第30話 食い違う国
フローラリアに帰ってくるとすっかり夜。元の世界でデリバリーピザのアルバイトをしていても、異世界で地図作成をしていても、夜遅く帰ることに変わりないなぁ。
基本的な人の営みはフローラリアでも、ネレイダでも、世界が違っていても、そう大きくは変わらないみたい。
民家から漏れる灯りに、さっき買ったハートのネックレスが煌めく。信念で打ち込まれたまだ拙いカーブは、何枚もの鏡を並べたように光が反射する角度を与えていて、瓦礫の中から漏れ出た月光のように至る方向に延びてる。まるでこれからあたしが進んで行く数々の道を示しているみたいに。
ネックレスを手でそっと撫でてあげる。元の世界ではアクセサリーなんて買ったことなかったけど、少し背伸びしたあたしも悪くないじゃん。
露店のご主人は今頃、奥様と今日の出来事を振り返ってるんだろうか。このハートのネックレスが売れたんだって。
『フローラリアが拒否している』…。正直、今フローラリアで生活しているあたしとしては、どうしても懐疑的な見方をしてしまう。
少し歩いて我が家に到着した。出入口の近くで、手綱を引っ掛けられた馬が暇そうに辺りをきょろきょろしてる。ルディオ侯爵が来てるみたい。
こうしてあたしがネレイダに行っている間にもMAP!を営業してくれてるのが本当にありがたい。と言いつつ、みんなが頑張っている間にちゃっかりネックレスを買ってちょっと後ろめたい気持ちになる。そのせいか、この扉を開け慣れたあたしも、今日は少しだけ緊張する。
「ただいま~。お疲れ様で~す。」
「おう、おかえり!ほう……その首から提げてるやつ…なかなかの逸品だな。」
「…おつかれ、リン。綺麗な首飾りだね。」
「リンさん、お疲れ様。それ、似合ってますよ。」
中に入ると片付けの最中に出くわす。てきぱきと仕事をこなすみんながカッコイイ!
「リン。今日もご苦労。今日もお邪魔させてもらっていたよ。」
「ルディオ侯爵。お疲れ様です。ごゆっくりなさってください。でもこんな夜に出歩いていて危険ではないですか?」
先週と同じようにルディオ侯爵の隣りに座る。
「うむ。最近は城にこもって事務仕事ばかりでな。ちょっと夜風にあたりたいと思っていたんだ。」
「ルディオ侯爵でも、たまに息抜きをしたい時があるんですね。」
「あぁ。夜の外出の楽しさを知ってしまったからな。最近は特にMAP!の居心地が良くて甘えてしまうよ。」
「いつでもいらしてください!ルディオ侯爵が進言してくださってできたお店ですから。」
「うむ、それなのだが…実はリンが以前提言してくれた住所の整備を進めている。だが…これがなかなか上手くまとまらなくてな。」
うっ…ルディオ侯爵が夜風にあたりたい理由があたしだったとは…。だけど、国民の住みやすさを優先して、あたしの突発的な提案までも推し進めてくれるフローラリア王国が、ネレイダに流れざるを得なかった国民の帰国を拒否…。う~~ん、とても考えにくい。でも、露店のご主人が嘘をついているか、と言われると、そうではない。
「もう着手してくださってるんですね。ありがとうございますっ!ですが、建物が多いので、区画や番地の整備が想像以上に大変だと思います。」
「と、思うだろう?ところが頭が痛い原因はそこではない。」
「“貴族の説得”だ。」
「え?どういうことですか?」
「貴族が“1”を欲しがっている。例えば“第1区画の1番目は自分たちが相応しい”といった具合だ。」
「え~!?」
「そして続けて言うのだ。“自分が中心にふさわしい”とな。」
「……。」
開いた口が塞がらない。
「驚くのも無理はない。貴族はプライドが高くて困る。だが、国としては世話になっているのも事実だ。それを加味して誰の番地を1番目に制定するか、その交渉と調整に手間取っている。その点では、商業地区、職人地区はすんなりと決まった。」
「国の意思でバシッと決められないのですね…。」
「私の一存で全てを決められたら…と、何度も思っている。だが今まで以上に“国の発展のために尽力している”と実感できているのも事実だ。戦争ではなく、豊かな国としての第一歩を踏み出したとさえ感じている。」
ルディオ侯爵の話を聞けば聞くほど、ネレイダのご主人が話していたことに対してわだかまりが強くなる。
「ところでリンよ。先ほどから浮かない顔をしているな。せっかく買った似合いのネックレスが台無しではないか。」
