第21話 「もてなすわよ」と言われたので…
さっきの台地からどれくらい走ったかな。
測量画面に表示された数値で、さっき回収し忘れた梵天ピンまでの距離を確かめる。
4,800,000㎜…約5㎞か…結構距離あるじゃん。
フローラリア王国からさっきの台地までで約7㎞、そこから更に約5㎞で約12㎞か…。他国との交流が少ないのも頷ける。街を出て次の街を発見できる保証もないまま、おいそれとこの長距離を歩けないよね。体力だけじゃなくて、不安と焦りで精神的な疲労も積み重なるだろうし…。
フレアと出会った頃、『フローラリア王国の先に国があるらしいけど行ったことがない』って聞いたことがある。
それに対して、“10㎞以上歩くと国がある”という事実を知っている人が存在するんだよね。少なくともルディオ侯爵とお付きの兵士、そしてすれ違った商人。
ということは、情報網の拡大がまだ限定的な可能性がある。あるいは、大部分の国民からすると情報に正確さが欠けてるせいで『信じて良いか判然としない』んだ。
今日、あたしはこの場所に国が存在することを確認した。第三者の視点で地図に記していけば客観的な事実として残る。そうすれば曖昧な情報を判断しやすくなるし、この国に対する信憑性も増していくよね。
でも、フローラリア王国とこの国の二国間だけを往復するのは不自然だなぁ。この国の先には森が見えるから、そこを抜けるとまた新しい国があるのかもしれない。
そもそも、フレアが言ってた『フローラリア王国の先にある国』がこの国を指しているのかもわからないし。
明確な答えが出ないことをあれこれと考えている内に、いつの間にか灰色の石で組まれた厳かな城門の前まで来てた。
民家なのか店舗なのかここからじゃはっきりとはわからない。だけど、城門から見える僅かな空間から人の往来が見えるし、奥へ奥へと広がるように建造物が立ち並んでるから、賑やかそうな雰囲気だけは伝わってくる。
だけど…。
「なんだか…ものすご~く、フローラリア王国に似てるなぁ…。」
まるで“コピーして貼り付け”って感じ。初めてフローラリア王国を見た時と同じ感想が出てくるほど風景が似てる。それとも、フローラリア王国がこの国に似てるのかな?
「……ちょっと行ってみよう。」
と呟きながら城門に近づいたら…
「待て、そこの者!」
2人の門番が槍を交差させて行く手を阻む。あたしを見る門番の目が鋭い…!フローラリア王国と全然違う…!
「身分を証すものはあるか?」
「えっ身分証ですか?」
……まさか、どの国に行くにも身分証が必要なのかな…?フローラリア王国で門番が通してくれるのはルディオ侯爵が話をつけてくれたからか。うっかりしてた…。
「あ、いや、その……身分証はありません。」
「……商人ではなさそうだが…?」
「はい…近くに来たものですから、ちょっと寄ってみました。」
「女子一人でか…?」
言葉に詰まって顔を見合わせる門番。すると眉間に皺を寄せて首をかしげる。
「……怪しいな。」
あれ…ちょっとマズいかも…?
雲行きが怪しくなってきて、門番に愛想笑いしながら後ずさる。すると油断していた背中に、何かがぶつかった衝撃を覚えた。いや、ぶつかったのはあたしの方だ。
声は出ていないのに、口の動きだけは確かに「ひゃっ!?」と言っている。あるはずのない何かに当たった恐怖感で反射的に振り返ってみると、あたしと同い年くらいの女性が立っていた。
やわらかい陽を受けた翡翠色の長い髪。風がそよぐと緑を思わせる爽やかな香りがここまで届く。
「す、すい…」
「大丈夫…?」
彼女は謝ろうとしたあたしを心配してくれた。
「お帰りなさいませ、ナトリカさん。」
女性と門番とのやり取りから、成り行きで名前を知る。
「今日もお疲れ様です。ただいま戻りました。」
「あっ、あの、すいま…」
「な~んだ。予定の時間より早く着いてたんだね。」
「えっ…?」
「ごめんなさい。この子は私のお客さんなんです。」
「そ、そうなのですか?」
「はい、これからお茶会をするんです。ねっ?」
“ナトリカさん”はあたしの方に視線を戻して、優しい笑顔で問いかけた。
「は、はい!」
この返事で合ってるのかな。判断力が欠ける状態で返事をしたことに少しだけ後悔する。
「事前にお伝えしておらず、申し訳ございません。」
「い、いえ。それなら良いのですが…。なっ?」
門番がもう片方に問いかける。パスを受けた方は、本当に知り合いか疑わしいあたしを見て不満そうに続ける。
「……承知致しました。…どうぞお通りください。」
ナトリカさんのおかげであたしは事なきを得た…って言いきって良いのかな。どうしようもできない状況から助け出してくれたお礼を言いたくて、あたしの少し前を歩く彼女に声をかける。
「あ、あの…」
「命拾いしたね。もしかしたら、牢屋に入れられてたかもよ?」
「本当にありがとうございます。助かりました。」
「……足りないな~。」
「えっ?足りない…?」
「だ~か~ら~、私に対する感謝の気持ち。…足りないな~。」
……なにこの人。
「あ、ありがとう!!ございます!!」
「ん~~~、まだ足りない。…けど許してあげる。そのかわり、せっかく中に入れたんだしさ、私の家で少し話そうよ。」
……なにこの人!?
「あっ、その前に名前知りたいな~。あたしの名前だけ知られちゃったのは不公平だな~。」
「……大地 凛ですけど。」
「リン?じゃあリンちゃんって呼ぶね。」
「はぁ…どうぞお好きなように…。」
どうせこの人と会うの今日だけだろうし…。
「それじゃあ…。」
「あ、あの、そろそろ戻らなきゃ行けなくて…」
「…良いんだ…。」
「はい…?」
「叫んでも良いんだ…。ここに不審者がいますよ~って。さっきの門番が駆けつけてきて、リンちゃんをとっ捕まえて、あんなことやこんなこと…」
「はいはい、わかりました!…わかったから。家に行けば良いんでしょ…!」
「そんな怖い顔しなくても大丈夫よ。私はあんなことやこんなことはしないタイプだから。それに、これから雨が降ってくるよ。あと30分くらいで。」
「雨…?わかるの…?こんなに晴れてるのに?」
「うん。ほら、あっちの空が雲で覆われてる。雲の底も黒くて厚いでしょ?あと、なんとなく風の匂いも変わった気がしない?」
天気のことはさっぱり。だけど、湿った土の匂いが漂ってきたことに気づいて小さく頷く。もしかしてナトリカさんは天気に詳しいのかな。
「もてなすわよ。私の特製ドリンク、“春翠”でね。」
……ちょっと美味しそうじゃん。




