸った息を吐くがごとく、格別な意識をせずとも発せられた言葉によって、帝国の侵略は加速した。

 帝国のそばにある国々が消えても、そのさらに外側にはまだまだいくつもの国が、人の暮らしがあった。

帝国の東側には小さな島国を数多く持つ国々があり、南側には明るく賑やかに活気づき、旅人をも陽気に受け入れる国々がある。西方には魔物が多く、竜の巣もあるため人の営みはなく、北の大地はあまりに厳しい寒さゆえ、長く暮らす者はいない。


「得るならば、まずはどこか」


 プライドが空から地上を見下ろし、問いかける。傲慢の権能で重力さえもひれ伏させたプライドは、誰よりも高い空のうえに立っていた。その足元に、首輪で吊るされたグラトニーがぶらり。

 死んではいない。肉のない首は自重でぎちりと締まっているが、締まりきることのないようにプライドによって重さが調節されている。加えて、貧弱な見目をしていても魔人だ。命の終わりが近づくたびにその身に宿る竜核が、グラトニーを死の縁から追い返す。

 今もまた、手足をびくりと痙攣させて意識を取り戻したグラトニーだが、皇帝を名乗るプライドの問いには答えない。グラトニーは怖かったのだ。

生まれて日が浅く、己の権能を自在に操れない魔人をいつプライドが殺してしまうかわからない。何がこの皇帝の機嫌を損ねるかわからない。グラトニーにあるのは食欲と、ただ死にたくないという願いだけだった。

訳も分からないまま息をひそめる七人目の魔人の首輪を引き上げて、プライドは無理やりにグラトニーと視線を合わせる。


「東だ。東方だ。あの小さな島国たちだ。なぜだかわかるかな?」

「……技術が、欲しいから?」


 ギラギラとした目に見据えられ、離してもらえないと知ったグラトニーがちいさくささやいた。

 その返答にプライドは「いいや」ときっぱり否定し、広げた手のひらをグラトニーの眼前に突き出す。


「違う、違うさ。まったく違う! あの国々が磨き上げた技術は最も優れた者のために使われるべきだからだ。最も優れた者、それは誰だ? 俺様だ! 俺様のために、皇帝のために使われるべき技術だからこそ、俺様は東方の島国を手に入れるっ」


 ぐしゃり。握りしめられたプライドの手のなかに数多の国やひとびとの暮らしがあるようで、グラトニーはそっとうつむいた。

 プライドが権能を操り、ゆるりと高度を下げる。その動きが見えたのだろう、足元にできた人だかりがざわりと揺れた。

 ゆるりゆるりと高度が下がるたび、そこに立つ人々の姿が鮮明になっていく。

 やがて、集まる人々の見目や装束から、東の国の民であることが知れた。老若男女、種々様々。集う人々の姿形はそれぞれであったが、その表情はそろって険しい。そして誰もが武器を構えて、迫りくる魔人をにらみ上げている。

その数、数百。

 対する帝国からの軍勢は二人きり。いや、プライドを除けばグラトニーひとりきりだ。プライドは戦うつもりは毛頭ないのだろう、いつも通りに華美で運動に向かない衣服を風に遊ばせている。


「技術者を招いて済ませるわけには、いかないのか」


 首輪で喉を締め付けられながらもグラトニーが問う。返って来たのは軽い嘲笑。


「わからないか、わからないだろうな。さもありなん。お前はまだ生まれたばかりの魔人なのだから、物を知らなくとも許してやろう。なにせ俺様は寛大なプライド様だからな。けれどな、許されないこともこの世の中にはあるのだよ」


 プライドが袖を広げる動作に東の国の人々が肩をびくりと揺らした。

 警戒と敵対を深める彼らを観客に、プライドは舞台を進める。


「俺様を飾る技術は、俺様以外の者に渡ることが許されない。俺様を彩る品々は、この世に二つとあってはならないのだよ!」


 言って、プライドはわしづかんだ首輪を握ったまま、グラトニーの身にかかる重力を元に戻した。途端に、がっちりとはめられた首輪が情け容赦なくグラトニーの呼吸を奪う。


「っぐう!」

「さあ、食え! 欲望に身を任せろ、お前の力を存分にふるうがいい、暴食の魔人グラトニー!」


 声に呼応して、グラトニーの痩せた首にはまる首輪がうなる。それは人造の魔人操るための首輪。魔人の力を強制的に解放するために作り出された首輪が、強制的に魔人の力を発動させた。


