12 そして、決着へ……。
ゆっくりと、浮上する意識。目を開くと、カーテンの吊り下げられた白い天井が視界に飛び込んできた。
(あれ? ……ここ)「いッ痛……」
軽く身動いだ途端、頭に疼痛が走り、陽は呻きを上げた。それを聞き付け、仕切りのカーテンが外から開かれる。
「日向君、起きましたか」
顔を出したのは朔夜だった。着物の女装ではなく、制服姿に戻っている。
「冬月……大丈夫か?」
訊ねると、朔夜はキョトンとした後、苦笑してみせた。
「開口一番、人の心配をするのも日向君らしいですが、まずは自分の心配をしてくださいね」
「そういえば、俺……?」
改めて、自分の置かれた状況を確認する。ウィッグは外されているが、服装はロリータのまま、陽はベッドに横になっていた。
「ここ、保健室……だよな?」
「ええ、先生は今、小用で席を外しています。日向君、転んで頭を打ったことは覚えていますか?」
……そうだった。
問われて全てを思い出し、陽は両手で顔を覆った。
(冬月を保健室に運ぼうとして、逆に自分が運ばれたのか)「……恥っず」
「いえ、カッコよかったですよ? 恋愛あるあるシチュエーション〝お姫様抱っこ〟……されたのは初めてでしたけど、今回は少しときめきました」
綺麗に微笑んでそんなことを言ってくる朔夜に、陽は余計に気まずくなる。
「慰めはいいよ」
「本音ですよ? 昨日も今日も、日向君が来てくれて、僕は嬉しかったんです」
一人で居ることに慣れていた。誰かにこんな風に心配されたのは、いつぶりだろうか。
弱い自分を見せるのは嫌いだが、陽になら不思議と嫌な気分ではない。
「――ありがとうございます」
真っ直ぐに見つめて礼を言うと、陽は見る見る真っ赤になってしまった。それを隠すように、横を向く。
「そ、そっか……うん」
明らかに照れている。そんなところはやっぱり可愛らしいな、と朔夜は思い、クスリと笑みを零した。
「それで、冬月の怪我は?」
面映ゆい空気を誤魔化す為か、陽が改めて質問を投げてきた。
「ああ、少し足首を捻った程度ですよ。それもテーピングをしてもらって、今は痛みもありません。先生には具合が悪いと言って保健室に残らせて貰いましたけど」
「え? 何で?」
堂々たるサボり宣言に陽が目を丸くすると、朔夜はさらりとこう言ってのけた。
「日向君が目を覚ますまで、傍に居たかったので」
「!」
ますます真っ赤に染る、陽の頬。林檎みたいで、甘く蕩けてしまいそうだ。
「何かごめん、俺の所為で」
「いいえ、僕がしたくてしたことですし。それより、日向君の身体の方は大丈夫なんですか?」
「たぶん。ちょっと頭は痛いけど、他は特に……」
「それは良かったです。ですが、ご無理はなさらずに」
あれから、どのくらいの時間が経っているのか。時計を探して周囲に目を配ったが、陽の位置からでは見当たらなかった。
「あの後、姫MATCHはどうなったんだ?」
「さあ? 僕も日向君と一緒に保健室まで運ばれて、一度更衣室に着替えを取りに行った以外、ずっとここで休んでいましたから。まぁ、主演二人共こうなっては中断は余儀なくされたでしょうね」
「そうか……」
まぁ、普通に考えれば、朔夜の勝利だろうとは思うものの、一抹の不安は拭い切れない。
(まさか、もう一回やらされたりしないよな?)
