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月食

 ルールとレギスタンの知識量はカレンデュラの想像をはるかに上回っていて、あっという間に時間は過ぎていった。


「嗚呼、もうこんな時間だね。カレンデュラさん今夜はありがとう。私もルールもとても有意義な時間を過ごせたよ」


「それは、とても光栄で……ゴザイマス」


 端的に言えば二人は好奇心の塊だった。そのせいでカレンデュラの中にあった西洋美術史の知識は、すべてしゃべりつくしてしまった。


「あの、カレンデュラさん。良ければこれからもわたくしに、西洋のお話を聞かせていただけませんか?」


「エッ!? いや……それは、」


 いくら王太子殿下と仲を深めるという目的が、カレンデュラにあるといえども、この好奇心が服を着て歩いているかのようなルールを相手にするのは、少し、というかかなり大変だった。だからカレンデュラはその申し出を断ろうとした。断ろうとしたのだが。


「ぁ……、そう、ですよね。カレンデュラさん、無理を言ってしまい申し訳ありませんでした。今夜は夢のような時間を過ごせました……。今日は本当にありがとうございました」


「……ッ! 待ってください! 貴女に……王太子妃殿下に、そんな顔は似合いません! ワタクシ、どうにかジカンを作ります! ダカラっ!」


 ルールの好奇心にあふれ、きらきらと希望に満ち溢れて輝いていた瞳が、カレンデュラにはどろりと濁ったように見えて、思わずそう口走っていた。


 ルールに似合うのは濁り切った儚げな瞳なんかじゃない。好奇心に満ちてきらきらと子供のように輝いている瞳だと、そう思ってしまったから。


「えっと、それはまた……わたくしと、またお話をして下さるということですか?期待してもいいのですか?」


 ルールは目を瞬いたのちに、ふわりと微笑んだ。カレンデュラが返事をしようと口を開いたその瞬間、部屋の扉が大きな音を立てて開き、何かがルールとカレンデュラの間に滑り込んできた。


「ルール様! いくらなんでも長すぎます! ルール様の最高で最優の親友を自負するわたしでも、長時間の放置はこう……何か来るものがあります!」


「はぁ……、ハスティリアス、貴方って人は本当にもう……いいえ、やっぱりなんでもないわ」


 普段なら決して敬語を崩さないはずのルールの口調は少しばかり崩れていて、ハスティリアスに心を許しているのが見てとれた。


「……王太子両妃同殿下。これ以上いるとお邪魔デショウ、ワタクシはこの辺りで、失礼いたします」


 これ以上ここにいたら確実に面倒くさいことに巻き込まれると思ったカレンデュラは三人からそっと距離を取った。


「あ、そうですね、今日はありがとうございました。ハスティリアス、カレンデュラさんを送ってきてもらっても良いかしら?」


 カレンデュラはその言葉に思わず固まった。


「かしこまりました、ルール様。この女を踊り子たちのところまで、送りとどければよいのですね?」


 ハスティリアスは、カレンデュラの肩をがしりと掴むと、開きっぱなしの扉へと足を向けた。


「エッ、あ、ちょ!?」


 カレンデュラはハスティリアスに引きずられるままに、部屋を出た。ハスティリアスの指が肩に食い込んでギリギリと痛んだ。


「カレンデュラさん、今日は本当にありがとうございました。本当に、楽しかったです。またお会いしましょう」


 部屋の奥でルールがにこにこと手を振っている。ハスティリアスは、ルールに一礼し、扉を閉めた。


「時間が過ぎるのはあっという間ですね、とても素敵な方でした……次はいつお話しできるのかしら?」


「そうだね……、ルールは、もう私には興味がない?」


 ルールが先ほどまでの余韻に浸っているとレギスタンがそう言った。思いもよらない言葉にルールは驚いてすぐには返事を返せなかった。


「何をおっしゃるのですか。わたくしは今までもこれからも、レギスタン様を愛していますよ」


「そっか……。じゃあ今だけでも、私だけのルールになってくれる?」


 間接照明だけが輝く、薄暗い部屋の中で二人の影が重なり合った。そんな中で、ルールがかすかに口を開いた。


「わたくしは、この身は、婚姻を結んだ時から……ずっとレギスタン様だけのものです。レギスタン様もわたくしだけの人でいてくれますか……?」


「もちろん……」


 やがて間接照明の光が消え、二人の影は夜へと溶けていった。


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