第12話 破産
Side:ウータルフ
「何だと! 鉄鉱石横流し計画をやってたあいつが捕まっただと!」
くっ、1年毎に辞表したという書類を従業員全員に作らせておいて良かった。
最悪の展開は逃れられる。
だが、冒険者ギルドは俺に目を付けただろうな。
冒険者ギルドとの敵対は痛い。
ギルドに卸していた商品もある。
敵対したと言っても、攻撃対象になったわけではない。
攻撃対象になったら、ギルドのお抱えの殺し屋が来ているはずだ。
かなり確証がもてる場所からの情報ではそうなってる。
ギルドお抱えの殺し屋は凄腕だ。
失敗したことがないらしい。
大貴族も過去に殺されたと聞いている。
子飼いの護衛パーティがいるから、隊商の護衛は問題ない。
一番の問題は収納鞄だ。
あの魔道具がいくらするのか分かっているのか!
1つ金貨1000枚を超える。
それが、5つだぞ。
冒険者ギルドが今回の事件で俺を見逃したのは、これを鹵獲したからだな。
金貨5000枚もの儲けが出れば、大抵のことには目をつぶる。
そういうことだ。
大損だ、大損害だ、頭を掻き毟りたい。
幸いにして、敵であるピットマイン商会は虫の息だ。
あと、少しで、俺の手に入る
ピットマイン商会の販路や利権が手に入れば、金貨1万枚ぐらいはすぐに取り返せる。
そう思っていた。
1年が経ち。
くそっ、ピットマイン商会の野郎、粘るにもほどがある。
もう、陥落して破産してるはずだったのに。
収納鞄が使えなくなったので、輸送費がかさんで、こっちは利益率が下がった。
どうにも、チキンレースの様相だな。
どっちが、先にくたばるか。
俺は一代で、ウータルフ商会をここまで大きくしてきた。
汚い手もさんざん使った。
後悔なんかしてない。
俺が泥水をすすって生きているのに、ピットマイン商会は汚れのひとつもない。
ムカつくんだよ。
おまけに、主力商品のジャンルが同じだ。
倒さなければ、こちらがやられる。
ピットマイン商会は騙しがないから、客を不快になどさせない。
じわじわと、俺の商会の客を奪って行く。
だから、戦いを仕掛けた。
「大変です! ピットマイン商会が値下げしました!」
「ピットマイン商会の野郎! 資金など、底をついてるだろう! 諦めることをしらないのか!」
従業員が持って来たピットマイン商会のチラシを見る。
すばやく利益を計算した。
「今回の値下げを調べたところピットマイン商会の利益は辛うじて出ているようです」
「利益が出たって雀の涙だろう。従業員の給料や税金を払えるほどではない」
「そうですね。対抗して、うちはその値段より安くしますか?」
「馬鹿野郎! ピットマイン商会と同じ値段にしたらうちは赤字だ! 売れば売るほど、金が消えて行く」
仕方ない。
値下げ競争だ。
赤字が出ても、刺し違える覚悟でやってやる。
どんどん、下がっていく商品の値段。
くっ、限界が近い。
ピットマイン商会の野郎、値下げする時に、利益が出るようにしてる。
ピットマイン商会と付き合いのある奴らは、利益がでるギリギリで商品をピットマイン商会に卸して協力してる。
俺には同じことはできない。
しかも、ピットマイン商会と付き合いのある工房は、商品の構造を簡単にしていく。
構造が簡単になれば、安くできるのはもっともだ。
簡単な構造の利点はそれだけではない。
壊れにくい。
安くて、壊れにくい。
売れないはずがない。
俺と取引がある工房に同じ構造で作れと言ったら、二つ返事で無理だと返ってきた。
技術的に無理だと。
借金が増えて行く。
限界が近い。
「会頭様、債権者が押し掛けてます」
「くっ、終わりか」
付き合いのある貴族達に、助けてくれと泣きついたが、断られた。
くそっ、さんざん貴族の汚れ仕事をしてやったのに。
破産した。
浮浪者にまで、落ちぶれた。
今の俺はゴミ拾って生活の糧を得てる。
破産してから、何年だろう。
7年近くか。
チラシが落ちていた。
拾うと、ピットマイン商会のチラシだった。
商品の値段が、俺が破産した時より安くなってる。
嘘だ。
チラシの日付を見ると、最近だ。
俺との価格競争は終わったのに、なぜまだ価格が下がってる。
完全に負けた気がした。
完敗だ。
