11 姫MATCH!④
「冬月くんは、今回何故姫に立候補することしたんですか? 失礼ながら、これまであまり注目されていませんでしたよね」
(――来た!)
司会者によるインタビューが始まると、緊張したのは逆隣で控える陽の方だった。朔夜は一体、どう答えるのだろう。変なことを言わなければいいが……。
果たして、訊かれた当人の方はさして気負う風もなく、綺麗に微笑んですら見せた。
「そうですね、今まで目立つのを避けていたのですが、ある人に勧められて……これが誰かの為になるのなら、やってみようかなと」
周囲から感嘆の息が漏れる。益口の弁に熱が籠った。
「素晴らしい! ご奉仕精神というやつですね! 実際、冬月くんの美しい姿に心癒された者も既に沢山居るのではないかと! では、今回の姫MATCHへの意気込みは?」
「はい、やるからには、勝つ心積りでいます」
「おおっ! 大人しそうに見えて強気な発言!」
「いい心意気だ!」
これには脳筋の元カオル姫も満足げに膝を打った。陽も内心、ホッとした。
(後は、ウォーキングだけだな!)
この学園の姫に求められるのは、礼儀作法でも、歌唱力でもダンスの上手さでもない。ただ民衆に愛される容姿――それだけだ。故に、審査は女装がどれだけ似合うかという一点に主眼が置かれている。アピールポイントでは何をしてもいいが、無理に特技などを披露する必要も無い。
朔夜程の美貌の持ち主ならば、ただ歩いて、ちょっと微笑んでやればいい。――それだけで、決着が着くだろう。
(ああ、遂にだ……)
陽は早くも感慨に浸っていた。
(遂に、この煩わしい姫生活ともおさらばだ!)
「では、早速ウォーキングアピールへ参りましょう! 冬月くん、お願いします!」
促され、朔夜がランウェイへと向かう。着物なので歩幅は狭く、速度はゆっくり。それが一層、観客の目を引く結果となった。優雅で楚々とした朔夜の挙措に皆が釘付けとなり、魅了される。――その姿に、
(そうだ、もっと歩け)
念を送っているのは、二階通路からステージを眺める夕莉だった。今や手摺に齧り付くようにして身を乗り出し、眼下の光景に夢中になっていた。
(オマエが歩けば歩く程に、罠の発動条件が揃っていく)
ほくそ笑んで時を待つ。しかし、それはなかなか訪れなかった。ランウェイの半ば程まで来ても、依然として何事も起こらない。夕莉の表情に疑念が浮かんだ。
(……おかしいな。そろそろの筈なのに)
朔夜の履いている下駄の鼻緒には、一見分かりづらくカッターで切込みを入れてある。そんなにすぐには効果は出ないが、更衣室から体育館までの移動、更には長いランウェイを歩いていれば、確実に解れて切れる筈だった。
(歩幅が小さいから、負担が少ないのか? ……いや、もしかしたら、アイツ……僕のしたことに気付いて、密かに鼻緒を補修したな?)
衣装部屋で会った際、こちらの敵意を察して警戒している風だったことを思い出す。――抜け目のない奴だ。
忌々しく思うが、まぁ問題は無い。こんなこともあろうかと、別の罠も用意してある。会場の照明や音響設備等を担う放送部員に、予め話を付けておいたのだ。
「ボク、ハルくんが姫じゃなくなっちゃったら寂しいな。……ねぇ、ボクのお願い、聞いてくれる?」
涙目で上目遣いにそう訴えかけてやったら、簡単に手の内に落ちてくれた。あとはそいつが指示通りに動くのを待つだけでいい。
眼下では、遂に朔夜がステージの端、アピールポイントへと到着を果たすところだった。
(――今だ!)
突如、ブザーが鳴り響く。朔夜を始め、会場の皆が聞き慣れない音に気を取られた。
「何の音だ?」
ざわめきの中、朔夜が戸惑ったように周囲に視線を繰ると、直後、彼の足元が急に動き出した。――操作システムだ。制御ルームのボタン一つで、ランウェイの床はステージ下に自動で出し入れ可能な作りとなっている。先のブザーはそのボタンが押された警告音だったが、一般生徒でそれを知る者は少ない。朔夜も例外でなく、突然の床の動作に不意を突かれ、文字通り足元を掬われる結果となった。
即ち、がくんと体勢を崩し、転ぶようにランウェイから落下した。
「っサクヤ姫!」
「バカ、まだ姫じゃない!」
「落ちたぞ!」
混乱に喚く人々。無様な姿を晒した姫候補。それらを眺め下ろしながら、夕莉は掌で口元を押さえ、笑声が漏れるのを堪えていた。
(いい気味! 出しゃばるからこうなるんだよ)
やられたな、と朔夜は思った。十中八九、あの小悪魔じみたピンク髪の姫の仕業だろう。初対面時、明らかな敵意を感じ、警戒はしていた。下駄の鼻緒に細工されたことには気付いたが、まさか、ここまでしてくるとは……。
(酷い怪我でもしたらどうするつもりだったんだ)
やれやれと内心溜息を吐きつつ、床から上体を起こす。途端、足首の痛みに呻いた。どうやら、軽く捻ったらしい。
(あーあ……)
結局、こうなるのか。例え姫になろうが、何も変わらないんじゃないか。酷くうんざりした気分で目を伏せた時――。
「冬月っ!」
陽の声が聞こえた。皆が咄嗟に動けずに居る中、真っ先にステージを飛び降りて駆け付けてきたのは、彼だった。
「冬月! 大丈夫か!?」
呼び掛ける表情は焦燥も露わで、逆にこちらが心配になる程。見上げると、次の瞬間、朔夜の身体は宙に浮いていた。
「ハル姫っ!?」
驚愕の声が周囲から上がる。自分が陽の腕の中に抱え上げられたのだと、朔夜は遅れて把握した。
(……お姫様抱っこ)
思いも寄らぬ事態に、その単語だけが脳裏に浮かぶ。
「嘘だろ、ハル姫……」
「そういや、腹筋割れてたもんな……」
「意外と力があるのか……」
動揺する生徒達を余所に、陽は必死の形相で朔夜を抱えたまま走り出す。……と、床に転がる下駄を踏み、ずるりと踵を滑らせて、そのまま後ろ向きに転倒した。受け身を取ることも叶わず、強かに後頭部を打ち付ける。
「ハル姫ぇええええっ!!」
轟く絶叫。それを聞くともなしに、陽の意識は間もなく白い靄に包まれて霧散した。




