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8 姫MATCH!①

 我ながら取引の流れが強引過ぎたな……と思ったので、第5話を改稿致しました。それに合わせて、第6話も少し修正しております。(あと、通学鞄の存在を失念していたので、描写を追加しておきました笑)

 大筋のストーリーは変わらないので、読み直しの必要は無いかと思われますが、初稿と変化を見比べたい方は、よろしければご確認くださいませ!

 公開しながらの大幅な改稿、大変ご迷惑お掛け致しました。(この文章は、暫くしたら削除します)

 翌日、陽はいつも通りに起きて、いつも通りに登校した。いつも通り校舎の階段で夕莉と別れ、いつも通り自身の教室へと向かった。――いつも通りが崩れたのは、朔夜が登場してからのことだった。

 ざわめきが廊下を駆け抜けた。興奮と困惑の入り交じった熱量の和声が響き渡り、それはすぐに教室内にまで到達した。その中心に、彼が存在した。


(冬月……!)


 朔夜は眼鏡をしていなかった。更に、顔の半分を覆い隠していた長い前髪もさっぱりと短くなっている。遮るもののない素顔の彼は中性的で美しく、幻想的な青い瞳は見る者の目を引いた。


「誰だ?」

「あんな美人、うちに居たか?」

「おい、あの席……まさか、冬月!?」


 朔夜は自席に荷物を置いてから、こちらを見た。目が合う。確認するような眼差しに、陽は小さく頷いた。

 朔夜はそのまま教室内を突っ切り、まっすぐ陽の元へと向かってきた。陽を取り囲んでいた面々が、気圧されるようにして道を開ける。朔夜は陽の真正面で立ち止まると、衆目の中、口を開いた。


「日向君、貴方に姫MATCHを申し込みます」


 ざわめきが爆発した。


「姫MATCH……!」

「姫MATCHだ!」

「って、なんだっけ?」

「アレだろ、確か姫の座を賭けてバトルするやつ」

「マジかよ! てか、本当に冬月!?」


 クラスメイトの驚きようは凄かった。視線はやがて、陽の方に注がれる。陽が何と返事をするのか、皆の注目が集まった。一頻り喧騒が収まるのを待ち、陽は(おもむろ)に告げた。


「……その申し出、謹んでお受け致します」


 再度、周囲が沸いた。


「ハル姫が挑戦を受けた!」

「てことは、姫MATCH成立!?」

「大変だ! おい、誰か先生呼んでこい!」


 話は瞬く間に広がり、すぐに全校生徒の知るところとなった。速やかに直近の授業が中止となり、皆が昨日同様、体育館へと集められる。――間もなく、姫MATCHが開催される。



   ◆◇◆



「どういうこと!? ハルくん! 姫MATCHって! 聞いてないんだけど!」

「わっ、棗先輩! ノックしてくださいよ!」


 件の姫用更衣室で着替えていた陽の元へ、血相を変えて夕莉が飛び込んできた。陽は慌てて脱ぎかけのシャツを今一度纏い、肌を隠す。……よく考えてみると男同士なので別に隠す必要もないのだが、条件反射というやつだ。

 夕莉は全く悪びれた風もなく、警戒するように室内に首を巡らせた。


「……相手の人は?」

「冬月なら、隣。こういうの初めてだろうから、被服部の人がスタイリングするって」


 陽が示す先には隣室へと通じる一枚の扉があった。その向こうには、代々の姫の為の衣装がずらりと並ぶ衣装部屋がある。制作は外注することもあるが、主に本校の被服部が担当し、必要に応じて演劇部への貸出も行われている。

