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2 学園の姫制度

「何でだよっ!? 腹筋割れてる姫なんてキモイだろ!?」


 扉を潜るや、陽は呑み込んでいたツッコミを盛大に解き放った。ここは姫専用の更衣室なので、一般の生徒は立ち入り禁止だ。覗き防止の為、扉には監視カメラも仕掛けられている。


「残念だったねぇ、ハルくん。だから言ったじゃん。ハルくんが鍛えたところで、骨格的にカオル先輩みたいにはなれないって」

「うぅ……」


 夕莉の物言いは無慈悲だ。帽子をスタンドに掛けた先輩に続き、陽もウィッグを外す。ふわふわのウェーブロングから、ふわふわの猫っ毛ショートが現れた。その下の表情は浮かない。


「でも、何でそこまで嫌がるの? 姫なんて、イベント時にちょっと女装で愛嬌振るってやりゃ良いだけでラクショーじゃん」

「その女装が嫌なんですよ……恥ずかしいし、こんなの家族に見せられない」


 問われて陽は、溜息混じりに答えた。

 フリフリの服を脱ぎながら、家族の反応を予想する。生意気な年子の妹には爆笑されるだろうし、心配性な両親なんかは卒倒しかねない。下手したら、転校騒ぎになるやもしれない。彼らになるべく負担を掛けないように全寮制且つ奨学金の貰える学校を選んだのに、それでは意味が無い。

 

「ハルくん、高等部からの外部受験枠だっけ。姫制度のこと何も知らなかったの?」

「いや、聞いてはいましたけど、まさか自分が選ばれるなんて……」


 全寮制私立四季折(しきおり)学園男子高等部。中高一貫で広大な敷地を有するこの学園には、ある変わった伝統が存在していた。

 それは、一学年に一人、中性的で見目麗しい生徒が選抜され、〝姫〟という役職を与えられるといった制度だ。


 男子だけの潤いの無い学園生活に()いて、生徒達の癒しと目の保養となることで、より一層勉学へのやる気を希求する……といったような理由で導入されたものらしいが、要は、学園のアイドル的な存在だ。

 尚、男子中・高等部と大分距離を隔てた先に存在する女子中・高等部では逆に王子制度なるものがあるが、ここでは置いておく。


「何も強制じゃないんだから、断れば良かったじゃん」

「断りましたよ! なのに、周りから勝手に姫扱いされて、なし崩し的に引き受けたみたいになっちゃってたんですよ……」

「あー……特権美味しいから、普通は断らないもんね。選抜された時点で、姫確定って認識された訳か。でも、ハルくん元々奨学金勢だから学費免除は変わらないよね」

「正直、食堂無料に関しては助かってますけど……」


 それを返上してでも陽としては姫を辞退したい。出来れば、周りも納得してくれるような穏便な方法で。

 そこで、参考にしたのが前例の存在だった。


 〝カオル先輩〟こと、三年の()姫、(たちばな) (かおる)。褐色ヤンチャ系で中等部の頃から姫として選抜され、沢山の生徒達からの支持を得ていたが、歳を経る毎に身体が大きくなっていき、気付けばガチムチのイケメンに成長してしまった為、高二の頃に姫を解雇となったらしい。

 だから現状三年の姫は空席となっているのだが、つまりは自分が生徒達の理想像からかけ離れてしまえばいいのだ。


 そんな訳で、一学期と夏休みの間、陽は決死の覚悟で身体を鍛え、見事に筋肉を手に入れた。ガチムチにはなれずとも、細マッチョくらいにはなれた筈だ。

 が……お披露目の結果は、言わずもがなだ。費やした時間と期待値の高さの分、徒労感が激しい。

 がっくりと肩を落とす後輩に、一学年上の美少女然とした先輩は、実にあっけらかんとしたものだった。


「まぁ、いいじゃん、ボクはハルくんのこと気に入ってるんだし。今更手放す気もないし」

「……それは、棗先輩にとって都合の良いお世話係として、ですよね?」

「うん、そう。という訳で、ボクの支度を手伝わせてあげる。光栄に思いなよ?」


 開いたワイシャツの前をひらひらと示して、不敵に誘う夕莉。大方ボタンを留めるのが面倒だったのだろう。「はいはい」と呆れつつ、陽は素直に従った。覗く白い肌が眩しく、目のやり場に困る。

 この先輩のこうしたワガママは日常茶飯事だ。元来世話焼きで、同じくワガママな妹を持つ陽はもう慣れたもので、自身の着替えが途中でも手を貸すことは厭わない。


(可愛いから、つい許しちゃうんだよな……)


 そんな自分が少し情けない。姫業にしたって、いっそストライキを起こせばいい話なのに、周囲の期待を裏切れない善良で生真面目な性格がそれを邪魔していた。

 流されやすくて、お人好し。頼まれ事に弱く、苦労性。それが日向 陽という少年だ。


「はい、出来ましたよ」

「よしよし、いい子」


 作業の完了を告げると、夕莉に優しく頭を撫でられた。こそばゆさに、陽は目を伏せる。それから唇を尖らせて、抗議した。


「子供扱いしないでください」

「犬扱いだけど?」

「犬って……」

「陽くんの髪、ふわふわで撫で心地いいよね。本当にペットみたい」

「……湿気ですぐぺしゃんこになって大変なんですよ」


 気ままな夕莉の言動に振り回されつつ、陽はやれやれと嘆息した。

 ちなみに、男子高等部の制服は、白いワイシャツに灰色のブレザー。緑のチェック柄ズボン、及びネクタイ。緑のラインが入ったアイボリーのセーターが正式な冬服となるが、今は夏休みが終わりたての残暑厳しい頃合なので、生徒達の大半がまだ夏服のままだ。

 夕莉と陽もそれに違わず、薄手のズボンと半袖シャツという出で立ちで着替えを終える。この後は普通に授業を受ける運びとなっていた。


「それじゃあ、これからもよろしくね、ハルくん」


 更衣室を出る際に、夕莉が笑顔で告げた。無邪気に見せかけた、意地悪な笑みだ。紅いカラコンの瞳が煌めいて、小悪魔的に魅せる。

 陽はむっとして言い返した。


「俺はまだ諦めてませんからね。橘先輩だって、姫を辞職したのは二年時だったらしいですし」

「まだ鍛えるの? 無駄だと思うけどなぁ」

「これから背だってまだ伸びる筈ですし、分からないじゃないですか」


 今に見てろよ、と陽は内心で気合いを入れ直した。

 諦める訳にはいかない。実はまだ他にも、陽が姫をやめたい深刻な理由があるのだから。

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