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混沌と混乱と狂熱  作者: 有機野菜
14/15

高校三年、夏のこと

高校3年生になって暫く経った。校庭に咲き誇っていた桜は全て散り、ゴールデンウィークから少し経った頃。進学校らしく、誰もかれもが有名な大学の受験に躍起になっていた。


響といえば、瑠璃との厳正なる審判のもとで受験する大学を決めた。それも3つほどあるが、どれに合格しても満足いく結果になると思っている。


「学部の傾向がバラバラなのが心配されましたね」

「それでも担任は受験校を変えろとは言わなかったでしょう?」

「はい。勉強をサボらなければ、どの大学でも平気だと」


今日は瑠璃が遅れるということで、先に塾へ来ていた響は榎本と今後のことについて話していた。同棲する事はどちらの家族にも、榎本にも話してある。もっとも、瑠璃の家族は同性の友達とルームシェアするのだと勘違いしているようだったが。


二人とも大学のレベルは妥協しなかった事もあって、榎本は特に反対しなかった。むしろ、一人より二人で住んだほうが良いだろうと考えて後押ししたぐらいだ。


「学部の傾向こそバラバラですが、君の興味から外れている分野はありません。私もよくここまで調べたものだと感心しました。ただ、住む場所はいくらか妥協する必要がありそうですね」

「何処であっても医大の近くに住んで、オレが原付バイクで通学する予定です。中古車を瑠璃の叔母さんがくれるって言うんで」

「彼女だけが最後まで案じてくれましたか」


榎本は困ったように笑う。彼女も瑠璃の取り巻く環境はいくらか把握していた。


瑠璃の叔母は妊娠が難しいと宣告されて婚約者と別れたことがあり、いつも姪の瑠璃を己の娘のように可愛がっていた。瑠璃はそんな彼女に恋人ができた時、誰よりも喜び、同時に叔母から離れようと決心していたのだ。叔母は、そんな瑠璃の気持ちに気付いていたのだろう。


同棲のことも叔母は正確に把握していた。そして、彼女もまた誰よりも瑠璃を祝福していた。


榎本にはそれよりも気になることが他にある。二人が共同生活をはじめて上手くいくかどうか、という点だ。今はどんなに愛し合っていても、ふとした拍子に駄目になる事がある。


そうなった時にこの選択を後悔しないかが不安だ。若いということは、恋に強い憧れを抱いているものなのだから。


「君は本当に瑠璃が好きですね」


ふと出た言葉は、そんな榎本の心配を凝縮したものだった。響はそんな想いなど一つも理解していなかった。それは良い意味で。


「好き、そうですね、好きです。だけど、なんか最近、よく分からなくて」

「分からない?」

「好きですよ!?でも違うっつーか。中学生の時は離れてたら不安っつーか、好きな事に必死だったなと思うんです。今はそういうの無くて。説明が難しいんですけど」


榎本は思わず大声で笑ってしまった。そのことに響はぎょっとしたので、すみませんと謝りながら手を振る。榎本の心配が杞憂だったなんて、誰が思うだろうか。


「わかりますよ。わかりました。そういう事でしたか」

「はぁ…」


瑠璃の愚痴によれば、まだキス止まりなのに。二人は『好きでいることが普通になってしまった』のだ。それは例えば、幼い頃から親しんできた食べ物のように。そこにあるのが当然で、それを好きでいるのが当たり前で、疑問に思うことも忘れてしまった。そういうレベルの話なのだと。


「浮気でもしなければ、君達が別れることなど無いでしょうね」

「しませんよ!?」


しないだろうなと榎本もなんとなく思う。それは信頼というよりは、二人の性格では無理だろうなという諦めのような気持ちに近かった。


塾の後、響と瑠璃は二人でのんびり帰路を歩く。気温はだいぶ暖かくなってきたものの、夜はまだ肌寒かった。


「もう夏になっちまうんだなぁ」


一年をだいぶ早く感じてしまう。告白してから付き合って、ここまで来るのに色々とあったと思うのに。終わってしまえば、全てが一瞬だった。そしてそれは、きっとこれからも。


「響」

「んー?」

「大学、楽しみか?」

「おう。まだ受験もしてねーのに楽しみ」


瑠璃はふと足を止める。そして響をじっと見て、おずおずと口を開いた。


「私も楽しみだ。楽しみになった」

「そうか?」


いつもズケズケとものを言うのに、少し言い淀むことがある。それは恥ずかしい時なのだと知ったのは、わりと最近の話だ。


「私にとって大学は、医者になるための通過点にしか過ぎなかった。興味のある研究をしていれば、どの大学でも良かった。だが、お前が一緒に住むと言ってくれて。一緒に大学を選んで。なんだ、その、楽しかった。大学に通うのも。お前と住むのも。今から楽しみなんだ。だから、ありがとう」


すました顔が多いのに、恥ずかしがる時には少し目を伏せるところ。そこもまた愛おしくて。響は好きだと何度も思うのだ。頭で思わなくても、心はそう感じている。


「オレも」

「…ん」

「オレも瑠璃が好きになってから、色んなことを頑張るようになって。すっげー楽しいから。サンキューな」


二人で内緒話を打ち明けあったような顔で笑い合って、そして歩き出す。今後のことを話し合うのは楽しいことばかりだった。

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