第19話 えっ!?あの時だけじゃないんですか!?
「開店前に失礼します。リンさんはいますか?」
「…ミオルさん…!?」
頭の中に保存した写真と比較して、ミオルさんだとやっとわかる。前よりも表情がやつれて、頬がこけている。ていうか、元々ひょろっとしてたんだけど、より頬骨の出っ張りが強調されてる。髪もパサついて見えるし。
体調不良な上、トラブルが重なるのはさすがにキツい。予想だにしない状況に対応できずに閉口したまま固まる。静かにしてしまうと、身体が熱に浸食されていく感覚だけが残って気持ち悪い。
こんな時にどうして?やっぱりあたしが気に食わなかった?そんな問いを口に出せないまま心臓の鼓動だけが早く、強くなっていく。
「従業員の方は初めまして。パン屋を営んでいるミオルと申します。開店前の忙しい時間なのに申し訳ありません。リンさん、君に用があって来たのだが、…少しやつれたか?それとも体調が悪いのか?」
スカウトに失敗した時とは打って変わって落ち着いた口調で話している。もう普通に話して大丈夫なのかな?怒ってない?
「どっちもかもしれません。ミオルさんこそ頬がこけてるじゃないですか。体調が悪いんですか?」
「ふん、僕は元からこの顔だ。変わったのはそこじゃない。…練習を積んできた。」
「練習?…って、なんのですか?」
「ピザ以外に何がある?」
「ピザを作る練習って…作り方を教えていないのにどうやって?」
確かに表情はやつれてる。だけど前より眼が鋭くて、表情には自信が溢れてる。まさか…ピザはこの国にはなかった料理なのに、レシピも見ずに、1ピース食べただけで辿り着いたって言うの…!?独りで…!?いや、ミオルさんならきっと…。
「覗いていたのは、あの時だけだと思ったか…?」
やっぱ褒めたの取り消すわ。
「………なんでそんなに偉そうなんですか?覗き魔って周りに言いふらしますよ?」
「ピザを作れるようになったとしてもか?」
「…!!ピザはそんなに簡単に作れるものではありません…。」
「ここで僕を追い返すときっと後悔するぞ。」
「じゃあ…今、ピザを作ってみてもらえませんか?」
「もちろんだ。そのために来たんだ。」
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「これは美味いぞ!生地の絶妙な嚙み応えが癖になる。」
ミオルさんが作ってくれたピザに一番にリアクションを示したのはガルネさんだ。
ミオルさんのパン屋では火を使えない影響で、練習は生地を伸ばしてトッピングを乗せるまでが限界だったらしい。だけど初めての焼成とは思えないほどの滑らかな動きに舌を巻いてしまった。きっと何度も覗いたおかげで、動きのイメージを自分の中に落とし込めているんだ。
「…リンに負けないくらい美味しい…!」
フレアも、初めてミオルさんとコンビを組むとは思えないほどの物怖じしない火の操作で、魔術師としての仕事を見事にこなした。
「ミオルさん、これめちゃくちゃ美味いです!!」
さすがミオルさんの熟練の技。作業行程も完璧だし無駄のない動き。パン屋さんの経験を存分に活かした力加減で生地の旨味が際立ってる。動きのテンポの良さが旨味として反映されてるんだ。これは何回も覗かないと無理だわ…じゃなくて何回も練習しないと無理だわ。
「当然だ。それにしても…フレアさん、さすがですね。魔術師として火を操るだけじゃない。火を調整するタイミングが完璧だし、作り手の動きも常に気にかけていて…」
あっ、またミオルさんの長い話が始まった。ていうかピザを無料配布した時に聞いたっきり2回目なんだけど、なんで『また』って思っちゃったんだろう。それだけしつこかったのかな。
「…ありがとうございます。ミオルおじさん。」
ぶった切るフレア。
「おじっ!?…失礼な。僕はまだ26です…!」
ずれ落ちた眼鏡をくいっと上げながら反抗するように言い放つ。
「えっ嘘!?ガルネさんより年下!?」
