第9話 命名!リン式測量法!!
伊能忠敬
17歳で商人の家に婿入り。徐々に商才を発揮して、傾きかけていた家業を立て直す。
1795年、50歳で隠居すると同時に、19歳年下の天文学者、高橋至時に弟子入りをする。
1800年、55歳の時から幕府の改暦作業のために地図作成に着手した。
日本全国を歩き回り、1817年、10回にも及ぶ測量の旅が終了。
その後、地図の編集作業をしていたが、1818年、地図の完成間近で死去。喪を秘したまま弟子に引き継がれて1821年、ついに地図が完成した。
そして今、この異世界でもう一人の“地図描き”がペンを握っている――――
「そういう意味では、これからピザを広めようとしているあたしも商人と言えるよね。」
フローラリア城の鐘楼からそんなことをつぶやいてみる。ガルネさんとフレアが一生懸命に石窯を作ってくれてる間、あたしは地図の作成を進めてみようと思ってさ。
地上では優しく撫でるだけの風も、鐘楼だと遮るものがなくて勢いよく身体にぶつかってくる。ちょっと痛いくらい。今日が特に風が強い日なのかはわからないけど、バラバラと散るように髪が激しく動いて、風が吹く方向にそのまま身体ごとを吸い込まれていきそうなのがわかる。
「……よし、始めるか。」
スケッチブックを開いて鉛筆を取ると、なんとなく画家を気取って鉛筆を縦に構えて片目を閉じてみる。
「えっ…!?…へっ…!?」
あまりに急な出来事で情けない声が漏れる。何が起こったのかすぐに理解できなくて、構えを戻したり、また構えたりを繰り返す。今度は両目を開いたまま鉛筆だけ縦に構えてみる。
「……なにこれ、すごっ。」
鉛筆を縦に構えたのが合図になって、視界の中に、まるでゲームのユーザーインターフェースみたいな“ソレ”がふわりと浮かび上がる。
なになに?…“測量画面”?
空気の上に薄く透けるような文字に線と数字。画面の左上には“現時刻”が記載されてる。その隣には“現在の天気”のアイコン。うん、本日も晴天なり。更にその隣には“風速”のアイコン。風の強さが線の形で反映されていて、一目でどのくらいの風かわかる。やっぱり強めなんだ。そしてそしてその隣りには“方位磁針”…。めっちゃシンプル!
そしたら画面の右側になんかメッセージが流れてくる。
“測量を開始しました。”
ログ!?ログもあるの!?
ん?この画面の右下にある“梵天ピン”って何だろ。一番目立つし、なんかここだけ押せそう。
試しに押してみると画面の下部にふわっと2つの光が浮かんだ。1つは縦軸と横軸の角度を示す“測角器”。もう1つは液体の中で気泡が揺れる“水平器”のガラス管。
あっあたしが今立っている位置にピンが立った。試しにちょこちょこ動いてみると、それに合わせて測角器に表示される角度が変わって、ピンからあたしの位置までの距離も出てくる。水平器はまだ変わらない。きっと今立っている位置には起伏がないからだね。
先天性のカメラアイと相性抜群で、パチパチ瞬きをする度にカシャカシャとカメラのシャッターみたいな機械音が頭の中に響く。
編集ソフトで加工した写真のように、測角器の目盛りと距離の数字が浮かび上がった状態で風景としてそのまま記憶に残る。
あたしにピッタリ。やっぱり地図を描くために異世界に来たってことじゃん。
異世界に来てからいろんなことが起きたけど、今日の体験はたぶんその中でも特別。
……うーん、この現象に名前を付けたい。
少し考えてから、笑った。
「…よし、決めた!――リン式測量法、誕生!」
あっ、ちょうど強めの風が顔に当たって目つぶっちゃった。
早速実践してみよう。鐘楼から階段を駆け下りて地上に戻ると、そのままの足で街の外に出る。初めて携帯電話をいじった時みたく、1日中触ってればすぐに身体に馴染むものよ。
鐘楼に吹いた風とは違って、フローラリア王国のポカポカとした空気があたしをお出迎えしてくれた。測量画面の風速アイコンが変わってる。自分がいる場所の風の強弱を反映してくれてるんだね。優秀じゃん。
目の前には見渡す限りの平地。電線も建物も自動車もないと視界が急に広くなって、景色に吸収されてしまうような感覚に襲われる。
そしてあたしはふと気付いてしまう。この平地ってまさか…
“レベルアップさせるため”
じゃないよね…。
RPGで(ロールプレイングゲームで)いきなり強敵が襲ってこないのと一緒で、最初は計測しやすい“起伏のない平地”、“穏やかな気候”から始まって、後から、砂漠とか雪山とか深海とか空中庭園とか…。あはは…。ま、まぁまずはやってみようかな。
今立っている場所に“梵天ピン”を立てて、と…。1歩、2歩、3歩、4歩、5歩と進んでみたところでちらっと振り返ってみる。
視界には梵天ピンからあたしの位置までの距離が表示されてる。
“2,900㎜”
ほう、となるとあたしの歩幅は580㎜ですか。
「ふふっ…これは時間がかかるなぁ。」
ちょっと笑いがこぼれた後、何だか急に寂しさがこみ上げてきた。地図を描きたいって思ってたのは本当。でも異世界にきて“ちゃんと戻れるのかな”って気持ちが全身に浸透してきちゃってるのが本音。最初は地図を描くことに勢いがあったけど…今はそんな矛盾がちょっと気持ち悪い。
あたしも完成までに17年かかったとしたら、あたしは34歳。フレアも34歳。ガルネさんは…42歳くらい?ルディオ侯爵は…50歳くらいかな。最初に思い浮かぶのはフローラリア王国で出会った人たち。その人たちの親切のおかげで、あたしも少しずつ馴染めてきた。この国の水はあたしに合ってるみたい。…けどやっぱり気になる。お父さんとお母さん、元気かな……。




