第16話 ガルネさんのファンですか?フレアのファンですか?それともあたしぃ?
ピザ屋MAP!がオープンしてからというもの、目が回るように毎日が忙しい。あっという間に1日が過ぎていく。
オープン初日から少しの間、ルディオ侯爵と兵士の皆さんがピザの配達を手伝ってくださったけど、いつまでも甘えるわけにはいかないから、配達員を4人増やして、ピザ屋MAP!はめでたく7人体制になりました。あたしが雇う側になるとは思ってもみなかった…。
MAP!の店先では、石窯から立ち上る香ばしい匂いに引き寄せられて、子どもからお年寄りまで、毎日のように行列ができる。
ピザの仕込みができると間もなく開店。生地をすぐに焼き上げ、閉店までひっきりなしにお客様をお迎えする。アルバイトでもここまで疲れたことはないから、今までは与えられた仕事をこなしていただけだったってことに気付く。
ピザ屋と並行しているミッション、“地図の作成”は……正直あまり進んでない。営業が終わって片付けが終わると既に夜。そこから測量は無理だからすごくもどかしい。早起きして測量すっかな~。まだもう少しやれそうな気もするし。
ピザの配達を全て終えた後にとぼとぼ歩きながらそんなことを考える。大人は頭の中に、こんなにもあれこれ詰め込んでいたなんて…。
太陽はすでに沈んでいて家々の窓には灯がともっている。昼間は活気に満ちていた通りも、暗さとともに音を潜め、人影はまばらになっていた。
……ガルネさんが店を畳めなかったのは、あたしのせいだよね…。あたしが石窯を鍛冶屋の敷地内に作るって勝手に決めて、ピザ屋も開業させるって勝手に決めたんだもん。
ガルネさんはそれでもあたしを責めなかった。
今は上手く行ってるように見えるかもしれないけれど、それは自分の力じゃない。
これからはあたしが、みんなの頑張りを力に変えて幸せにしてあげなきゃ。
……な~~~んて、今のあたしにはちょっと大袈裟かな。
さっきは“まだやれそうな気がする”なんて調子の良いことを思ったけど、いざ考えてみると、どこから手をつけたら良いかわからなくて、ぐわんとめまいが起こる。
「ちょっと疲れちゃった。」
自然と出たあたしらしくないセリフ。これからピザを作って地図も作って行けば、段々と馴染んできちゃうのかな。
足取りが重いまま、鍛冶屋の入り口が見えるところまで戻ってくる。その時だった―――
視界の外側に、何やらささっと動くものが入り込んでくる。そっちを見ると、窓辺に奇妙な人影が見えた。肩を丸めて窓を覗き込んでる?暗くて誰か見えない。
「えっ…だれ…!」
「……!」
思わず声が漏れる。その後に急に身体が固まる。きっと反射的に声が出た後に、目の前で起こっていることは現実なんだって理解した身体が委縮したんだと思う。胸がぎゅっと苦しくなって、冷たい恐怖感が背筋を走り抜けると、今度は冷や汗が頬を伝う。本当にこんなことあるんだ。……ガルネさんのファン?フレアのファン?それともあたし?…ってわけじゃないよね…。
最近はここは賑やかだけど、お客様のいない夜の静けさにはあたしの声も向こうまで届くみたい。怪しい人影がビクッとした後に固まってる。暗がりで人物像まではわからないのが惜しい。
どうしよう、怖くて動けない。勇気を振り絞って声をかける?それともここで大声を出す?鍛冶屋の中に入りたいんだけどな。
そんなことを考えてたら、都合よく鍛冶屋の扉が勢いよく開いた。
「リン!どうした!」
「…大丈夫…!?」
ガルネさんとフレアが顔を出す。2人の声を聞いた途端、人影は一目散に駆け出して、あっという間に闇の中へ消えていった。
安心したのか、全身の力が抜けたあたしは、その場にしゃがみ込んで何もできずに震えてるだけ。
「…リン?もう大丈夫だよ。怖かったよね。」
「…うん…。」
フレアが優しく抱きしめてくれる。ありがとうの声も出ず、やっと動いた左手だけがフレアの背中に添えることができた。
「リン、無事で良かった。一体どこのどいつだ…この件はルディオにも言っておかないとな。」
「…さすが…ですね…。」
本当は、『こんな時に大槌を持ってきて、さすが頼れるお姉ちゃんですね』って言うつもりだったんだけど、こういう時は気の利いたことは言えないや。
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―――翌朝―――
昨日はガルネさんとフレアと一緒にMAP!で一夜を過ごした。店の外の掃除をしたいのに、あんなことがあったせいで、出入口の扉ですら開けるのにも少しの勇気がいる。
緊張した手でドアノブを掴み、そろ~っとほんの少しだけ扉を開ける。できた隙間から外の様子を伺って、今度はゆっくりと顔だけ出す。店先をぐるりと見渡して安全を確認してからやっと一歩踏み出せた。…当面の間はこの“儀式”を繰り返すことになりそう。
店先の掃除を終えてからちょっと気が進まないけど、犯人がいたイートインスペースの掃除を始める。あたしはカメラアイだからね、残念ながらあの場面をどうしても消去できない。
暗くて人物像ははっきりしないけど、イートインスペースのそばにある窓から中を覗いてる。
———思い起こしていると、フローラリアの暖かい風が、あたしを慰めるようにふんわりと包む。ショックな出来事の後でも、いつもと変わらない朝がやってきた。そのギャップに、昨日の出来事は夢だったんじゃないかって、自分を疑ってしまう。
そんな戸惑いを抱えて俯くと、視線の先に―――
「…?これは…?ハンカチ…?」
視線の先に、パステルカラーの水色のハンカチが落ちていた。…まさか、犯人が落として行ったんじゃ…。それを拾いあげると、ハンカチに付着している淡いベージュがかった粉末が目に入る。この色と粒子の大きさからすると…まさか小麦粉!?
「ん?何か書いてある…ミ…オ…ル…?」