久しぶりに大きな声が出た。だけど『あっ…』と、自首するように喉から声が漏れる。その声に反応したミオルさんと目が合ってしまい、思わず逸らしてしまった。
「……リンさん、以前僕が君に言ったことを謝ろうと思ってたけど、気が変わった。今日は君の出番はない。君が寝ている間に、お客さんから僕の作ったピザの方が美味しいと言われても、相手が悪かったと思って落ち込まないことだ。」
気にしていたのは…あたしだけじゃなかったんだ。もがけばもがくほど全身に絡みついてきた泥が洗われていく。ミオルさんの優しさとピザを作ることを受け入れてくれた喜びで、今までが噓のように胸が軽くなっていった。
「はい…!お願いします!ありがとうございます!」
「…ミオルおじさん、よろしくお願いします。」
「フレアさん、僕をおじさんと呼ぶのは君だけですよ。」
「…光栄です。」
「…。」
「ミオルさん、アタシはガルネッサだ。カウンターで接客を中心に動いてる。よろしくな。」
「よ、よろしく…お願いします…。」
ガルネさんとフレアにも今日の営業を託して、あたしは安心して2階に上がると、電池が切れたようにベッドにばたりと倒れた。
あぁ、みんな。本当にありがとうございます。あたしは幸せ者です。
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「ミオルさん。初めて作業台に立つのにさすがの動きだったよ。」
「あ、ありがとう…ございます。」
「パン屋として、薪を使えなくなったのは辛かったろう。普段の営業で出来てたことが、他人から取り上げられる形で突然出来なくなると、精神的にもダメージがでかいんだよな。一応鍛冶屋をやってたアタシにもわかるよ。まぁ国の依頼があったとは言え、火を使ってたアタシに言われても説得力はないだろうけどさ。」
「い、いえ。そんなことはないです…。はい。」
「…?ミオルさん、もしかしてアタシと話すのは苦手かい?」
「そんなことありません!光栄です!ただ…女性と親しく話すのは、久しぶりでして…。」
「はははっ!そうだったのかい。ここでは女性と話し放題だ。苦手が克服できるかもな。」
「…よ、よろしく、お、お願いします。」
「そう言えば、ミオルさんは酒を飲めるかい?」
「はい、ある程度は…。」
「それじゃあ…付き合ってもらおうかねぇ…!」
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目が覚めると、既に辺りが暗いことに絶望する。スマートフォンで『起きて夕方だった時は絶望する。』なんて内容の動画を見た時は半信半疑だったけど、たった今、答え合わせができた。今は何時なんだろ…。営業は終わったのかな。
と言いつつも、自分の体温で温かくなった布団が恋しくて、やっぱりもう少しだけゴロゴロする。
目を瞑ると、今日までの目まぐるしい出来事が瞼の裏側に浮かんできた。
お父さんとお母さん、ピザの配達中になぜか異世界、初めてピザを食べるルディオ侯爵、石窯を作ってくれるガルネさん、ピザを焼いてくれるフレア、MAP!を覗いてるミオルさん、地図作成を手伝ってくれる測量画面。
あたしはこの世界で、また今日も助けられたんだ。なんだか助けられてばかりだな…。ちゃんとみんなにお返ししなきゃ。
まずはみんなのお給料を上げていって、ボーナスも奮発するんだ。ちゃんと有給休暇も設けて…そもそも労働時間をもう少し短くしてあげたいな。布団があったかいな。これを機に、ミオルさんにMAP!に加入してもらえるようにもう一回説得して、もし加入してもらえたら、ピザもパンもテイクアウトできる店を作っていこう。それから、期間限定のピザの新メニューとかも出して…。地図に割く時間も増やせるように調整するんだ。なんだかまた眠れちゃいそう。イートインスペースも広げて、2号店も計画して…。あとはね…。
……そんなことを考えながら、あたしはまた眠りについた。




