5 安全なレールを歩いてきた人
「蛇場見歩って、ミチルちゃんの叔父さんだよね。ねえ、ちゃんと自分のお店開いてるじゃん! 夢、叶えてるんだよ! 行ってみよ! 会って話してみようよ!」
「待って、駄目だよ」
ユメがミチルの手を取って走り出そうとする。
ミチルはユメのシャツの裾を掴んで止めた。
「なんで止めるのさ。駆伯父ちゃんはいつもバカだ無理だって言ってたけど、高校辞めてもやりたいことできるってことじゃん。あたし、話を聞いてみたいよ。勉強しなくたって好きなことできるならそうしたいよ」
ユメの頭の中はいま、勉強しないで学校をやめて好きなことをしたい! って気持ちでいっぱいになっている。勉強が嫌いだからなおのこと。
「駄目だって。母さんが渡してきたガイドブック、叔父さんの店の記事だけ切り落としてるんだよ。叔父さんのこと知ってて、あえてそうしたってことでしょう」
叔父の店、ワンダーウォーカーの記事を切り取ったのが父と母どちらなのかはわからないけれど、この事実をミチルに教えたくなかったのではないかと勘ぐる。
毎日、大卒していい企業に務めるのが正解だと言ってきた父。
中卒で家出しても、夢を叶えられた生き証人がそこにいる。
高校を出なくてもやりたい仕事をできるなら。
ミチルだって、行きたくもない大学に嫌々通わされて、血を吐く思いで就職活動なんかしなかった。
(あの時間は、ボロクソに罵られてきた就職活動の日々は、なんだったの。写真に写る歩叔父さんは、こんなにも楽しそうに笑っているのに。歩は道を間違えた人間で、大学を出て、いい企業に行くのが安定で安心って、父さんは言ってたのに)
ユメのシャツを掴んだ手が震える。
敷かれたレールをぶち壊して、好きに生きた叔父が幸せそうにしている。父が過ちだと、馬鹿だと言う道に行ったのに。
安全なレールを言われるまま歩いたミチルは、心も壊して引きこもり。
(私の二十三年は、なんだったの。勉強しか能のない人間は要らないって上司にバカにされた日々は、なんだったの。私は、勉強する以外なにもなくて、趣味も、好きなことも、なにもわからないのに。大学さえ出ておけば安泰だって、おじいちゃんとおばあちゃんが力説してたのに)
ミチルはミチルなりに頑張って、勉強してきたのに。
この道を歩いて幸せだと感じたことがない。
涙が出た。一度流れた涙は、止まらなくなる。
「…………なんで。私は何を間違えたって言うの。父さんが言う正解を歩いてきたのに。わからないよ」
「ミチルちゃん……」
ユメはミチルが泣き止むまで隣に座り、手を繋いでいた。
「帰ろ。あたし、お腹空いちゃった。ごはん食べたら、ちゃんと勉強がんばるから」
「……ごめん」
五つも年下の従妹に、気を遣わせてしまったのが情けない。
ユメはガイドブックをリュックにしまい、スマホをじっと見つめてから閉じる。
家に帰って、二人とも砂まみれなことを母に笑われた。
笑いながら、服の砂を払ってくれる。
シャワーを浴びて髪の砂も落として、勉強して、夕食を食べて自分の部屋にもどる。
小さめの一戸建てだから客間なんてものはない。ミチルの部屋にユメの布団も敷かれている。
二人で並んで布団にもぐり込んで、ユメは枕を抱えて転がり笑う。
「えへへ。なんか修学旅行みたいだね。こういうの楽しいなぁ。夜明けまでおしゃべりして先生に怒られたよ」
「あぁ……なんか言われなくても想像つくよ……。あんた絶対に枕投げもしてたでしょ」
「ええっ! なんでわかるの。超能力?」
「透視でもなんでもなくて、ユメがわかりやすいんだよ。たぶんババ抜き弱いでしょ」
「ぶーぶー! 当たってるけど、あたしだってポーカーフェイスのひとつやふたつ!」
喜怒哀楽がはっきり顔に出て、コロコロ表情が変わる。賭け事には向かない子だ。
「早めに寝るよ。明日も勉強しないとなんだから。おやすみ」
「はぁい……おやすみなさい」
久々に外に出て、ミチルは全身バキバキだ。
ミチルは電気を消してタオルケットを頭からかぶる。
ユメのスマホが通知音を立てる。ユメは画面をちらりと見て、目を閉じた。
「……ミチルちゃん、まちがってないよ。歩さんも、きっと」