第14話 渡りに船、窮地にルディオ
きょとんとするご夫婦を見て鳩が豆鉄砲を食らったような顔のあたし。この世界には“地図”の概念がなければ“住所”の概念もないのか…!!
「えっ……えーっと……」
ど、どうしよう。慌てて言葉を探すけど、元の世界で当然にあったものをどうやって説明したら良いんだか全然わかんない…。焦りで汗が首筋を伝う。笑顔を保ってなんとか取り繕うとしたそのとき――
「随分と繁盛しているな。」
店内に響く威厳のある声。顔を上げると豪華なマントを羽織ったルディオ侯爵が立っていた。しかも、兵士も引き連れて!
「ルディオ侯爵!」
「これは侯爵様!」
ご夫婦がルディオ侯爵に頭を下げる中、あたしは無我夢中でカウンターを飛び出し渡りに船とばかりにルディオ侯爵に泣きつく。
「ルディオ侯爵!助けてください~~!お願いします~~!」
「ど、どうした?何かトラブルか?」
「予想以上にお客さまがいっぱいで、ピザをお客さまに届けたいんですけど、住所がなくて……この大行列だし、もうどうしたらいいのかわからなくて…、あの…配達を手伝っていただけませんか!?」
一瞬の沈黙。けれど、ルディオ侯爵は突拍子もないお願いを受け入れてくれた。
「はっはっは!なるほど。面白い!ならば兵を使おうではないか!」
振り返るやいなや、兵士たちに命じる。
「よし。客人の注文が済んだら1件ずつ名前と家の場所を聞くんだ。出来上がったピザを家まで責任をもって届けよ!温かい内にな。」
「御意!」
「お前は急いで城に戻り、部隊長に私からの命令を伝えよ。手が空いている兵士は街外れの鍛冶屋に来い、馬も5頭必要だと。」
「御意!」
「リンたちはピザ作りに専念するんだ。」
お客様を前にして的確な指示が飛ぶ。兵士の皆さんの迷いのない動きにあたしたちの士気も上がる。
「はい。ありがとうございます!フレア、頑張ろう!」
「…うん!」
「よし、じゃああたしはカウンターに立つよ。」
「えっガルネさん、良いんですか?」
「たくさんピザを食べさせてもらったからな。お安い御用さ。」
「ありがとうございます!助かります!」
その後は、ただひたすらピザを作りまくった。生地を広げて具を乗せて窯に入れてから、完成までに次のピザを用意する。
フレアは段々と火魔術の加減がわかってきたみたいで、ピザを複数枚同時に焼いても石窯の温度が下がらないし、目配せをするだけで焦げつかないように絶妙な火のコントロールをしてくれて心強い。
普段は黙々と槌を振って武器を鍛えてるガルネさんだけど、カウンターに立った時の姉御肌の接客がお客様からすごく好評だった。接客に強い人がいるとめちゃくちゃ安心する。正直このままMAP!で働き続けてほしいくらいの逸材。中には顔見知りの人もいたみたいで、何やら親し気に話してた。
ルディオ侯爵は、なんと外で待っているお客さんの対応までしてくれた。きっとあたしよりも忙しいはずなのに、ピザ屋のトラブルを優先してくださってくれてありがとうございます。むしろ小間使いさせて申し訳ございませんっ!
