高校一年、夏のこと
早いもので、夏の暑さがすぐそこに迫っていた。
響はテスト最終日、クラスメイトに誘われてゲームセンターに遊びに行くことになった。入学式直後はクラス全体が緊張した雰囲気だったが、今ではそれもだいぶ解れている。こうやって遊びに行く事もそれなりに増えつつあった。
近所のファミレスで食事をとりながら喋る。あのテストはこうだったなんて真面目な話から、昨日みたテレビの話、流行っている漫画の話と。高校生は多感なので話題はころころと変わる。一人が「そういえば」とまた話題を変えた。
「響さぁ、あれ本当なの?」
「どれだよ」
「内田さんフったて話」
その瞬間、周りから「はぁ!?」だの「マジかよ!」なんて言葉が飛び出る。内田なる少女は、クラスでも特別に可愛い少女だった。化粧なる魔術を除いても、愛らしい顔立ちをしている。性格も明るくて男子に人気だった。その子をフったなんて…と非難の眼差しを浴びると、少しいたたまれない。恥じることは何も無いが。
「中学の時から好きなヤツがいてよ」
「ええ!?彼女かよ!」
「これだからモテる男は!」
脇腹を突いてきた男子が「かてぇ!突き指したかと思った!」と騒ぐのを聞きながら、どうしたもんかと響は悩む。モテるもなにも、自分から告白したのだが。
内田という少女にも話した内容を繰り返し説明する。できるだけ正直に。
「卒業前に告白したんだけどよ。学校も違うから、少しだけ悩ませてくれって言われてな。だから、まあ、一応はオレの片思い」
「ええ!?お前どんだけ待つんだよ!俺だったら絶対に内田さんに変えるって!」
変えるとは随分な言いようだと、そっと周りを見る。近くにクラスメートの女子でも座っていたら大変なことになるからだ。幸いにも、自分達以外に同じ学校の生徒はいない。ほっと安堵する。
響は言葉を続ける。これを笑うような人だったら付き合いを控えようと思いながら。
「オレぁ、告白するのに三年もかけたんだよ。アイツが好きだって認めたくなくて、ダチでいたほうが楽だって。だけど耐えられなかったんだ。それが卒業間際。だからな、オレが三年もかけた分、返事も三年待つって決めてんだよ」
周りの男子達はごくりと唾を飲み込む。そしてすぐ響の肩をばんばんと叩いて、また「かてぇ」と呟いた。
「お前ほんとスゲーよ。そんなの普通できねぇし」
「三年待つとか俺たち卒業してんじゃん」
男子達は口々に「応援する」「頑張れ」などと声をかけてくれる。(モテ男が一人減ったぜ、やったぁ)という喜びが無かったわけではないが、純粋に響の恋が成就してくれればいいと思っていた。
「響さぁ、片思いで辛くねぇの?」
心配そうな顔でそう言われると、困ってしまう。辛いのは中学生の時だった。今はむしろ楽しく日々を過ごしている。
「脈はあるからな。今も連絡とかとってるし」
「はぁ!?なんだよそれ!」
「俺の純情を弄んだのね!?」
「モテ男は滅べー!」
そんな事を言い合いながらも、笑顔で互いを小突きあう。いい友人に恵まれてよかったと思いながら。
ゲームセンターからの帰り道、辺りが暗くなりはじめた頃、響はスマホが震えているのに気づく。そこには瑠璃からのメッセージが。珍しいと思いながらも、喜びでドキドキする胸をおさえてメッセージを見る。
『三年以上かけるかもしれない。先に謝っておく』
簡潔なその言葉を見て、しばし考えて、響はその場で蹲った。
「居たのかよ…居たのかよ!!!」
そういえばと思い出す。クラスメートの女子がいないかと辺りを見回した時、ちらっと瑠璃と同じ制服の集団がいるとは思った。だが、まさかその集団に混じって居ただなんて誰が思うだろうか。
「変なこと言ってなかったよな?」
不安になりながら家に帰る響は、知らない。瑠璃が嬉しさと恥ずかしさからベッドの上を転がり回り、なんてメッセージを打とうか延々と悩んでいたことなど。




