中学一年、春のこと
この話では諸々の名称をぼかして書いてます。
結果から言うなら、響は榎本塾と相性が良かった。もともと勉強が好きだったのと飲み込みが早かったことが、生徒の興味にあわせてくれる榎本の教育方針とうまく噛み合った。瑠璃という友人が出来たこともあって、今では塾のある日が楽しみになるぐらいに。
5月の中旬…初めての中間テスト。いつもは成績など二の次と言わんばかりに、好き勝手な勉強をしている榎本塾だが、流石にテストは違うらしい。土曜日10時に入れられた臨時のコマ、やはり一緒だった瑠璃と座卓に齧りついた。
響は理科の知識を増やしたい。学校の教師はあまり好きでなかった。
「お前のとこの理科教師は適当が過ぎやしないか?このプリント、全く理解できなかった。榎本先生が苦笑いするなどレアだぞ。あとで美奈子と由美にも報告してやろう」
美奈子と由美は、瑠璃の学友で、同じくこの塾に通う幼馴染だ。中学校に上がった際に別の曜日になってしまったが、二人とも未だこの塾に通っているらしい。塾では顔を合わせないだけで、学校では同じクラスなのだそうで。さぞや仲が良いのだろう。
響はつまらなそうに、ふぅんと相槌をうつ。彼にも幼馴染兼学友はいるが、瑠璃にそういった存在がいるのは、なんとなく面白くない。
「お前のとこは良いのかよ?」
「なかなか面白い話をするぞ。部活も今はなかなか楽しい」
そこで榎本が手を叩く。二人が居住まいを正してノートに向かうと、榎本がくすくすと笑った。
個別指導で個人経営の塾ともなれば自由なもので、決まった勉強時間も休憩時間も存在しない。思い思いに与えられた教材をこなし、疲れたら手を止めて軽い雑談をする。それがまた二人にとって丁度良かった。
「二人とも、それが終わったら昼食にしてくださいね」
そう言われては俄然気合がはいるというもの。育ち盛りはお腹も空きやすかった。
塾があるのは住宅街だが、少し歩くと大通りに出る。そこにはロォソンなるコンビニがあった。昼食代をポケットに入れた響と瑠璃は二人並んでどれを買おうか真剣に悩む。
「からあげチャンの新味さ、旨辛ガーリックは卑怯だろ」
「…割り勘で出せるか?」
「出す出す。フツーに出す」
「増量キャンペーン中で良かった。最後の一個をかけてお前と争うとこだった」
食べ盛り二人には心もとない量の昼食をもって、二人でのんびり榎本塾への家路を歩く。初夏の気配がする5月の初旬、買ったパペコを広げる瑠璃に「そろそろ衣替えだっけか」なんて思い出す。
「その食べ方はねーだろ!」
一人で両方食べるのはいい。だが両手にパペコをもって、交互に吸うのはちょっと理解できない。どちらも同じチョココーヒーなのに、なんだか滑稽な姿だ。
「なんだ欲しいのか?」
「違ぇよ。つーか面白いなソレ」
右手のパペコを吸い、左手のパペコを吸う。いったいなんの意味があるのかと腹を抱えて笑う響の目の前に、ずいっと左手のパペコが差し出された。
「やる」
肩の辺りまで減ったパペコを受け取る。
「誰にでもこういう事をすんなよな?」
「しない。おまえは平気だからしただけだ」
人の口がついたものなど、嫌な者は絶対に受け取らない。その点、響はあまり気にしない性格をしていた。仲の良い相手ならば尚更に。
吸口が僅かに齧られたソレを咥えれば、慣れ親しんだチョココーヒーの味がした。初夏とはいえまだ肌寒いはずなのに、響の頬は驚くほどに熱い。
「レタス太郎、食う?」
「食べる」
テンションが上がってしまって計画性もなしに購入した、大きめのレタス太郎。これを瑠璃と分けられると思うと自然に胸が弾んでしまう。レタス太郎を食べた喉は思ったよりもカラカラに乾いていたが、それをパペコで潤した。火照った響の体には丁度良かった。