第1話 マリーゴールド
仲睦まじい王太子同妃両殿下を見てほぅ……と憧れと羨望を含んだため息を漏らす踊り子たちの中で苛立ちをあらわにして異国の言葉で毒つく女が壁にもたれ掛かっている。
待機所のテントに戻った瞬間から周りの踊り子たちの会話に混ざることもせずに一人でひっそりと空を眺めている、様に見えた。離れて見れば。
『何なのよ! この国の女どもはどうしてこうも背が高いのよ! 私の妖艶さが目立たないじゃない! しかも王太子同妃両殿下ですってぇ~!? 王太子が結婚しているなんて聞いてないし知っていたら今頃こんなことしてなかったのに!!』
一人で荒れ狂う女に簡素な服を着た十歳くらいの少女が声をかけた。
「あ! カレンデュラさん!! えっと、今日の舞台すごくきれいでした! どうしたらカレンデュラさんみたいになれるの?」
「そう、カナ……? ありがとう! あなたもヨク、頑張ってイタ……ワ。エッ、と……踊るのが好きナ、気持ちさえアレバ、上手く……なれるわ」
女、カレンデュラは数か月前にこの国に移住してきたばかりで、まだ言葉をうまく喋れない。少しずつ発音は明瞭になってきてはいるが、まだ勉強中なのだ。カレンデュラ本人でさえ聞き苦しい発音だと思っているのに、優しく言語を教えてくれる座の皆には感謝しかなかった。
「そ、そんな……カレンデュラさんに褒めてもらえるなんて、こーえーです! アドバイスもありがとうございます!」
少女は心底嬉しそうにそう言った。この国にきてたった数か月で踊り子たちの憧れである祭典の中央の舞台で踊っているだけでなくその舞台のリーダーまで任されるほどの実力をカレンデュラは持っている。
さらには透き通るような白い肌とブロンドの髪を持つカレンデュラは、見習いの少女だけにとどまらず踊り子全員の憧れの的だった。
「カレンデュラ! カレンデュラはいる?」
「ハ、はい! ここにイマス!」
踊り子たちの待機所に何かを抱えてバタバタと駆け込んできたのは、先程の祭典で見かけた神官見習いだった。
「嗚呼、よかった。王太子同妃両殿下が居室でお待ちです。こちらの服に着替えて下さい! できるだけ急いでくださいね!」
神官見習いはカレンデュラに持っていた服を渡すと、近くにいた少女に何かを伝えてテントから出て行った。
「エ、えっと……」
「……ごい……! カレンデュラさんすごいよ! レギスタン様とルール様のお部屋にお呼ばれだなんて……! 踊り子として最上のほまれだよ!」
すぐ横で一緒に話を聞いていた少女はとても興奮しているようで頬を紅潮させてカレンデュラにしがみついている。
『そんなこと、言われなくとも分かってるわよ。私は王太子妃の座を手に入れるためにわざわざこんなところまで来て、踊り子をやっているのよ……、その目的がなかったら、こんな場所に来るわけないでしょ』
「カレンデュラさん……どうしたの……?」
自分のわからない言葉で何かを呟いたカレンデュラに少女は不思議そうに首を傾げた。
「エ、いや……何でもないワ! それより……着替えてクルワネ!」
カレンデュラは何か言いたげな視線を向けてくる少女を横目に着替えるために奥へと走っていった。
「わぁ……!」
カレンデュラが着替え終えて奥から出てくると、下の方から声がきこえてきた。目線を下げれば見習いの少女が目を輝かせてカレンデュラを見つめていた。
「あら、待っててくれたの? ありがとうネ!」
「うん! カレンデュラさんすごくきれい!」
カレンデュラが神官見習いから渡されたのは、王族や貴族が着ているような露出が少ない服だった。一枚の上質な絹で作られたであろうその服にはたくさんの、かと言って下品には見えない程度に刺繍が施されていた。
「準備はよろしいようですね、ではまいりましょうか」
「エ!? ア、はい!」
いつの間に入ってきたのか、カレンデュラの後ろに立っていた神官見習いに驚きつつも、どうにか外面を取り繕った。




