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朔見屋敷 6

 呪具は、現在使われていない小屋の床下にあるようだった。

 外から見ても屋根が破れていて、どう見ても修繕が必要だ。

 屋敷を購入してから引っ越すまで時間がなかったこともあり、手付かずのままになっていたらしい。

「中がかなり散乱しておりまして、足元が悪くなっております」

 榊が道案内をしながら、説明をする。

「かなりかび臭いな」

 中に入ると、泰時は顔をしかめ、手ぬぐいを取り出して鼻と口を覆う。

 人足は三名。泰時も含めて符は全員に渡してある。

「思ったより広いですね」

 杏珠も手ぬぐいで鼻をふさぎながら、足元を気にする。

 雨漏りがあったせいで、かなり中は傷んでいた。中には、前の家主が置き去りにしていった長持ちや机、腐った()()()、割れた陶器などがあって床が見えない。えたいのしれないキノコも生えている。

 かなり暗いので、ろうそくの明かりで確認しながらの作業だ。

「杏珠さまは、少し離れていてください」

「ですが」

「先に大物を撤去いたします。足場がこれでは、作業が出来ませんので」

 泰時の指示で、皆がもくもくと家具の類を外へと運び出し始めた。

 普通の貴族なら、後ろで見ているだけでもあり得ないのに、泰時は率先して手を動かす。その姿が、その場にいる者に勇気を与えているのだ。そうでなければ、いくら符があっても、こんな夜中に呪具を掘り出すなどという作業はしたくないだろう。

──素敵だな。

 杏珠は自ら汗をかく泰時の横顔を見つめる。

──この人が無慈悲で残忍だなんて。

 どちらかといえば、矢面に立ち、自ら泥をかぶることを厭わない、清廉な人柄のように見えた。

 もちろん人にはいろいろな顔がある。杏珠は泰時のことをまだ何も知らない。

 ただ、世間に噂されるような一面があるとしたら、それはそれが必要だったのではないかと思わせた。

──要するに天性の人たらしなのかも。

 いつの間にか泰時の側に立っている自分に気づいて、杏珠は苦笑する。正治も、左門も、そして、河静も泰時に対して好意的だった。はっきりはわからないが、皇帝である遠雷もそうなのかもしれない。

「杏珠さま、そろそろ穴を掘ります」

「わかりました」

 泰時に呼ばれ、杏珠は人足たちの間を抜け、かがむ。

 目を閉じ、探りながら、正確な位置を割り出し、棒で地面に印をつけた。

「二尺以上はあります。このあたり、陶器の欠片がいくつかあるので気を付けてください。大きなもの……壺のようなものに思います」

 呪いの対象がここにはないとはいえ、呪具を物理的に破壊するのは危険だ。

「最初は一気に掘り進めるぞ」

 泰時が鍬をいれたのを合図に、皆が掘っていく。

──陰気が濃くなっていく。思った以上に大きな呪いだわ。

 杏珠は作業を見守りながら、次第に顔が険しくなるのを意識した。

──こんな呪いを受けたら、一族郎党、滅びてしまうかも。それにしても誰がどうやって埋めたのだろう。

 掘るのがたいへんということは、当然、呪具を埋めた人間も同じはずだ。数人でやっても時間がかかるほどの深さ。

──ここに長時間いても不審に思われない人物よね。

 使用人だったにせよ、長時間、ここに閉じこもっていれば不審に思われるはずだ。それこそ、ここを建築する前から埋めてあるなら話は別だが。

 この小屋自体はどのくらいたっているのか。

 本宅である屋敷より古いということはないだろう。そうなると二十年はたっていなさそうだ。

──どちらにせよ、呪いの解析をすればわかることね。

 解析をすれば、誰が誰にかけた呪いなのか、いつ頃のものなのかまでわかるはずだ。

「杏珠さま」

 泰時に呼ばれ、杏珠は我に返った。

 ちょうど大人の太もも辺りまで来るくらいの大きな穴が開いた辺りで、陶器製の甕のようなもののふたがみえ、そこから黒い霧が吹きだしている。人足たちに動揺が走った。

「陰気です! 下がって」

 呪いそのものではない。ただの陰気だ。が、陰気は、人の恐怖を食らってさらに大きくなる。

 陰気を払えばいいのだが、呪物の術に影響を与えてはいけない。

「うわぁーっ!」

「杏珠さま!」


『闇よ。受肉せよ』


 杏珠は紙で折った人形を投げた。

 膨れ上がっていく陰気が人形に吸い込まれ、大きな蛇へと姿を変えていく。

「これは……」

「今です。泰時どの、七星剣を」

 杏珠の合図に弾かれたように、泰時は剣を抜いた。

「北天の神よ」

 泰時の声に応え、七つの星の光が刃に宿り、七星剣が発光する。

 とぐろを巻いた蛇は鎌首をもたげ、ゆらゆらと首を動かしてとびかかろうとしたのを待って、泰時は大きく跳ねた。

 そのまま大蛇の頭に刃を突き立てる。

「魔を滅せよ」

 剣がもう一度眩く煌めくと、やがて、大蛇は霧散した。


「さすがですね」

 七星剣の輝きが無くなると、再び辺りはろうそくの揺らめく光があるだけになった。

「お役に立ててよかったです。できれば、蛇はやめてほしかったですけれど」

 泰時は苦笑する。杏珠が陰気に蛇の形の実体を与えたことを言っているのだろう。

「手ごろなんですよ。下手に烏とかにしてしまうと、飛んで厄介ですし、人の形のものを斬るのはみたくないというか」

 杏珠は思わず頭を掻く。

「とりあえず泰時どのが強すぎるのはよくわかりました。呪物の浄化まではしていないと思いますが、辺りの空気がこんなに晴れ晴れとしたものになるとは、さすがですね」

 先程まで淀んでいた空気が流れて、冷たい外の空気が入ってきたように澄んでいる。

「強いのは私ではなく、この七星剣ですよ」

 泰時は七星剣に視線を落とし、丁寧に懐紙で拭いて鞘に戻した。

「では、掘り進めましょうか」

「ええ。あと少し頑張りましょう」

 小屋の外へと逃げた人足を呼び戻し、泰時たちは甕を丁寧に掘り起こし始めた。 

 


あらすじを若干変更しております。

詳細は活動報告にて

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