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混沌と混乱と狂熱  作者: 有機野菜
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中学一年、夏のこと

夏休みになった。カンカンに照りつける日差しの暑さといったら、なんてことない水さえ美味しく感じるほど。じっとりとした湿気、煩わしいセミの声、そんなものを振り切るように自転車を走らせる。


「あっちぃぃぃぃぃ」


響はだらだらと流れる汗を拭いながら目的地に辿り着く。そこには既に瑠璃が木陰で読書をしていた。自転車を置いて、急いで駆け寄る。


「ワリィ、待たせた!」

「そこまで待ってないから気にするな」

「おう。早く中に入ろうぜ」

「汗を拭うのが先だ。冷えるぞ」


瑠璃は鞄の中からタオルを取り出して響の額にあてる。どこかの粗品であろう会社名が記載されたタオルは、ひんやりとして気持ちが良かった。


「うえー。めっちゃ気持ちいい」

「凍らせたペットボトルを包んでいたタオルだ。ないよりはマシだろう?」

「その手があったか…。どうしてずっと気づかなかったんだ…。オレも次から道場もってこ…」


響の脳裏によぎるのは、古くて空調もろくに整っていない弓道場だ。夏になると酷い暑さになるので、普通の水筒だと中身が生温くなるのが憂鬱である。タオルも熱を持っているので、できれば使いたくない。その解決方法がこんな簡単なことだったとは。


瑠璃に感謝しながら汗を拭う。まだ朝だと言うのに無くしてしまったやる気は、何時の間にか元に戻っていた。


「そろそろ行くか」


目の前にあるのは、この街の図書館。足を一歩踏み入れればひやりとした冷気があたり、その快適さに二人で大きく伸びをする。響は振り返った。


「それで、瑠璃は決まったか?」

「川の汚れが人間にどんな影響を与えるか、はどうだ?」

「じゃあ昔の工場…イギリスとかの歴史も調べてみようぜ」

「なるほど。それは思いつかなかった」


瑠璃は鞄から取り出したメモ帳にイギリスの水質となぐり書きをする。立ったままでは上手く書けるわけもなく、がたがたと歪んだ字になった。


「アンタが協力してくれて助かった。あの理科の先生、やっぱ適当だわ。自由研究のレポートだせ、て言うだけなんだぜ。5ページ以上と」

「こちらもだ。気になる歴史をレポートとしてまとめろとは大雑把が過ぎる。お前が居てくれなければ、どこから手を付ければいいか分からなかった」

「そこは榎本先生に感謝だよな」

「まったくだ」


学生達の小さな障害「夏休みの宿題」はドリルよりも自由研究のほうが難しい。調べる手間以上に、テーマを決めるという難所がある。テーマを絞ってくれれば楽なのに、完全な「自由」だと生徒達は困り果てる。全国の奥様が「夕飯のリクエストになんでもいいが一番困る」とぼやくのと同じだった。


何を調べるか分からず途方にくれていた二人は、当然のように榎本に相談した。そこで出された提案が「二人の共同研究にしたらどうか」ということ。これが見事にあたり、二人はなんとか自由研究へとっかかることが出来たというわけだ。


「じゃ、本を探しに行こうぜ」

「私が水質の本を探すから、お前は歴史の本を探してくれ」

「おう」


響はアウトドア派ではあったが、読書が嫌いなわけではなかった。むしろ好きだ。どちらかと言えば軍記物語や英雄譚が好きだったので、歴史書を読む機会が多かったが。


公害の歴史など詳しく調べたことはないが、当時の状況などを知るためにチラリと読み漁ったことはある。それがこうして役に立つ日が来るなど思いもしなかったが、悪い気分ではない。むしろ誇らしい。いつも肩を並べるだけの瑠璃に頼られるという事実は、響の自尊心を満たしてくれるようだった。


「思ったより時間がかかっちまったな」


課題の目処がたった時には既に夕方になっていた。二人は図書館外に備え付けられていたベンチに座り、暮れなずむ空をじぃと見ながら喉を潤した。瑠璃が持ってきたというお茶を二人で回し飲む。


ふと、響は視線を感じて横を見る。瑠璃が目を煌めかせながら響を見て、ふわっと笑った。


「綺麗なものだな」


瑠璃はそれだけ言って立ち上がる。駐輪場へと歩いていく白い背を眺めながら、響はぐっと胸元をおさえた。心臓がびっくりするほどドキドキと鳴っている。立ち上がれないほどに。


「響?どうした?」

「なんでもねぇ!」


慌てて立ち上がり、自身も駐輪場へと向かう。きっとこれは夏の暑さのせいだと己に嘘をつきながら。

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