兵士の皆さんは整然とした動きであたしからピザを受け取ると颯爽とお客様の家まで配達してくれる。機動力に長けた馬も出動してくれたから、温かい内にお届けできて嬉しい。
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日が暮れた頃にやっと全てのピザの配達が完了。ピザ屋MAP!の初日を何とか切り抜けることができた。
「…どう?チラシの効果は絶大だったでしょ…」
「…絶大すぎだよ!死ぬかと思った。」
「…今日はもう何もできないな。」
お礼に兵士の皆さんの分のピザも作った後、片付けをする力も湧かないあたしたちは、ヘトヘトの身体を椅子に投げ出して口だけ動かしてる。このまま寝れちゃうわ。
「ご苦労だったな。開店初日は大成功だったと言えよう。」
「ルディオ侯爵、本当にありがとうございました!」
あたしは立ってペコリと頭を下げる。
「しかし、課題も見つかったな。まずは人員を増やす必要がある。ある程度の期間は兵士を貸すこともできるが、このままでは新しい兵務になりかねん。」
「そ、そうですね。配達用の人員を募集しようと思います。あと、配達の保温用に魔導鋼は使えませんか?」
「追加の魔導鋼か。…それは一度預からせてくれ。」
「別にいいじゃないか。魔導鋼が1つあれば保温用の薄い板は何枚も作れる。戦争に使うより余程良い使い道だろ。お前の兄上はまだ戦争をしたいだろうがな。」
「このピザ屋が新しい道なのか?ガルネッサ。」
「さあね。今日は成り行きだ。―――だけど依頼が来ない鍛冶屋を続けるほど生活に余裕はない。まぁリンが雇ってくれたらピザ屋も良いかもな。」
「まだリンに伝えていなかったのか?」
「………。」
ピリっとした雰囲気があたしたちを包む。あまり好きじゃないやつ。ガルネさんも普段とは違ってなんだかトゲのある言い方だけど…ルディオ侯爵もそれを理解しているような素振り…。フレアは恐がって“リン、何とかして”って目で訴えてる。
でもどういうことだろう?話の流れからすると、ガルネさんは鍛冶屋を辞めちゃうってこと?てか本当はガルネッサさんなの?
「あ、あの…今日はそろそろ休みませんか?みんなお疲れでしょうから。」
「そうだな。まだ片付けも残ってるしな。」
「うむ。私も城に戻って明日の兵の準備をする。」
「ルディオ侯爵、お見送りします。」
あたしはルディオ侯爵を見送りに一緒に外に出た。
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「リンよ、今日は本当にご苦労だったな。若いのに見事な働きぶりだ。ガルネとフレアとも統率が取れていて、城の兵にも違わぬ機敏な動きだったぞ。」
「ありがとうございます!でもあのタイミングでルディオ侯爵が来てくださらなかったらくれなかったらどうなっていたか、想像しただけで怖いです…。」
「初めての商いはわからないことばかりだ。だが店を持っただけではなく、持ち前の行動力で今日の困難を乗り越えたのだ。それが少しずつリンの力になるだろう。」
「…はい!これからも頑張ります!ピザも、地図も!」
「その意気だ。………ガルネッサは、リンにもフレアにも身の上の話をしていなかったのだな。」
「はい…。あたしは……何も知りませんでした…。」
「今はガルネッサのそばにいてやって欲しい。彼女は困っている者を捨て置けない性分だが、自分の寂しさや悲しさを素直に表に出せないのだ。」
「…何となくですが、あたしもそう思っていました。」
「だが今日は久しぶりに笑っているガルネッサを見た…。リンとフレアのことを本当の妹のように可愛がっているようだな。」
「あたしたちも、本当のお姉ちゃんだと思っています。」
「それを聞いて安心した。私は今日、つくづく実感したんだ。本当に必要なのは、リンたちのように純粋な気持ちを持って、がむしゃらに道を突き進んで行く人間の方なのだと。そして本当にリンたちが世界を変えてしまうかもしれない、と。」
珍しく声に力がないルディオ侯爵。ピザを買いに来てくれたお客様の何十倍、何百倍もの国民の意見を聞いて取捨選択を迫られる役目…あたしには到底背負えない。
「そろそろ地図の作成も本格的に取り掛かって欲しいと思っている。住所とやらの制定も王に進言するつもりだ。その方が配達業務もしやすいだろう。」
そう言ってルディオ侯爵は、お付きの兵士と一緒に馬に乗って颯爽と帰って行った。
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鍛冶屋の中に戻ると、フレアもガルネさんも黙々と片付けをしてた。でもさっきの重たい雰囲気はまだ消えてない。
「お、やっと戻ってきたな。もうそろそろ片付けが終わるぞ。」
「…こっちも」
「…あの、ガルネさん、さっきの話の詳細を聞かせてくれませんか?」
生意気かもだけど、ガルネさんを一人にさせたくない。初めて会った時に見せた悲しい目の原因を突き止めなきゃ。一緒の時間を過ごした今なら、何か力になれるかもしれない。いや、絶対なる。




