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10 姫MATCH!③

「これはっ……なんと、ハル姫、昨日と同じ衣装です!」


 皆の動揺の理由を、茶髪の司会者が代弁した。

 黄色地に白と茶をあしらった、甘いロリータファッション。ロングウェーブのウィッグによる髪型もハーフアップにリボンという、陽の服装は昨日と寸分違わぬものだったのだ。


「こんな大勝負の時に!?」

「大勝負だからこその勝負服ってやつか?」

「お気に入りとか?」

「ハル姫、何故、その衣装にしたんですか?」


 司会の益口が、陽にマイクを向けて問うた。陽は得意げな笑みを漏らしそうになるのを堪え、敢えて強ばった表情で答える。


「……何となくです」

「え?」

「何となくです」

「理由なんて無い、と?」


 わざと聞き取りにくいようにボソボソ喋った上に、無言でこくりと頷きを返す。場には戸惑ったような空気が広がった。しかし、それも陽の計算の内だ。


(よし、皆引いてるな? 題して、〝見飽きた戦法〟!)


 陽が前日と何ら代わり映えのしない衣装を選ぶことにより新鮮味を失わせ、この後の真打ち、朔夜の登場をより一層衝撃的に魅せるという作戦だ。

 もっとダサい服装にすることも考えたが、割れた腹筋ですら受け入れた連中だ。何がヒットしてしまうか分からない以上、下手に奇抜な恰好も出来ない。……というか、単純に自分が恥ずかしかったのもありけりで、この戦法に落ち着いた。


(あとは万一にも俺に票が集まらないように、徹底的に好感度を下げていく!)

「えっと、では、今回の姫MATCHへの意気込みを聞かせてください!」

「別に……ないです。そもそも、何で俺なんかが姫に選ばれたのかも分からなかったし、もっと相応しい人が居るなら、喜んでこの座を明け渡す気でいます」

「おっと、これは謙虚~! ハル姫はあまり闘争心が無いようです!」

「そんなことでどうする! もっと熱く闘志を燃やせ!」と、叫んだのは、脳筋の橘先輩こと元カオル姫だ。

「ハル姫……あまりやる気ないのかな?」

「なぁ? 衣装も同じだし……」


 周囲からは若干落胆の声が上がり始めていた。


(うぅ、これでいい……けど、やっぱりちょっと胸が痛むな)


 自分を応援してくれていた人々の期待に背く行為だ。覚悟の上とはいえ、申し訳なさは募る。

 思わず客席に目を向けた。ライトの眩しさで、こちらから会場内はよく見えない。


(棗先輩……客席から見てるって言ってたけど、さっきのアナウンスでは他の姫は別室待機って言ってたな)


 今の陽を見ていたら、きっと夕莉は怒るだろう。出来れば、見ていないことを祈りたい。


「では、ウォーキングアピールへ参りましょう! ハル姫、お願いします!」


 司会進行に従い、陽はぎくしゃくとした足取りでランウェイへと向かった。



   ◆◇◆



「ハルくん……やっぱり、わざと負ける気だね」


 体育館二階通路、通称キャットウォークの上からオペラグラスでステージを眺めながら、夕莉が唸った。運営サイドからは姫MATCHに別の姫が関与するのはあまり良ろしくないとのことで(客席に居ても目立ってしまうし)別室待機を言い渡されていたが、夕莉には別室で大人しくしている気など毛頭なかった。

 関係者を懐柔し、会場に入れてもらい、こうして特等席から様子を窺っていたのだ。


(昨日と同じ服とか、あのインタビューとか……完全に勝つ気ないじゃん)


 おまけに、現在行われているウォーキングもそれは酷いものだった。ぎこちないを通り越して、右手と右足、左手と左足が同時に出ている。まるでカチコチのロボットダンスもいいところだ。

「ハル姫……緊張してるのかな?」と、客席からも困惑の声が聞こえてくる。

 こんな調子でアピールポイントでは一体どんなポーズを決めてくるのか。固唾を飲んで見守る一同の前で、ランウェイの端まで来た陽が立ち止まる。

 ――次の瞬間、そのまま(きびす)を返して、陽は何もせずに来た道を戻り始めた。


「えっ?」

「ハル姫、アピールなし?」


 ざわめく観衆。その直上で、夕莉は地団駄を踏みそうになった。


(ハルくんんんん!!)


 一方、陽は背中に動揺の声を受けながら、バツの悪い思いでランウェイの残りを歩いた。突き刺さる視線が痛い。


(今のは、露骨だったかな……)


 当初の予定ではマッスルポーズなどの変なアピールをしてやろうかと思っていたのだが、いざとなると羞恥心が勝ってしまった。流石にこれは怪しまれたかもしれない。冷や汗を掻くが、後の祭りだ。

 とにかく、これで自分の番は終わりだ。


(この居た堪れないショーもここまでだ)

「ど、どうもハル姫は緊張していたみたいですね! 無理もないです。姫MATCHなんて初めてですもんね! では、ハル姫、ありがとうございました! 次は、挑戦者のお出ましです! ――冬月 朔夜くん!」


 途端に、静けさに包まれた。朔夜が一歩、ステージに足を踏み出した。それだけで、会場の空気が変わった。

 まるで、華が咲いたようだった。青い牡丹に、紫の蝶。目の覚めるような流麗なグラデーションの着物。紫と金の帯は華やかかつ淑やかで、さらりと揺れるストレートロングのウィッグがノスタルジックな和の雰囲気を強調する。それでいて異国めいた青の瞳が、涼しげに凛と正面を見据えていた。

 儚げで、けれど、どこか毅然とした佇まい。待機中に既にその姿を見ていた陽ですらも思わず息を呑む程に――女装の朔夜は美しかった。


「……こ、これは! 驚きました! あの写真からは想像も出来ない、大変身です!」


 益口が興奮の声を上げた。それを皮切りに、辺りが静寂から(にわか)に騒がしくなる。皆、朔夜の変貌ぶりに驚いているようだ。

 特に、同級生の相田なんかは顎が抜けるのではないかと思う程にあんぐりと口を開けて固まっていた。


「シンデレラ! リアルシンデレラだ!」

「あんな美人、今までどこに居たんだよ!?」

(よしよし、好感触!)


 陽は内心でガッツポーズを取った。何の手違いか写真が眼鏡のものにすり変わってしまっていたのには肝を冷やしたが、むしろビフォーアフターの衝撃を与えられたようなので、結果オーライだ。


(この様子なら、俺が余計なことをするまでもなかったな)


 姫の素質があるとは思っていたが、これ程までとは。


(あとは頼んだぞ、冬月!)


 その頃、キャットウォークの上では、夕莉がオペラグラス片手に、もう片方の手で手すりを軋ませる勢いで握り締めていた。


「くっそ……あいつ、思った以上に化けやがったな」


 これでは、陽の立場が危うくなる。朔夜の写真を眼鏡で前髪のダサいやつにすり替えておいたのも、どうやら逆効果になってしまったようだ。


(まぁ、まだこれからだ。出来る限りの手は打ってある)


 陽のターンがあんな結果で終わったのだから、挑戦者(朔夜)には更なる酷い醜態を演じて貰わねばなるまい。


(さぁ、歩くがいい。死のランウェイを――!)


 ふふふふふ……と、夕莉の漏らした不敵で不気味な笑声は、歓声に紛れて客席にまでは届かなかった。

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