「あ、がっ、……っがあぁああ!」


 グラトニーの意思などそっちのけで、その身に宿った『暴食』の力が口を開く。それを待って、プライドは痩せた身体を東の国の人々に向けて放り投げた。


「ひっ」


 武器を構えた人びとは、頭上で開かれた底なしの暗闇を目にして息を呑み、そして消えた。

 グラトニーの口が開いた方向にいた数十名が、一瞬にして掻き消えた。

 何が起こったのか、すぐに理解できた者はいなかった。

 隣に立っていた仲間の姿が消えたことに驚き、見下ろした先に、踏みしめた片足や武器を持ったままの片腕が転がり、地を赤く汚している。

 喰われたのだ。

 グラトニーの持つ暴食に食われた人々のかけらが、抉れた大地にぽつぽつと散らばっている。

 東の国の人々がそれを理解したときには、すでに遅かった。

 逃げようと駆け出し、脚から喰われていく者。怒りに顔を染め突き出した槍ごと喰われる者。誰かを庇った者も喰われ、庇われた誰かも喰われ、人々の上げる阿鼻叫喚ごと暴食は喰らい尽くしていく。

 抗おうとするグラトニーの意思など関係なく、人々の懇願も怒りも悲しみも恐怖も何もかもを貪り喰って。そうして暴食がようやく収まったのは、グラトニーの視界に動く者がいなくなってからだった。

 時間にしてみればほんの短い時間。その間に大地は形を変え、人々の営みは消え去った。

 何もない大地を前にして、身体の自由を取り戻したグラトニーは膝から崩れ落ちる。


「あ……ああ……」


 呆然と呻きながら喉をかきむしり、自らの口のなかに拳を突き入れる。食った人々を取り戻そうとする動きは、けれどグラトニーの喉や口中を傷つけるばかりで何も得られない。

 それでも自身の身を傷つけ続けるグラトニーの胸を占めていたのは、恐怖だった。

あれほどの人数を喰える異様さが恐ろしかった。制御の効かない食欲が怖かった。大勢に恨まれただろうことに恐怖した。得体の知れない力が己の身の内に巣くっていることが、怖くて怖くてたまらなかった。


「さっぱりした、すっきりした、不格好だが、見晴らしがよくなった」


 うずくまるグラトニーの横にプライドが降り立った。すべてが失われた大地を前に、プライドが高らかに声をあげる。


「さあ、さあ、さあ! 七人目の魔人は仕事を終えたぞ。お前の仕事は済んだかい、ラスト?」

「当然でしょ」


 答えて、姿を見せたのはすらりとした身体をぴったりとしたドレスで彩る背の高い男だった。ラストと呼ばれた男は抉れた大地を目にして、形のいい眉がひそめる。


「やだ、ぜーんぶ食べちゃったの? 見目の良いのは残しておいて、って言ったのにぃ」

「ははは。俺様より見目の良い者などいなかったよ」

「そんなの当たり前よ。アタシが欲しいのは飾りに使えるくらいのってこと。んもう、残ってるのにましなのがいたかしら」


 くるり、振り向いたラストの後ろには、幽鬼のようにうつろな目で付き従う人びとの一団がある。どの人もラストの権能に思考を奪われ、声も発さない。


「おやおやおや、それは俺様の職人たちだろう。お前の玩具にはくれてやらないよ」


 物色するラストの視線に目ざとく気づいたプライドが指をぱちりと鳴らす。音もなく浮き上がった大地ごと、職人の集団は空の上に持ち上げられた。


「あん、もう」


 遠ざかった人影を見上げ、ラストは口をとがらせた。つまらなそうに首をひとつ振り、下ろした視線はグラトニーを見つけて呆れの色を宿す。


「まぁだ首輪で管理されないと力を扱えないの? こんなのがアタシたちの末弟だなんて、いやあねぇ」


 嫌ね、と言いながらラストは身を屈め、グラトニーの耳元にささやいた。


「欲に身を任せなさいな。アタシたちは魔人よ、竜核を染め上げるだけの欲を宿した生き物よ。その欲に抗おうなんて、生きるための本能に喧嘩を売るようなものじゃない。無駄に足掻くのをやめられないのなら、アタシの『魅了』で欲を教えてあげるわよ」


 色欲の魔人ラスト。その名の通り、老若男女を問わず魅了し淫欲にふける魔人は、力と自信に満ちた笑顔で愚かな末弟を誘惑する。

 とろけるような美声に耳をくすぐられ、けれどグラトニーは顔もあげないままつぶやいた。


「……いやだ」


 小さな声だ。


「いやだ。怖い。俺はもう喰いたくない。喰わない。いやだ、こんな力、欲しくない」


 ぼそぼそと続く声はやはり小さいけれど、確かにラストの耳に届いていた。陰鬱な声は、痩せた男が自身を守るためだけにつぶやかれている。それはひどくつまらなくて、耳障りな言葉の羅列。ラストは素早く身を起こした。


「……あっそ。好きに言ってなさい。どうせ抗えやしないんだから」


 言い捨てて、ラストは技術者の一団を引きつれてその場を後にした。

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