表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/19

5 安全なレールを歩いてきた人

「蛇場見歩って、ミチルちゃんの叔父さんだよね。ねえ、ちゃんと自分のお店開いてるじゃん! 夢、叶えてるんだよ! 行ってみよ! 会って話してみようよ!」

「待って、駄目だよ」


 ユメがミチルの手を取って走り出そうとする。

 ミチルはユメのシャツの裾を掴んで止めた。


「なんで止めるのさ。駆伯父ちゃんはいつもバカだ無理だって言ってたけど、高校辞めてもやりたいことできるってことじゃん。あたし、話を聞いてみたいよ。勉強しなくたって好きなことできるならそうしたいよ」


 ユメの頭の中はいま、勉強しないで学校をやめて好きなことをしたい! って気持ちでいっぱいになっている。勉強が嫌いだからなおのこと。


「駄目だって。母さんが渡してきたガイドブック、叔父さんの店の記事だけ切り落としてるんだよ。叔父さんのこと知ってて、あえてそうしたってことでしょう」


 叔父の店、ワンダーウォーカーの記事を切り取ったのが父と母どちらなのかはわからないけれど、この事実をミチルに教えたくなかったのではないかと勘ぐる。


 毎日、大卒していい企業に務めるのが正解だと言ってきた父。 


 中卒で家出しても、夢を叶えられた生き証人がそこにいる。


 高校を出なくてもやりたい仕事をできるなら。

 ミチルだって、行きたくもない大学に嫌々通わされて、血を吐く思いで就職活動なんかしなかった。


(あの時間は、ボロクソに罵られてきた就職活動の日々は、なんだったの。写真に写る歩叔父さんは、こんなにも楽しそうに笑っているのに。歩は道を間違えた人間で、大学を出て、いい企業に行くのが安定で安心って、父さんは言ってたのに)


 ユメのシャツを掴んだ手が震える。



 敷かれたレールをぶち壊して、好きに生きた叔父が幸せそうにしている。父が過ちだと、馬鹿だと言う道に行ったのに。


 安全なレールを言われるまま歩いたミチルは、心も壊して引きこもり。


(私の二十三年は、なんだったの。勉強しか能のない人間は要らないって上司にバカにされた日々は、なんだったの。私は、勉強する以外なにもなくて、趣味も、好きなことも、なにもわからないのに。大学さえ出ておけば安泰だって、おじいちゃんとおばあちゃんが力説してたのに)


 ミチルはミチルなりに頑張って、勉強してきたのに。

 この道を歩いて幸せだと感じたことがない。


 涙が出た。一度流れた涙は、止まらなくなる。


「…………なんで。私は何を間違えたって言うの。父さんが言う正解を歩いてきたのに。わからないよ」

「ミチルちゃん……」


 ユメはミチルが泣き止むまで隣に座り、手を繋いでいた。


「帰ろ。あたし、お腹空いちゃった。ごはん食べたら、ちゃんと勉強がんばるから」

「……ごめん」


 五つも年下の従妹に、気を遣わせてしまったのが情けない。


 ユメはガイドブックをリュックにしまい、スマホをじっと見つめてから閉じる。


 家に帰って、二人とも砂まみれなことを母に笑われた。

 笑いながら、服の砂を払ってくれる。


 シャワーを浴びて髪の砂も落として、勉強して、夕食を食べて自分の部屋にもどる。


 小さめの一戸建てだから客間なんてものはない。ミチルの部屋にユメの布団も敷かれている。


 二人で並んで布団にもぐり込んで、ユメは枕を抱えて転がり笑う。


「えへへ。なんか修学旅行みたいだね。こういうの楽しいなぁ。夜明けまでおしゃべりして先生に怒られたよ」

「あぁ……なんか言われなくても想像つくよ……。あんた絶対に枕投げもしてたでしょ」

「ええっ! なんでわかるの。超能力?」

「透視でもなんでもなくて、ユメがわかりやすいんだよ。たぶんババ抜き弱いでしょ」

「ぶーぶー! 当たってるけど、あたしだってポーカーフェイスのひとつやふたつ!」


 喜怒哀楽がはっきり顔に出て、コロコロ表情が変わる。賭け事には向かない子だ。


「早めに寝るよ。明日も勉強しないとなんだから。おやすみ」

「はぁい……おやすみなさい」


 久々に外に出て、ミチルは全身バキバキだ。

 ミチルは電気を消してタオルケットを頭からかぶる。

 ユメのスマホが通知音を立てる。ユメは画面をちらりと見て、目を閉じた。


「……ミチルちゃん、まちがってないよ。歩さんも、きっと」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=966860982&size=300

姉妹作「初田ハートクリニックの法度」完結済です。bw8he8qad0pl2swieg4wafj75o61_2mg_o4_y3_hqte.png
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