「ふははは、俺なんか眼中になかったってことか。奴は、値段の限界と商品の品質に挑戦してるんだな。値段の限界と商品の品質、このふたつと戦ってるってか。あーあ、俺の人生は何だったんだ」
俺の商会があった場所に、足が向く。
俺の商会は汚れてはいたが、まだ健在だった。
何とも言えない気分になる。
「ヤーマルさん、壊していいの?」
「ええ、建て直すのですから、粉々に」
「建物をパイルバンカーで倒すってのを、一度やってみたかったんだよな。杭強化魔力パイルバンカー、アダマンタイトパイルバンカー。うほっう! 気持ちいい! これだよこれ!」
「スルース様、お気に召したようでなによりです。壊すお金が節約できて大助かりです」
ああ、俺の商会が壊されて行く。
俺は断崖絶壁を目指して歩き始めた。
Side:ヤーマル
ピンチです。
かなり、危機的状況。
資金は底を尽き、なんとかやっている状態。
ウータルフ商会との戦いは、苛烈を極めてます。
ですが、護衛を減らして、材料の仕入れを工夫して安くして、運搬に関わる経費を減らして、まだまだやれます。
従業員も、工房も頑張ってくれてます。
赤字になる商品は作らない。
先代の教えです。
ギリギリですが、安い価格を商品につけます。
限界が近いのは事実ですが、私の商人としての才能が試されていると思えばなんてことはない。
乗り越えれば、私は成長できる。
経費削減のために、私が荷馬車で、仕入れに出ることにしました。
護衛もつけずにですが、これでも戦いには自信があります。
生き物を殺すのは大嫌いなので、冒険者にはなりませんでしたけれどね。
街道で、子供に呼び止められました。
遭難者にしては元気です。
盗賊の一味ですかね。
村人が全員盗賊という話も聞いたことがあります。
ですが、盗賊が隠れている気配はありません。
鉱石を売りたいらしいですけど、頭がおかしいのですかね。
ただの石を出してきたら、医者に連れて行ってあげましょう。
そして、静かな村を世話して、暮らしていけるように手配しなくては。
出された鉱石はミスリル鉱石でした。
この子供が何なのか素早く考えます。
呼び込みしろ私の脳みそ、開店しろ思考。
いらっしゃいませ、アイデアのお客様。
鉄ノミを腰にぶら下げている所から推測するに、山師の子供。
ですが、親がいれば、もっと良い服を着せているでしょう。
ミスリル鉱石は高く売れますから。
肌は垢まみれではない。
髪の毛はぼさぼさですが、くすんでません。
定期的に水浴びしてる。
綺麗好きなのかも知れません。
この子供、ひょっとして、英雄の卵ですか。
英雄譚で、モンスターと一緒に育ったなどという物を読んだことがあります。
あり得ない妄想ですが、物怖じしてないので、あり得ると思ってしまいます。
子供らしさというのがない。
何となく狂気を感じます。
天才に会ったこともあります。
でもこの子は天才というより奇才。
狂った錬金術師に似た感じがあります。
それと、死にたがりの戦士みたいな感じも。
普通ではないですね。
聞けば、1年ほど、鉱山で暮らしていたと。
ウータルフ商会が敵だというのは良いですね。
取引相手としては極上ですね。
ミスリル鉱石の使い道を考えました。
とりあえず、一部は転売して利益を確保。
出た利益と余ったミスリル鉱石で、ミスリルの工具を作りましょうか。
これで、工房の効率は上がるはずです。
工房の道具が全てミスリル製になれば、凄いことができそうです。
時間は掛かるでしょうが、確実に良くなっていくはず。
これは、運が向いてきたのですかね。
運命の分かれ道というのは、こういうことなのですね。
「ヤーマル会頭、ミスリル工具で、仕入れを5%安くできます」
従業員からの報告。
「新しい価格で、チラシを作り直しなさい」
「ミスリルの工具を増やせば、価格はまだまだ安くなります。凄い発想ですね。ミスリルの工具なんて考えませんでした」
「これも、ミスリル鉱石が相場で手に入るからです。普通、新参者は相場でなんて売って貰えませんから。特に常に足りてない素材はそうです」
そして、ウータルフ商会との戦いに勝ちました。
スルース様には感謝の気持ちしかないです。
この恩は商売で返すとしましょう




