第22話 ハリボテの国
ナトリカの少し後ろを歩きながら周囲を見渡す。フローラリア王国を初めて歩いた時と違って、こうして一緒に歩けることにじんわりと嬉しさが満ちてくる。
大通りに沿いには軒並み露店が続いていた。ピザを作ってるせいか、どうしても食材に目が行ってしまう。芳醇な香りの小麦粉、温暖な気候に採れる色彩豊かな野菜と果物、緑豊かな香草。香りと色彩が、どうやったらあたしに気づいてもらえるか競い合ってるみたい。
ただ、品揃えも、人通りも、建物も…やっぱりフローラリア王国に馴染み深い雰囲気を感じるんだよねぇ。
それでも圧倒的に違う部分1つだけある。それは火を扱ってる屋台があること。おそらくだけど、この国の先に森が広がってるから、そこから木を伐採してるんじゃないかな。大通りに飲食店があるだけでこんなに街の賑やかさが違うなんて。
店舗構造は屋台ラーメンのような木造の骨組みに、店主と対にしてカウンターのお客さんが3人。その隣に木造のテーブルを置くことで多人数の来客にも対応している。
スープに穀物を入れた雑炊らしき料理が人気メニューみたい。みんな揃ってそれを食べているからメニューの数はあまり多くないのかも。店内でゆっくり食事を楽しむというよりは、できるだけ労働者を待たせないために回転率の高めたファストフード店ってイメージ。
またとないチャンスとばかりに、カシャカシャと瞬きをして新しい国の風景を頭の中に保存する。
「私の家はもう少しかかるの。ごめんね。」
「全然。城門から結構遠いんだね。」
緩やかな風にナトリカの爽やかな匂いが混じる。手入れの届いた緑の髪に、翠のドレス、彼女とすれ違うと誰もが振り返る。
随分と城門から歩いてきた。さっきの屋台を通り過ぎて右に曲がると…
立ち並んでる家の至る所に傷。重苦しい雰囲気。住民の冷たい目つき。大通りで見てきた建造物や露店とは、明らかにちぐはぐな景色に出くわして、あたしの身体はあっという間に不安に浸食された。
門番に問い詰められた時とまるで違う。身の危険を感じて心臓の鼓動が早くなり、冷や汗が頬を伝う。どうする?走って逃げる?大声を出す?どのみちあたしには戦えない。
「ねぇ…あたしをどこに連れて行こうとしてるの?」
必死に脳から命令を送り込んで、喉から振り絞るように声を出す。
「…?どこって…私の家よ。」
「こんな傷だらけの建物ばかりの路地に…」
「家がないと思った?」
「…えっ?」
少なくともフローラリア王国にはこんな場所はない。
「リンちゃんはフローラリア王国から来たのよね。」
「そう…だけど。」
「じゃあ知らないのも当然よ。ここからがこの国の本当の姿。ハリボテの国、ネレイダ王国のね。」
「ハリボテの…国…。」
「その話も聞かせてあげる。私についてくれば大丈夫よ。」
自分が生活している国を批判するナトリカが噓を言っているとは思えない。それでもこの国を知らないあたしには“何か良くない兆し”が潜んでいる気がするんだ。胸のざわつきを押し込んだまま、顎からしたたり落ちそうな汗粒を拭ってナトリカの後をついて行った。
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平屋が続いていた。大通り沿いに軒を連ねる二階屋は、この一帯をぐるりと囲むように建てられている。緊張感が支配しているこの場所は、あたし一人だったら絶対に近寄らない。同じ王国の敷地とは思えないほど、ここはほったらかしにされていた。
細い路地を5分ほど歩いたところでナトリカの家に着いた。やっぱりここの外壁にも傷、そして陽が当たっていない。
中に入ると、ナトリカが「どうぞ」と席に案内してくれた。夕方前にしては少しひんやりとした空気が漂った静かな家。壁に面した簡易的な台所に、木製のテーブルは居間の中央にあって、椅子が2脚。その内1脚にあたしが座ってる。その奥には2階へ昇る階段がある。多分寝室かな。
テーブルはそんなに大きくない。学校で使ってる机が大体4つ分くらい。
家の中に招かれて少し経った後、ナトリカの予想通りに強めの雨が降って来た。
「ナトリカ、ありがとう。あのまま帰ってたら、きっと服が濡れて風邪ひいちゃってたよ。」
「間に合って良かった。おもてなしの準備をするね。」
きっとさっき話してくれた“春翠”を用意してくれるんだろうなぁ。
得意気な表情を見せた後、台所で薬研を使ってゴリゴリと何かを挽いている。その姿になぜだかお母さんが重なって見えた。




