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9 姫MATCH!②

「はい、どなたかしら?」


 内側から応じたのは、女性らしい口調に反して野太い男声だった。


「ボク。入るよ?」


 端的に答えて、夕莉は了承を得ずに早々に扉を開く。衣装部屋の中には、三人の人物が居た。内二人には見覚えがある。被服部の部長と、副部長だ。やたらにガタイの良いでかい方が部長で三年の蝶野(ちょうの)。あまり特徴のない気弱そうな方が二年、副部長の茂木(もぎ)だ。


「あーら、ユーリちゃんじゃないのぉ。どうしたのぉ? ユーリちゃんも衣装を見立てて欲しいのかしら?」


 先程の声の主は、蝶野の方だった。二メートル近い筋肉質の巨躯から出る、(たお)やかな仕草。実にミスマッチで、初めて見た時は怖気立ったものだが、流石にもう慣れた。


(マンガとかでもよく見るけど、美容系のキャラって何でオカマが多いんだろ)「ううん、ボクは挑戦者に会いにきただけ。だって、《《後輩》》になるかもしれないし、挨拶しておかなきゃでしょ?」


 それらしいことを述べながら、夕莉は見覚えのない三人目へと視線を流す。――成程、姫に立候補するだけあって、綺麗な容貌をした少年だった。

 艶のある真っ直ぐな黒髪に、カラコンだろうか? 深い海を思わせる、青い瞳。背の高い、凛とした佇まいの美人だ。自分とも陽ともキャラは被ってはいないようだが、そんなことは関係ない。――こいつを、勝たせてはならない。


「キミが挑戦者? 知ってると思うけど、ボクは二年の棗 夕莉。よろしくね?」


 内心の敵意を隠して、夕莉はニッコリと可憐に笑み掛けた。一瞬、相手の青い瞳に探るような鋭い光が過ぎる。だが、それもすぐに消え失せ、向こうも負けじと花が綻ぶような笑みを返してきた。


「初めまして、僕は一年の冬月 朔夜と申します。先輩のご活躍は、いつも遠席から窺っておりました。不束者ですが、どうぞよろしくお願い致します」

「うん、よろしくね~」


 赤と青の瞳が、火花を散らして交錯する。


(……ふん、胡散臭い奴)


 それが、夕莉の受けた朔夜の印象だった。自分も似たタイプだから分かる。――こいつは絶対、腹黒だ。

 それにしても、こんなに目立つ容姿の一年、居ただろうか。編入生とは聞いていないから、これまで上手いこと隠れていたらしい。

 ちらり、と視線を巡らせ、夕莉は茂木が手にした数枚の布に目を向けた。色とりどりの和柄の帯だ。それから、彼らの目の前に掛けられた、衣装候補と思しきもの――。


「着物にするの?」

「ええ。サクヤちゃん、とっても綺麗な黒髪だから、和風が合うわよねって。上背もあるし、スラっとしたシルエットの方が絶対映えるわよ! 長髪のウィッグを着けたら、日本人形みたいになりそうでしょ!」


 ウキウキと目を輝かせて、蝶野が説明してくれる。


「瞳の色に合わせて青い着物がいいかなと思うのだけど、帯を紫にするか黄色にするかで迷っているのよね。髪も結い上げて飾りを付けるか、垂らしたままにするか……どれも似合いそうだから、迷っちゃうわね!」

「ふぅん……黄色はハルくんの色だから、紫にすれば?」

「あら、やっぱりそう思う? じゃあ、そうしようかしら」


 今度はどの紫の帯にしようかと、着物に当てて見比べ始めた彼らを尻目に、夕莉は更に視線を床へと転じた。そこには、履物の候補もいくつか並べられている。それを見るや、ひっそりと口元を吊り上げ、その内の一つを手に取った。皆の視線が着物の方に向いているのを確認してから、こっそり細工を施す。その後、何気無い風を装って、彼らの前にそれを示した。


