第24話 ハリボテの国の真実
「ネレイダ王国はフローラリア王国出身の人たちが半数を占めているの。」
「そんなに!?」
“移住した”ってことか。他国の存在に対する信憑性が薄いまま簡単に10㎞以上も歩けるとは思えないけど、分かりやすい一本道があれば不可能ではないかも。
ただ、フローラリアでもネレイダでも、生活衣類を取り扱いにとどまっていて、元の世界のキャンプ用品みたいな、長旅を前提とする道具が売られている店を見たことがないから、想像以上に過酷な旅だったと思う。
道具…?そうか、だから商人が強いのか。仕入と同時に、自分の食べ物や可能な限り衣服も調達すれば少しの長旅には耐えられる。気候も穏やかな方だから、極端に厚着する必要もない。
「私がまだ小さかった頃、ネレイダは国じゃなくて小さな町だったの。だけどある時を境に、フローラリア王国から徐々に人が流れ着いてきた。」
ナトリカはあたしから視線を逸らして俯きがちに話す。
「当時、ネレイダに流れ着いた人たちの職業はまばらだったけど、とりわけ職人が多かったの。住まわせてくれたお礼にと、この町の発展の手助けをしてくれた。道の舗装とか生活道具の製造とか、ありがたいことに生活の利便性を中心に整備してくれたの。時間が経過するにつれて、私たちは町が発展していくのを実感していった。」
嬉しそうな表情も束の間、途端に険しくなる。
「ある日、当時の町長で、後に王となったミルファハンが、ネレイダを国として発展させるための方針を決めたの。町民はすごく喜んだ。同じ方向を向いてこの町を押し上げていける、そんな期待感を持っていた。けれど、実際に発表された方針は、私たちが思い描いていた未来とはどこか噛み合っていなかった。城の建築、建造物の増築、武器の製造強化に、兵士と魔術師の育成。どれも合理的で“国として正しい”考えではある。その一方で、長年住み続けていた老朽化した家屋の改修は検討すらされていなかった。“そんなものに手をかける必要はない。周りに新しい二階屋を建てて視界から消してしまえ”――――この一件が問題になってしまった。」
頷いたあたしに、ナトリカは「ふぅ…」と一呼吸して続ける。
「二階屋を建築したのはフローラリア出身の職人。もちろん家の価値は高くて誰しもが買えるものではなかった。だけど意外なことに、買い手がついたどころか競争になったの。大通りの家を買えた人のほとんどは、フローラリア王国出身の人たちだった。」
だから似てるのか。フローラリアから輸入した思想、技術をそのまま他国で運用したことが、ネレイダがフローラリアに似ていると感じた理由だったんだ。
「ミルファハン王からすれば、お金を払ってもらえるなら出所はどこでも良い。だから、フローラリア出身の人たちに住んでもらっても構わない。」
「自分は潤う立場にいるから?」
「そう。それはつまり、フローラリア出身の住民がいなくなってしまえば、自分の立場も終わってしまうということ。だから町だった時代をなかったものにしたいんだと思う。それに急激に成長したネレイダは国としての歴史も浅い上に、王が統治する経験も少ない。結局、王がお金に目がくらんで過去のネレイダを葬り去ろうとしたから、先住のネレイダ国民と王との間に大きな溝が生まれてしまった。ネレイダはフローラリアの技術にすがっているだけ。」
「その大きな溝は今も変わらないの?」
「“変わるための第一歩を踏み出した”って表現が一番近いかな。」
「“ハリボテの国”から一歩踏み出せたってこと?」
「うん。確かに最初はミルファハン王のやり方に納得しない人が多かった。さっき、リンちゃんを冷たい視線で見てきた人たちみたいにね。でも、それじゃいつまでも前に進めない。フローラリアの職人から技術を学んだり、ネレイダが積み上げてきた営みを見つめ直しながら、少しずつ自分たちのやり方を見つけようとしてる。そのおかげで新しい商いも生まれてきてるんだ。」
――――『そのせいで隣国に追いやられた優秀な職人もいたし…』
…ガルネさんが言ってた隣国には、少なくともネレイダ王国が含まれていることはわかった。
「そう言えば、リンちゃんはどうしてこのネレイダに辿り着いたの?」
「…えっ!?」
急な方向転換に身体が固まる。地図を描いて…って喉元まできた言葉が外に出ないように口を閉じる。
「あ~…ちょっと旅をしていて…」
噓は言ってないよ。元の世界から来て途方もない旅をしているのは事実。言えないけど。
「そうなの?でも…長旅をするような服装には見えないけど。所持品も少ないし。」
すっ鋭い…。ナトリカも結構突っ込んでくるじゃん。でも地図を描いていることは何とか隠したいところ…。
「あ~実はその…お遣いを頼まれてて…」
「お遣い?ネレイダに…お遣い?あっもしかして、特産品のアクセサリーとか?」
