中学一年、冬のこと
冬は日が短い。17時には辺りが暗くなるし、体が震えるほど寒くなる。夏のうだるような暑さの全てを忘れてしまうほどの冷たさだ。
そんな寒空の下、誰もいない公園に響と瑠璃は居た。錆びついたブランコをベンチ代わりにロォソンで購入した肉まんを2つに分ける。
「テスト、おつかれさま」
「おつかれさーん」
普段から勉強していることもあってテストで躓くことはなかったが、それでも難所には違いなく。二人は互いの健闘を称え合っていた。二人とも成績は良く実はスパルタな榎本が手放しで褒めるぐらいだった。
寒い中で食べる肉まんは格別に美味しい。苦労のあとのご褒美なら尚更に。
「好きに勉強してるのに、テストで結果が出るというのも不思議なものだ」
瑠璃のその言葉に響は肉まんを食べる手を止めた。足首を動かし、ブランコをゆらゆらと動かし始める。
「いつも、なんの勉強してんだよ、アレ」
突拍子もない問いに瑠璃は首を傾げる。響は己の言葉を補足するように、ぽつぽつと言葉を紡いだ。
「学校でやるような内容じゃない時あるよな。学校の授業で聞いたことねぇな、てやつ」
合点がいったのだろう、瑠璃はああと頷いた。自身が普段は榎本から何を教わっているのか、もっと詳しく知りたいということだろう。特に隠す必要もないので素直に打ち明けた。
「医学だ」
「いがく?」
「私は医者になりたいんだ」
すっかり肉まんを食べ終え、ブランコを強めに漕ぎ出す。瑠璃の頬を、冬の冷たい空気がさした。その寒さで恥ずかしい気持ちを誤魔化しながら、なんてことないように言う。
「私の親が、ろくでもなくて。はっきり言って、ネグレクトだ!どっちも浮気でな!叔母さんがいなかったら!私はろくに育たなかったぞ!私はな、ああは嫌だと、手に職を持ちたくて!」
ようは崇高な目的でもって医者になりたかった訳ではないと言いたいのだろう。だが響は、それが全てではないと思った。短い付き合いだけれど、瑠璃の根は優しいことを知っている。響もまたブランコを漕ぎ出す。
「だけど、誰か治したいとか、医学に興味あるとか、あったんだろ!」
「…あるつもりだ!」
夜の寒々しい公園で二人、ブランコを漕ぐ。まだ先の未来について半ば叫ぶように打ち明けた。さらけ出した耳が冷えて痛くなるのにも構わず。
「オレ!それさ!すげーって思う!」
「そうだろうか!?」
「だってオレ!まだ!先の事とか決まってねーし!」
「そうか!」
最後にブランコからジャンプして着地する。二人は寒い寒いと喚きながら家路を急いだ。
その日は珍しく、響しか居なかった。瑠璃は学校の用事とやらで休んでいる。これを好機にと響は先日のことを話しだした。
「この前、瑠璃が医者になりたいって話をきいたんですけど。オレ、全然決まってなくて。もっと色々考えたほうが良いのかなて思ったんですよね」
榎本は意外にも答えに少しつまった。そして採点する手を止め、優しく微笑んだ。
「そうですね。目標があることは良いことです」
「目標かあ…」
何になろうと考える響に、榎本は「私の場合は」と前置きしてから話しだした。
「私が教師になろうと思ったのは18の頃でした」
「え、そんな後だったんですか?」
「恥ずかしい話ですが、大学を選ぶ際に決めたのですよ」
榎本の顔は羞恥心が浮かんでいるようには見えなかった。むしろ、どこか楽しそうにも見える。
「君はまだ中学生です。将来を決めるのはもっと後でもいいでしょう。高校になれば出来ることも増えて、世界も広がります。勉強、部活、バイト、恋愛、今はやりたいことを優先しなさい。他人に迷惑をかけない範囲で」
恋愛という言葉に響はぎくりと肩を強張らせた。だが、すぐなんとも無い顔で榎本に向かって頷く。将来のことを考えるのは、できるかぎり先延ばしにした。