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4 陰キャくんの素顔

 今日は厄日だ、と冬月 朔夜は思った。

 ただ目立たず地味に平和に過ごしたいだけなのに、クラスメイトには絡まれ、学園の姫の介入によって、こうした面倒事にまで巻き込まれている。


「てめえの所為(せい)で、姫に悪く思われたじゃねえか! おい、どうしてくれんだよ!?」


 ……というのが、相手方の主張だ。放課後、「ちょっと面貸せや」という如何(いか)にもな脅し文句で連行された裏庭にて、同級生の相田が切り出したのがそれだ。相田の取り巻き達も(こぞ)って、「そうだ、そうだ!」と同調を口にする。

 朔夜はうんざりした。それは、逆恨みというやつでは? と返してやりたい衝動を堪え、適当に頭を下げておく。


「それは、どうもすみませんでした。では、僕は用事があるので、これで」

「おいっ! 待てよ、てめえ!」


 そのままとっとと退散しようとしたのだが、やはりというか阻止された。取り巻き達が退路を塞ぎ、睨みを聞かせてくる中、猿山のボス(相田)は血気盛んに吠えたてた。


「そんなんで済まされる訳ねーだろ! どうしてくれんだって聞いてんだよ、こっちは!」

「そうだ、そうだ!」

「……そう言われましても」


 そもそも、こちらが読んでいる本に一方的にいちゃもんを付けてきたのは相田の方だ。それでお姫様に嫌われようが、完全に自業自得というやつである。


(何かもう、面倒臭いな)


 朔夜は片手で頭を押さえ、溜息を吐いた。


「それじゃあ、逆に訊きますが、僕にどうして欲しいんですか? 言っておきますが、お金ならありませんよ」

「あ? 何だてめえ、その態度。陰キャのくせに生意気だろ!」

「そうだ、そうだ!」

「大体、てめえがあんなキモイ本読んでたから、ああなったんじゃねえか!」

「そうだ、そうだ!」

「……はぁ、それはすみませんね。もういいですか? 僕は貴方がたと違って、暇ではありませんので」

「なんだとっ!?」


 突然、目の奥に火花が散った。揺らぐ視界。走る衝撃。よろけた姿勢を、足を踏ん張らせて留まらせる。カシャン、と何かが落下する音がした。遅れて、側頭部に鈍い痛みを覚える。どうやら、自分は殴られたらしいと悟った頃には、朔夜は既に冷静さを取り戻していた。

 対応を間違えたか、と少しだけ反省するが、では、どうすれば正解だったというのだろう。答えのない疑問が胸を衝く。


「生意気なんだよ、てめえっ!!」


 長い前髪の隙間、怒声と共に再び相田が拳を振り被るのが見えた。朔夜は敢えて避けようとはしなかった。幾らか殴らせてやれば、相手の気も済むだろう。

 怖くはない。殴られるのには慣れている。ただ、酷く倦んだ気持ちで目を瞑った。――その時、予想外の声が飛んできた。


「やめろっ!!」


 ピタリと、相田が動きを止める。彼の驚きは、朔夜の比ではなかったろう。そこに居たのは、なんと相田が気にしていたお姫様、その人だったのだから。


「ひ、姫っ!?」

「何やってるんだよ! 冬月、大丈夫か!?」


 学園の姫こと、一年代表、日向 陽は、血相を変えて朔夜の元に駆け寄ってきた。愛らしい童顔は蒼褪め、艶やかな唇は戦慄(わなな)いている。心配そうに伸ばしてくる手に朔夜が戸惑っていると、それが届く前に相田が割って入った。


「姫! 違うんです、これは! そ、そう! そいつが! そいつが今朝のことで、オレに因縁を付けてきて!」

「言い訳は聞きたくない! だからって、暴力を振るうなんておかしいだろ!?」

(ああ、全くこの人は、これだから……)


 朔夜はそっと溜息を零した。話が余計にややこしくなるから、自分を庇わないで欲しい。


「相田君の言っていることは本当です。本を馬鹿にされたことで僕が腹を立てて、僕から先に手を出しました。相田君には反撃をされただけです」

「な……っ」

「そ、そうだ! そういうことなんです!」

「そ、そうだ、そうだ!」


 朔夜の出した助け舟に、相田と取り巻き達は都合よく乗り込んだ。陽は何か言いたげだったが、口を挟ませずに朔夜が話を締めに掛かる。


「という訳で、今回の件はお互い様ということで、これで角を収めてはくれませんか? 相田君、皆さん、楯突いて申し訳ありませんでした」

「お、おぉ……分かればいいんだよ、分かれば!」


 居丈高にふんぞり返る相田。陽が大きな()胡乱(うろん)げに見上げると、相田は慌てて付け加えた。


「こ、こっちこそ、ごめんな! 冬月くん!」

「いいえ、こちらこそ」

「じゃあ、そういうことで! 姫、それでは、また明日! さようなら!」


 最後に(しゃちほこ)張った挨拶を投げて、相田と取り巻き達は逃げるように足早に去っていった。姫君と二人、後に残された朔夜は、自身も撤退の流れに乗ろうと足を踏み出したが、またしてもそれは適わなかった。

 視界がいつもよりもクリアなことに、今更思い当たったのだ。確かめるように目元に手を遣ると、そこに在る筈の感触が無い。――眼鏡を落とした。おそらく、殴られた時に外れたのだ。

 そのことに気付くと、朔夜は内心舌打ちした。眼鏡を回収しなければ。そう思って立ち止ると、


「何で、自分を悪者にするんだ?」


 切なげな声が背に掛かった。どうやら、姫君にはお見通しだったらしい。肩を竦めて、朔夜は素直に答えた。


「その方が、円く収まるかと思いましたので」


 しかし、陽は納得いかなさそうだ。


「俺の所為だよな……ごめん。俺が、でしゃばらなければ……」


 陽はショックを受けていた。分かっていなかったのだ。自分の行動が、周りにどういった影響を与えるのか。良くも悪くも自分はそれだけ注目されている存在なのだと、嫌でも思い知らされた。


「軽率だった……ごめん」


 その声があまりにも萎れた様子なので、朔夜は思わず振り返ってしまった。


「……貴方の所為ではありませんよ。あくまで、相手の心根が腐っていただけです」


 ずばりそう言うと、辛辣な口振りに驚いたのか、陽はキョトンと朔夜を見上げてきた。穢れを知らない、無垢な瞳だ。その茶色い瞳に見詰められると、心が騒ぐ。

 陽は思い出したようにハッとして、再度手を伸ばしてきた。


「そうだ、怪我とか! 殴られたとこ、腫れてないか? 保健室に……」


 おろおろと前髪を捲り、朔夜の顔を覗き込む。至近距離で目が合って、互いに息を呑んだ。時が止まったように固まる。

 陽は文字通り、目を奪われていた。初めて見た、朔夜の素顔。長い睫毛を冠した、切れ長の青い目。形の整った鼻梁。桜色の薄い唇。色白の細面。女性とも取れるような、中性的な面立ちの――それは、とても美しい容貌だった。

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