ここで、朔夜がふと気が付いたように提言した。
「ところで、今の状況って恋愛シチュエーションあるある〝保健室で二人きり〟ですよね」
「は?」
「折角なので、色々試してみませんか? なかなか無い機会ですし」
「試すって、何を……ちょ、冬月!?」
枕元に腕を着いて、覆い被さるように上から身を寄せてくる朔夜。陽は大いに慌てた。壁ドンならぬ床ドン……というか、ベッドに押し倒されているような姿勢に、心臓がタップダンスを踊り始める。
(これは流石にヤバいって……!)「ふ、冬月! ダメだって、こんなの!」
直後、保健室の扉が外から開かれた。白衣を着た若い男性養護教諭が顔を出す。
「悪い悪い、空けちゃって。センセが留守の間、誰か来なかったか? ……って、何やってるんだ、お前ら」
「これ……は、その」
二人の様子に固まる養護教諭。蒼白になる陽。朔夜だけが何事も無かったかのように、しれっとしていた。
「日向君が目を覚ましたようなので、様子を見ようとしたら、躓いてしまいまして」
「ああ……冬月は足を痛めていたんだったな。気を付けろよ」
「はい、すみません」
ホッとした顔の養護教諭に、申し訳なさそうに返す朔夜。何とか誤魔化せたようだが、陽の心中は穏やかではなかった。
(全く、冬月と居ると、心臓に悪い……)
こちらの気も知らずに……いや、知っているからこそか。目が合うと、朔夜は悪戯っぽく微笑ってみせた。
◆◇◆
その後、教室に戻った二人は、驚愕の事実を知ることとなった。
「えっ!? 引き分け……で、二人共、姫!?」
あまりのことに絶句する陽に、クラスメイトが説明を加える。
「いや、あの後さ……」
陽と朔夜が保健室に運ばれていった後、体育館内に残された生徒達の間には、盛大に動揺が広がっていた。
あちこちで交わされる声、声。
「ハル姫が……お姫様抱っこ……」
「結構、力持ちだよな……」
「……うん」
「……でもさ」
「……うん」
「やっぱり優しいよな、ハル姫」
「それな~!」
「おれ達が誰も動けずに居る中、真っ先に駆け付けてったもんな」
「相手、敵なのにな」
「そうそう、敵なのに関係なく助けようなんて、マジで優しい」
「女神」
「思ったんだけど、ハル姫、わざと負けようとしてなかったか?」
「それ、思った」
「自分よりも相応しい相手が居るなら譲るって言ってたじゃん? そのつもりで、相手を勝たせる為にわざとあんな風に振舞ってたんじゃないか?」
「有り得る~! てか、それじゃね?」
「ハル姫、控えめだからな。自分なんかより……って思っちゃったんだろうな」
「何だそれ、いじらしい!」
「守ってあげたい!」
「てかさ、どっちかを選ぶ必要なんてあるか?」
「え?」
「元々、カオル姫の引退で姫枠一人欠員出てたじゃん? なら、いっそのこと二人共姫でいんじゃね? もう」
「おぉ……!」
「確かに!!」
「どっちかを選ぶ必要なんてなかったんだ! 二人共姫でいこう!」
「おお〜!!」
「これ、もう投票装置要らねーな。皆の気持ちは明白だもんな!」
「そうだな! 今更投票する必要も無いな! ってことで、決定!」
「サクヤ姫誕生、そしてハル姫継続、だーっ!!」
「わぁあああっ!!」
…………。
……………………。
「と、そういった流れで姫MATCHは終了しました!」
キラキラと目を輝かせて報告するクラスメイト達。茫然とそれを聞いた後、陽はがっくりとその場に頽れた。
「う、嘘だろ……」
流石の朔夜も同情の眼差しを向けてくる。
「は、ハル姫!?」
「大丈夫ですか!? まだお身体の調子が!?」
「大変だ! 保健室ーっ!? いや、救急車!?」
周囲が勘違いでわたわたと陽を取り囲んで心配する中、昼休み開始のチャイムが呑気に校内に鳴り響いた。
残暑厳しい九月の教室。姫の任期は当面一年間。陽の苦悩は、まだ始まったばかりだった。