「ねぇ、下駄はこれが良いんじゃない? 黒塗りに、紫の鼻緒の」



   ◆◇◆



「さぁ、始まりました! 姫MATCH! 司会を務めますのは、私、放送部三年、益口(ますぐち) 翔平(しょうへい)! ……と、ゲストに元カオル姫こと、三年の橘 薫さんにおいで頂きました!」


 体育館内に歓声が湧き上がる。「カオル姫~!」と未だに熱烈に呼ぶ往年のファンに応えて、緑の短髪の青年が手を振り、ステージに登場した。半袖から覗く、立派な上腕二頭筋。シャツの上からでも分かる程の、胸筋の盛り上がり。褐色肌に白い歯がやたら眩しく輝く、精悍な顔立ちのイケメンだった。

 雅やかな印象の名前に反し、実に力強い存在感を有している。


「おいおい、オレはもう姫じゃねーって! 誰だぁ? 姫って呼んだ奴ぅ! 今のオレが姫とか、似合わな過ぎてギャグにしかなんねーだろぉ!?」


 そうツッコミつつも、顔には人懐っこい爽やかな笑みが浮かんでいる。と、ここで客席から質問が飛んできた。


「ユーリ姫は~!?」

「ユーリ姫は今回お休みです! 姫MATCHですから、他の姫の関与はあまり好ましくないということで、別室で待機してもらっています」

「え~っ」


 益口と名乗った茶髪のチャラそうな司会者の説明に、客席で不満の声が沸いた。想定内のことなので、そちらはさらりと無視して、益口は改めてゲストに話し掛ける。


「いやぁ、橘さん、今回の姫MATCH、どう思いますか? 我が校創始以来、まだ片手で数える程しか開催されていない、異例のイベントとなりますが!」

「姫の座を賭けた、血湧き肉躍る、熱き漢達のバトル! 燃えるよなッ!! オレも任期中にやりたかったぜぇ!!」

「……たぶん、橘さんが想像しているようなのとは違うと思いますが」

「そうなのか?」

「ええ、目の前のこれをご覧下さい! 皆さんももうお気付きのことと思いますが!」


 パッと、ライトが焚かれた。ステージから観客席側に延びる、細長いランウェイ。可動式で普段はステージ下に収納されている特殊な設備だ。


「これから、現姫君ことハル姫と、挑戦者の方には女装でそれぞれこのランウェイを歩いて頂きます! 端まで行きましたら自由なアピールタイムを挟み、最終的に皆様には御手元の端末にて、より姫に相応しいと思った方に投票をしてもらいます! 結果は、即時後ろのスクリーンに表示されます!」

「ふむふむ! ランウェイの上でファッションショーバトルだな!?」

「まぁ、要はそんな感じです! さて、姫君方にご登場頂く前に、まずは女装前の普段のお姿を写真でお見せ致しましょう!」


 今度は、ステージの壁面に下げられたスクリーンに、陽と朔夜の制服の顔写真が映し出された。朔夜のそれは、昨日までの眼鏡に前髪の陰キャスタイルだ。入学時に撮られたクラスの記念撮影からの切り抜きだろうか。


「おおっと!? こちらが挑戦者の冬月 朔夜さんですか!? これは……予想外ですねぇ。とても自分から姫に立候補するとは思えないイメージですが……大丈夫なのでしょうか?」

「何!? まさか、誰かに強要されたのか!? 誰だそんなことをした奴は!! 許さん!!」

「ああ、いえ、落ち着いて下さい、橘さん! 情報によると、確かに本人から挑戦を突き付けたそうです」

「そうか! なら良し!」

「そして、ハル姫はやはり男装でも可愛らしいですねぇ。このキュートなプリンセスに自ら挑むとは……一体、冬月さんはどんな女装姿に変身してくるのでしょうか!? 楽しみですね! それでは、呼んでみましょう! まずは我らが姫君、一年、日向 陽くん!」

「わぁあー~っ!! ハル姫ぇええ!!」


 沸き立つ会場。コールに応じて、陽は舞台袖のカーテンから、そっと表に滑り出た。スポットライトの照明に照らされたその姿に、観衆からどよめきが上がる。


「えっ!? ハ、ハル姫!?」

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