「ありがとうございますっ!実はこのネックレス、ネレイダで買ったんです。地図作成の協力をお願いする人に、新作ピザのデリバリーも兼ねて打ち合わせもしに……ルディオ侯爵…?」
「今なんと言った…!?」
ルディオ侯爵の表情が、驚愕の表情に変わる。
「えっ、あの…新作ピザのデリバリーも兼ねて地図作成の打ち合わせもしに…」
「いや、その前だ…!」
「えっ!?…このネックレスはネレイダで買ったんです…?」
「それは…本当なのか…?」
そう言いながらあたしの両肩を掴み、ルディオ侯爵の顔が徐々に近づいてくる。あっ、ちょっと…それ以上は…あたしも初めて…
「おいこらっ!ルディオっ!リンから離れろっ!」
鬼の形相で怒鳴り声を上げたガルネさんが、あたしからルディオ侯爵を引き剝がす。
「ルディオ…今度やったらタダじゃ済まんぞ…。」
ガルネさんがそう言うと、ルディオ侯爵を監視するように向かい側に座る。仕事を終えたフレアとミオルさんも席に着いた。
「オホンッ…リン、失礼したな…。」
「い、いえ。ビックリしましたけど、大丈夫です。」
心なしかフレアとミオルさんのルディオ侯爵を見る目が冷めている。
「さっきの続きだが…」
「はい。先週も今日も、フローラリアから東に位置するネレイダ王国に行ってきました。先週、ネレイダに偶然辿り着いた時、入り口で門前払いされそうになっていたところを助けてくれた女の人と仲良くなり、今日は新作ピザをデリバリーしながら、その人に地図作成の協力を依頼してきました。彼女は気象に詳しくて…気象情報は地図作成には欠かせないものなんです。」
「…気象。私は魔術をある程度は扱えるけど、気象のことは全然わからない。」
フレアが自信なさげに漏らす。
「私が気にしていたのは、“ネレイダ王国に入国できた”という事実だ。あそこの門番たちは一筋縄ではいかない。ネレイダの根柢にある排他的な姿勢が表面化した者たちばかりだ。そこを通過できたことがまず信じられない。…まさか…裏口を見つけたとか…?」
「いえ、そんなことはありません。ちゃんと門前の許可を得て入国しました。最初は通行証が必要とは知らず、例に漏れず門前払いをされるはずでした。ですがその時、先程説明した女の子に偶然出会い、門番を説得してもらって入国できたんです。」
「リン、その女性の名は何と言うのだ?」
「はい、“ナトリカ”さんと言います。あたしよりちょっとだけ年上の女性です。」
「うん、女性ならアタシも賛成だ。」
「頼りになる人だと思います。それに、ナトリカがネレイダの歴史を教えてくれたんです。ネレイダの発展にフローラリアが深く関係していたことにびっくりしました。」
正解。と言わんばかりにルディオ侯爵がうなだれてしまう。
「ネレイダは、フローラリアから移住した国民が半数ほどを占めている。そしてその影響で、フローラリアの技術を用いた商業が発展した国だ。だがフローラリアよりも店同士の競争が激しく、互いの反骨精神で瞬く間に大きくなった。そして…」
一息入れた後、残念そうな表情を浮かべて口を開く。
「移住した国民は誰一人として、フローラリアに戻ってきたいとは思っていない…。私も何度もネレイダに訪問しているが、その度に国民から帰国移住の嘆願はないと言われている。」
「えっ…ちょっと待ってください。それは…あたしが聞いた話と違います。」
「…?どういうことだ…?」
「このネックレスは、さっきネレイダから帰ってくる時に露店で購入したものです。露店のご主人はフローラリア出身の鍛冶職人で、奥様と一緒に生活用具を販売しながら、競争が激しいネレイダで生き残るために、新たに“アクセサリー”という分野に挑戦して販売していました。さしでがましいと思いましたが、“フローラリアに帰らないんですか”って質問したんです…。そしたら…ご主人は…」
明らかな食い違いに不信感が募って、言葉が途切れ途切れになってしまう。
「ネレイダ王国に帰国を申請しても…フローラリア王国が…受け入れを拒否しているから…申請が受理されないって…帰りたくても帰れないって…」
ルディオ侯爵は何も言えなかった。早々と通り過ぎていった言葉とすれ違って疑いの目はあたしに向けられた。弱々しくも、気を保つ意志のある瞳。
この場にいる全員が話を理解した。いや、理解できなかった。だからこそ誰も何も言えず、重たい空気がこの場を支配していった。




