第6話 異世界のハローワーク
今日はくもり。宿の窓から差し込む光が鈍い。
部屋のテーブルでスケッチブックを広げて昨日の情報をまとめる。王都の風景、たくさんの屋台、生活を営む国民、ガルネさんの鍛冶屋、異世界のピザへの第一歩!
――コンコン。
誰かが軽快に扉をノックする。
「はい。どうぞ!」
「おはよう。」
低くて渋い声。ルディオ侯爵の登場である。振り返った瞬間、背筋が伸びた。だって今日もビシッと決まってるんだもん。あたしを吸い込んできそうな艶のある黒のロングコート、深みのあるブラウンが映えるスエードのロングブーツ。こういうの着こなせる人って二次元だけかと思ってたよ。
「おはようございます!」
「昨日は急に予定を変更してすまなかったな。自由に過ごして欲しいと言ったが……ゆっくりできたか?」
「はい!」
品のある声に対抗するように胸を張って返事をする。
「うむ。有意義に過ごせて良かった。伝令が渡したとは思うが…まずはこれを受け取ってくれ。当分は問題ないだろう。」
柔らかい表情で当たり前のように膨らみの少ない布袋をくれた。それだけ価値の高い硬貨ってことだよね。
「あ、ありがとうございます。」
う~ん、何だかいたたまれない。このままお世話になり続けるわけにもいかないから、異世界でもバイトしなきゃ…。
「昨日はピザの材料を探しに街を見回っていました。屋台のご夫婦に話を聞いたら、鍛冶屋さんを紹介してもらって――」
「鍛冶屋…?」
お、来たな反応。ルディオ侯爵の眉がピクリと動く。
「そうです。鍛冶屋さんにピザを焼く石窯について相談したところ……」
あたしはスケッチブックをパラパラめくり、メモを見せる。
「魔導鋼が必要なんですって!」
ピタリと止まる時間。……あれ?なんでしょうか、そのお顔。石像みたいですが…?
「……ま、魔導鋼だと……?」
低く響く声。やばい、もしかして怒られるやつ?
「は、はい。確かにそう言ってました。」
「石窯に…魔導鋼を?」
「本当は薪で十分だけど、薪自体が貴重で手に入りにくいそうです。あっ、あと、きっと強火でカリッと美味しく焼けるってことだと思います!」
そんなこと言ってなかったけど、ちょっと話を盛ってあげる。ルディオ侯爵は目を瞑って俯きながら、腕を組んで考え込んでる。お願いします~~~。
「……鍛冶屋とは…まさか鍛冶屋のガルネか?」
ん?まさか鍛冶屋のガルネか!?なにそれ、なんか“昔ちょっとあったんです”みたいこと!?まさかの侯爵様、そういう過去アリですか!?いやいや、人の過去を詮索するなんて……でも、ちょっと気になる……。
「えっと、その……お知り合いですか?」
「……まぁ、少しな。」
やっぱ知り合いじゃん!!なんでそんなイケボで言うの!?深い方の知り合いってこと!?――はい、深掘り禁止。突っ込んだら負け。今は石窯だ!
「その魔導鋼を使うには、火魔術を扱える人が必要らしいです。」
「そうだろうな。」
「普通の火では弾いてしまうからって。だから火をあやつれる人を…」
「……なるほど。面倒ごとを増やしてくれる。」
ルディオ侯爵がこめかみを押さながら言う。
「ピザの普及のためですから。」
「まぁ仕方あるまい。探すぞ」
小さくため息。
「ありがとうございます。でもどうやって探すんですか?」
「――紹介所だ。」
紹介所?なんかハローワークみたいな響きなんだけど……まさか……。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
街の中央通り沿いから一本外れた道の先にその建物はあった。白い石造りに、木の扉。看板には【職業能力紹介所】の文字。
「……やっぱハローワークじゃん。」
思わずつぶやく。
紹介所の中に入って目立つところにある、でっかい掲示板には何やらポスターみたいな羊皮紙がズラッと貼り出されてる。
【火魔術師募集・短期可】【風魔術師募集・要相談】【剣士募集・即日勤務】――うわ、これ完全に求人広告じゃん!異世界ジョブハントきたー!
「ちょ、ちょっと見てみても良いですか!?」
「あぁ。」
よっしゃ、自由行動開始!
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【博物館のミイラの見守り/夜間のみ/たまに少し動きます/心臓が強い方優遇します】
ちょっ、これ誰がやれるの!?
【森のきのこ採取/夜間に勤務可能な方歓迎】
なんかブラック臭がすごい。
【吟遊詩人/期間限定】
う~ん、これ元の世界の歌じゃダメだよね、きっと。
よく見ると、業務の情報だけじゃなくて個人の能力の情報も公開されてる。雇用する側も人材を探せるんだね。だから【職業】じゃなくて【職業能力】なんだ。
個人能力の登録台帳をペラペラめくってたら、奥から職員の女性が出てきた。
「ルディオ侯爵様!お世話になっております。本日はどんなご用件でしょうか?」
「あぁちょっとな。火の魔術を扱える者を探している。」
ルディオ侯爵が即答。
「火の魔術ですね……ちょうど昨日、一人だけ登録がありましたが…。」
おお、タイミング神。でも受付の人はなぜかちょっと心配そうな表情。
女性が引き出しから一枚のカードを取り出して、あたしたちに差し出す。
そこには若い女の子の簡単なプロフィールが書かれていた。
【フレア・リントヴェール 年齢:17歳 性別:女 職能:魔術師 経験:0年 特記事項:全属性の魔術を唱えることができる人材だが、実技では並以下の評価。実戦には不向き。筆記は優秀で魔術道具や鋼材の知識が豊富。】
あたしは息を呑んだ。
「……異世界で同い年。この娘、良さそう。」
思わずつぶやいていた。経験なし、能力は並以下。でもそれはバイトを始めた頃のあたしと同じ。――そして決めた。
「会ってみたい!」
「他は見なくて良いのか?」
「はい。同い年ですし、勘…ですかね。」
ルディオ侯爵が小さく笑った。
「フレア・リントヴェール…ふむ。では手続きしてくれ。今から魔術学校に向かう。」
異世界の同い年か~。気が合うと良いな~。仲良くなれたら、魔術師と友達なんだ~って自慢しちゃおっ。