 姫MATCHは当然女装審査となる為、朔夜はまず、合う衣装を見繕うところからだった。

 答えを聞くや否や夕莉は陽の方に向き直り、元の調子で詰め寄ってきた。


「相手はハルくんと同じクラスの人なんだって!? どういうこと!? ハルくん、何か知ってたんでしょ!?」

「え!? いや……俺も寝耳に水でびっくりしたっていうか!?」


 鋭い指摘に思わずギクリとしてしまった陽を、夕莉がジト目で責めるように見つめてくる。陽の背筋を滝のような汗が伝った。視線を外したのは、意外にも夕莉の方からだった。


「……そうだよね。ハルくん、姫やめたがってたもんね」


 ぽつりと呟かれた言葉に、陽はハッとした。そこに漂う、思わぬ哀愁。


「そんなに、ボクと一緒に居たくない? やっぱりボクのこと、嫌になっちゃったんだ? ……ハルくんだけは」

「ちが……っ違います!」


 驚いて、陽は食い気味に遮った。


「俺が姫をやめたいのは、棗先輩が嫌だからとかじゃ、絶対にないです! むしろ、先輩には感謝してるんです、俺!」

「……感謝?」


 ぱっちりとしたカラコンの紅い瞳が、再び陽を見る。陽は大きく頷いてみせた。


「はい。俺、流されやすくてノーと言えないし、自分の意思をハッキリ告げられる棗先輩は俺にとっては憧れなんです。囲まれて困ってる時もいつも先輩が連れ出してくれて助かってますし、そもそも先輩が仲良くしてくれなかったら、俺は完全に独りぼっちでした。クラスに友達が居なくても、先輩が傍に居てくれたから、これまでやってこられたんです」

「ハルくん……」


 そうだ、陽には夕莉に伝えたいことがあったのだ。昨日から……いや、姫をやめると決めてから、ずっと気にしていたこと。それを告げるなら今だと思った。


「だから、あの……お願いなんですが、出来れば、俺が姫じゃなくなっても……これからも変わらず仲良くしてくれますか?」


 真摯な問い掛けに、夕莉は暫し瞠目して陽を見つめていた。それから、ふと拗ねたようにそっぽを向いて言う。


「そんなの、当たり前でしょ。ボクはキミを手放す気はないって言ったよね?」

「棗先輩!」


 途端、パッと顔を綻ばせる陽に、夕莉は改めて苦笑を向けた。


「まぁ、一応ボクのことも考えてくれてたみたいだから、今回は許してあげる。……それじゃあ、ハルくん、頑張ってね。ボクは客席から観てるから」


 最後にそれだけ言うと、夕莉はひらひらと手を振って更衣室を後にした。一人になった陽は、ホッと安堵の息を吐く。


(良かった……棗先輩、分かってくれたみたいで)


 これで大きな心配事が一つ減った。朔夜も約束を守ってくれたようだし、この後は無事に姫MATCHを朔夜の勝利で済ませるだけだ。

 早くも肩の荷を下ろした気分の陽だったが、更衣室の外では夕莉が人知れず顔から笑みを消していた。


(……なんて、ボクはハルくんに姫をやめさせるつもりないけどね)


 ――言った筈だ。手放す気はないと。


(ハルくん以外の姫なんて、認めない)


 陽だけだったのだ。夕莉のワガママに愛想を尽かさずに居てくれたのは。

 これまで、夕莉は自分が一番だった。誰よりも自分が一番、愛されていないと気が済まなかった。だから、自分以外の姫なんて要らなかった。先輩だろうが後輩だろうが、隙あらば蹴落としてやる気概で臨んできたし、そうして、過去辞退させた姫も居る。

 陽が入寮してきた時も、当然追い出してやるつもりだった。わざと尊大に振舞って、沢山無理難題を押し付けてやった。


(……それなのにハルくんは、全部受け容れて許してくれた)


 初めてだった。そんな人。

 気が付いたら、夕莉にとって陽は、なくてはならない大切な存在になっていた。


(多少筋肉がついたところでハルくんの可愛さは損なわれないから、筋トレ計画は見逃してあげたけど……今回はどう転ぶか分からない)


 だから、全力で相手を邪魔してやろう。――そんな決意を胸に、夕莉は朔夜の居る衣装部屋の扉をノックした。

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