「あっそうそう!それそれ!」
「ふ~~ん。そ~なんだ~。」
「???」
ナトリカは見透かしたように笑う。
「リンちゃんって、噓つくの下手なんだね。顔に書いてるよ。」
「えっ?ど、どういうこと?」
「私がリンちゃんにお遣いをお願いするなら、“身分証がないとネレイダの中に入れない”ことを伝えるな~。」
「その…身分証を持ってくるのを忘れちゃったんだ。」
「実は、それも違うの。」
「???」
「私が言った身分証っていうのは“ネレイダ王国の国民である証明書”のこと。ネレイダ国民全員が持ってる。中に入るには身分証を持っている国民か、さっき私がやったように、身分証を持っている国民の知り合いということを証明するしかないの。リンちゃんにお遣いを頼む人が、その手続きを知らないはずがない。つまり、リンちゃんは興味本位でここに来たってことになる。」
「ぐっ…。」
ナトリカは名探偵というわけか。
「ねっねっ、どんな楽しいことしてるの?特に理由もなしに、軽装の女の子が1人でここまでそう易々と来れるわけがないもん。」
ルディオ侯爵に口止めされてるけど、言わないとこの状況を切り抜けられない。ルディオ侯爵、大変申し訳ございません。
「地図…。」
「えっ?」
「地図を…描いてるの…。」
「地図……ってなぁに?」
ズルっと椅子から滑り落ちそうになる。けどこれでわかった。やっぱり地図は一般的に浸透してる道具じゃないんだ。
「え~っと…地図はね、この世界を記す道具。」
「世界を…記す…?」
「そう、この世界を明らかにするの。ネレイダ王国も、フローラリア王国も、他人からすれば知らない国だもん。もちろん国だけじゃないよ。街も村も山も森も海も。全部1ページにする。あたしはそれを作ってるの。」
「…ねぇリンちゃん、私も行きたい。お願い、連れてって!」
「えっ!?い、いいよ。1人でやれるから。」
鬼気迫る表情のナトリカに気圧されて口ごもる。
「損はさせないから!私はちょっとだけ“天気”のことには詳しいのよ。ちなみに、今、外で雨を降らせてる雲は積乱雲って言うの。空の鉛直方向にものすご~く高く発達していて、強い雨が降るけど、雲の寿命は短くて早めに止む。リンちゃんは、30分後の天気も知らないみたいだけど、地図って豪雨に打たれても描けるものなの?雨宿りしにネレイダ王国に入ろうとしてたわけじゃないもんね~。」
まぁ喋る喋る。そりゃあたしは天気のことはさっぱりだし、測量画面には天気予報機能はない。ゲームでも無理矢理パーティーに入ってくるキャラっているよね~。
って言いながらも、本当はちょっと嬉しい。ナトリカと一緒に街を歩けて楽しかった。ピザ屋のみんながあたしに温かいものをくれたように、地図を作る仲間がいるおかげであたしももっと頑張れる。
「リンちゃんが世界を明らかにしたいって言うなら、私は世界の空を明らかにしたい。」
今まで見せなかった純粋な目があたしの胸を打つ。
「ねぇ、ナトリカ。また来ても良い?」
「え?良いけど…急にどうしたの?」
「地図作成の仲間ができるのはすごく心強いんだ。天気に詳しいナトリカならなおさら。でも今日助けてくれたお礼をしないまま一緒に来てもらうわけにはいかない。だから次にお邪魔する時に私にご馳走させてよ。私のとっておき、“ピザ”をね。」
「“ピザ”…?」
「うん。今フローラリアで超流行ってる料理。」
「リンちゃん、料理を作れるの?」
「もちろん!ピザだけね。」
「本当!?食べてみたい!そのピザを作って持って来てくれるってこと?」
「うん。距離はあるけど任せて。必ずほっかほかのやつをデリバリーするよ。」
「で、でりばりー?なんかよくわからないけど、すごく嬉しいよ!ありがとう!」
「1週間後の今日、ナトリカが門番から助けてくれた同じ時間にお届け。楽しみにしててね。」
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玄関で見送ってくれたナトリカに「来た道を覚えているから大丈夫」と言って手を振った後に帰路につく。
ナトリカ、春翠、ネレイダ王国の歴史。今日は実りが多い1日だったなぁ。
ピザもそろそろ新商品を出そうと思っていたところ。コンセプトはナトリカの緑。彼女が春翠で表現したように、あたしはピザで表現してみよう。
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「―――ナトリカ、聞き出せたか?」
「えぇ。あなたの言った通りだったわ。彼女は地図を描いてる…。」
「やはりあの娘はルディオの差し金だったか…。派手に動くなよ。少し泳がせれば勝手に遠くへ行く。そこで事故に見せかければ良い。」
「あなたは手を出さないで。」
「ふん。…失敗は許されんぞ。」
「…わかってるわ。」
リンちゃん…私は…。




