第25話 あたしが帰りたい場所
帰り道、ナトリカのイメージと照らし合わせて新しいピザを考える。無邪気で飾り気のない彼女を表現するために“緑”を主役にしたい。
春翠がどれくらい身体に良いものか、たった1杯ではわからないけど、彼女はそれを飲むことがルーティーンになってる。だからピザの大衆性の観点からも、日常的な食のルーティーンに組み込めるような再現性の高い食材じゃないと意味がない。
日常的に手に入る食材でピザに合う緑は、やっぱりルッコラとバジルだな~。土台にトマトとチーズ、その上に山盛りの緑をのせる。そうすればナトリカという人物の強力なインパクトを表現できるはず。
「う~ん…ピザを彩ってくれる緑…。」
そうだ。緑の代表格と言えばピーマンも良いかも。元の世界で定番のピザトーストにはピーマンが欠かせない。薄く輪切りにして食感と見た目にアクセントを付けてあげるのが良さそう。
「あっ!ほうれん草!」
…ほうれん草…?確かに緑だけど…ピザにほうれん草?思いついたは良いけど全然聞いたことがないや。でもピザにほうれん草を使うなら、どうしてあげたら良いんだろう…。
う~ん、と眉間に皺を寄せて、過去にカメラアイで保存した数々の写真から、ほうれん草を使用した料理のイメージを記憶から探し当てる。
あっ、ソースだ。鮭のムニエルとか、パスタに和えるソース。クセがなくて苦みが少ない、臭みもないから使いやすいはず。残念ながらミキサーはないけど、超細かく刻んでオリーブオイルと合わせてソースにすればマッチするかも。チーズとも相性が良いから、トマトソース、ほうれん草ソースで味に厚みができるなぁ。
よし、急いで帰って早速試してみよう。
ネレイダの城門に向かいながら、すっかり雨のあがった夕焼け空をぼんやりと眺めると、MAP!のみんなの顔が頭に浮かんできて、自然と涙が頬を伝う。なんでだろう。こんな時間まで遠くの場所にいるのは初めてだから、寂しくなっちゃったのかな?
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ネレイダから猛ダッシュしてフローラリアの城門を通り越し、一目散に野菜の露店に向かう。そのおかげか、露店の閉店時間になんとか間に合った。
「閉店間際にすいません。ピーマン5個とほうれん草3束ください。あと、いつものルッコラと、今日はバジルも。」
「あら、いつもありがとね~。閉店近いし、ちょっとだけサービスね。」
「え、良いんですか!?ありがとうございますっ!」
フローラリアの大通りに構えている露店は、日が暮れると同時に軒並み閉店になる。それからは示し合わせたように人がまばらになって、最後には日中の喧騒が噓のように誰もいなくなるんだ。
ゴーストタウンみたいな夜の街を出歩くにはまだちょっと勇気がいるけど、ピザ配達の道すがら見つけたレストランに行ってみたいとか、もう少し大人になったら酒場に行ってみたいとか、最近は異世界に来た時に考えもしなかったことが当然のように頭に浮かぶようになった。
身近な欲求が表面化するほどに、フローラリア王国の温度が自分の中に馴染んできてる。
元の世界に戻る方法を解き明かせていないのに、なぜかフローラリア王国を“第二の故郷”として認識しつつある。その矛盾にまだ名前をつけられてはいないけど。
きっと目の前のことを一つ一つ乗り越えて行くことで、元の世界に戻れるんだろうって漠然とした希望を持ってるからかな。
じゃあナトリカへのお礼は、元の世界に戻るためのミッションなの?そうじゃないよね。ナトリカにピザを食べてもらいたい。知ってもらいたい。一緒に楽しみたい。それだけ。
毎日少しずつ徳を積むように、ミッションなのかクエストなのかは知らないけど、そんなのをこなして行って、一定の水準まで到達できたら突然終了の鐘がなって“はい、さようなら…”。その未来があるとして、今のあたしは元の世界に戻ることを選ぶだろうか。
ほら、MAP!はもう目の前。夜になる前に帰って来れて良かったじゃん。
入口の扉に手をかける。突然問いの答えが―――胸の奥にあった感情の正体として―――浮き彫りになる。
これはMAP!の扉。鍛冶屋の扉でもある。そしてあたしの“家の扉”だ。異世界で帰るべきあたしの居場所。
今は“親元を離れて異世界で頑張ってる”んだ。この木製の扉を軽く開けられるのは、あたしが元の世界の時間を経てここにいるからだ。学校に行ってアルバイトにも行く。作ったピザを配達してお客さんと向き合う。そうやって全力で挑む経験がなかったら、きっと異世界で一歩も踏み出せていない。
ネレイダでみんなの顔がよぎったのは偶然じゃない。それはあたしが幸せ者だからだ。明暗がくっきりと分かれたネレイダの現状と自分を比較したからだ。“あたしは恵まれている”と。
だから、何としてでも無事でMAP!に帰ってこなきゃいけない。ミッションなんかじゃない。帰りたい場所がもうここにあるんだ。
あたしは普段より少し力強く扉を開けた。




