高校二年、初夏のこと
二年生の夏直前。テスト前ということで、いつもは休みの土曜日を費やして塾にきていた。昼食を跨ぐということで、いつものロォソンで昼食を買う。コンビニ弁当にからあげチャンを付けたが、これで足りるか怪しい。響はそんなことを思いながらホカホカの弁当に手を伸ばした。
「やる」
瑠璃が差し出したのは、ロォソンの新しいケーキ。どっしりとしたクリームたっぷりで、なんとも美味しそうな見た目をしている。
「おい、これ、いいのかよ?」
「二個入りだからな。一個やる」
「サンキュ」
そう言う瑠璃はきっと気がついていない。食べ物を分け合ったことは何度もあるけれど”二個入りの物をわざわざ買って分けたこと”は無いことを。そのことを知っているのは響だけで、きっと榎本すら知らないのだ。それは些細な、だけど優越感に浸れるような秘密。
「なんだ、ニヤニヤして」
「今日も好きだなと思ってな」
「ばっ…!お前は!!」
ぷいっとそっぽを向く瑠璃の横顔は赤くて、やっぱり好きだと思う。
付きあってから知ったことは、意外とあった。好きな物はできるだけ共有したいこと。ファッションセンスに自信がないから響の意見を素直にきくこと。どんなに仲良くてもゲームでは容赦なく、恋人補正なんて存在しないこと。でも、夜通し会話をしても怒らないのは響にだけだということ。
色褪せることなく好きになる。ドキドキする事は少なくなったけれど、嫌いになることだけは考えられない。
「なんつーのかな、こういうの。幸せっつーか」
瑠璃は聞き取りづらい程の小さな声で呟いた。
「私も幸せなんだと思う」
時々こうやって素直にデレてくると、ますます手放せなくなる。忘れていたはずのドキドキが蘇った。
「おまえほんと」
赤くなった顔を手で扇ぐ。付き合い自体はもう五年も経つのに瑠璃に対する免疫力はなかなか上がらなかった。
塾から帰る時、分かれ道まで自転車をひいて歩く。他愛ない話をしたり、夜にゲームはするかなんて打ち合わせを軽くする。ふと瑠璃がそういえばと声をあげた。
「秋に進路相談をすると言われたな」
「あー、オレもだ」
「大学もそろそろ考えなくては」
思案する瑠璃に響はなぁと声をかける。
「提案なんだけどよ」
響はわずかな勇気を振り絞る。前々からひそかに計画していたことだったけれど、打ち明けるとなると少し恥ずかしい。
「おまえと同じ大学か、近くのとこに行きてぇなって」
「何故だ?私が行きたいのは地方にある大学で」
台詞の途中で気づいたのだろう、瑠璃が地方の大学へ行ってしまうと離れ離れになることを。やっと恋人になれたのに二年後には別れるか、遠距離恋愛をしなければならない現実に、足元がぐらりと揺らいだ。
響はそんな瑠璃の顔に唇をよせる。自転車がバランスを崩して倒れそうになるのを、なんとか腕の力で引き止めながら。
「なあ」
「なんだ」
「一緒に暮らそうぜ」
瑠璃が顔をあげる。響は妙に満足げな笑顔を浮かべていた。
「オレが譲れねぇことがあるとしたら、瑠璃だから」
「お前の将来には迷惑がかからないだろうか」
「あるかよ。ちゃんと自分の納得いく道を選ぶ」
不確かな未来よりも、確実な今を。ここで瑠璃を選ばないのは絶対に後悔すると確信しているなら、手を伸ばさない理由などない。
「おまえ、私が好きだな」
「今更かよ?」
「私も、好きだ」
まだ大人になりきれていない、高校生が二人。人生を左右するような事を決めた日のこと。