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混沌と混乱と狂熱  作者: 有機野菜
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高校一年、春のこと

春の陽気が気持ちいい、どこもかしこも桜の咲き誇る4月の頃。響は着慣れない制服のまま塾へと向かう。今日は榎本が特別に祝ってくれるということで、急いで自転車を走らせているのだ。午前だけの学校が終わった後、昼食すらもとらずに。


高校は無事に合格した。親も友人も先生も祝ってくれる中、想い人は「当然だ」などと言いながら「離れずにすんで良かった」と呟くなんて。その日は眠れないほど興奮したのは響だけの秘密だ。


「すみません、つきました!」


そこには既に瑠璃が待っていた。中高一貫校である瑠璃は制服に大きな変化もない。しいて言うなら、学年を表すネクタイのカラーが変わったぐらいか。自身は学ランからブレザーへと変わったこともあって、響は少しばかりガッカリした。塾で会う時はいつも私服であるにも関わらず。


「早いぐらいだ…さすがだな」

「通学時間の短さから選んだ学校だからな」

「それは、他の者には言わないほうがいいだろうな」

「瑠璃と榎本先生だけだっての」


彼が通っているのは、このあたりでは有名な進学校だ。レベルの高い教育を求めている生徒ばかりなので、その殆どが電車通学。中にはそれこそ一時間以上かけている者だっている。まさか「家が近いから」なんて理由で偏差値を10も上げた人間がいるなんて夢にも思わないだろう。


響はぐるりと辺りを見渡す。


「榎本先生は?」

「なんでもご馳走を用意してくれるとか」


ふぅんと相槌をうちながら畳にどかりと座る。静かに本を読んでいる瑠璃の横顔は、陽の光を浴びてキラキラと輝いて見えた。なんだか、何もかもが新鮮に見える気がする。


ふと瑠璃が見ているものが、本ではなく何かの冊子であると気づいた。


「それ高校の案内?」

「いや、バイトのマニュアル」

「バイトはじめんの?」


金銭に執着のない瑠璃が、と驚いた気持ちで見る。彼女はふうと溜息をつくも、どこか満足そうな表情をしていた。


「先生が紹介してくれたんだ。大学の資金はあいつらに頼りたくない」

「ああ、おまえ親が嫌いだもんな…」


瑠璃が「ああはなりたくない」とまで言った。それは嘘でも何でもないらしく、たびたび親から距離をとりたがる。私立の学校に通っているのは、世間的に裕福であることをアピールするためであって、瑠璃の希望ではないと聞いた時は目眩がしたものだった。


どちらかといえば家族が好きで、仲の良い響にとっては信じられないことだが、そういう家庭もあるのだろうと納得することにした。


「できれば家からも出たいからな。いつまでも叔母さんの世話になるわけにもな」


やっぱり一人暮らしを始めるつもりか、と響は頭の片隅で考える。瑠璃が高校卒業と同時に家を出るつもりなど、少し考えればわかることだった。


前までの響ならショックを受けていただろう。だけれど、それは半年前に卒業したことだ。一年ほど前に言われた「我儘を通すんならよ、それなりに努力する必要があんのよ!」という言葉は、彼の人生を前向きにさせてくれる。


「何故、お前はニヤニヤしているんだ」

「ニヤニヤなんてしてねぇって」


これを言ったら瑠璃はどう思うだろうかと響は考える。


この塾に通いだしてから全ての勉強が面白くて、自分の進路を迷い始めたこと。だからこそ瑠璃の側に行けるような大学から調べていること。そんな些細な理由で触れてみた大学の研究内容が、どれもこれも面白くて余計に困っていること。


教師は「友達のあとを追わずに、自分のしたい事を探しなさい」と言う。それは正論だと思う。だが「好きな人のあとを追いかける為に、自分のしたい事を探す」のは悪いことなのだろうか。


想像するだけして、言わずに胸の中にしまった。この話ができるのは、もっと後のことだと思うから。


今はもっと、目先のことを欲張ろう。


「瑠璃」

「なんだ?」

「この博物館でさ、人体の神秘ってテーマで展示やるんだってよ」

「これはなかなか興味深い」


差し出したポスターを食い入るように見つめる瑠璃に、これはイケるだろうなんて思う。ほんの少しだけ声が震えているのは、きっと気のせいだ。


「デートしてくれよ」


顔をあげて響を見たと思ったら、みるみるうちに顔面が赤くなる。白い瑠璃の肌は、今や熱を出したかのように赤い。


「で、でかける、だけ、だからなっ」


その言葉に狂喜乱舞する心臓を抑え込み、スマートフォンを取り出す。これは自然な流れじゃないかと、響は自分の脳内に住んでいる智将を褒め称えたくなった。ブラボー。


「じゃあ連絡先、交換しよーぜ?」


おずおずと取り出されたスマートフォンに、脳内の響が「完全勝利」の旗を掲げて雄叫びをあげていた。まさに完璧。


暫くしてご馳走を運んできた榎本は、顔を赤くしている教え子二人の様子から色々と察して微笑んだ。勉強、部活、バイト、恋愛、二人にとって掛け替えのない経験になるようにと願いながら。

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